第4話 強くてニューゲーム?

 というわけで、腹黒女神の陰謀により、俺の異世界生活は幕を開けた。


 いま、俺の眼前には見渡す限りの大草原が広がっている。

 時刻は夜。気温は日本でいうところの5月くらいだろうか。

 暑くも寒くもなく、ちょうどよい温度が心地よい。


 近くに民家はなく、人工の明かりは見当たらないが、澄んだ空気に満点の星空が広がり、暗さはあまり感じない。


 美しい風景だった。

 女神から世紀末だのオワコンだの聞かされていたので、どんな殺伐とした世界が待っているのかと戦々恐々としていたが、そんな気配は微塵も感じられない。

 むしろ雄大で温かみのある風景に親しみさえ感じる。


 しばらくあたりを散策し、ひと際大きな木を見つけると、俺はその下に座り込む。

 この一日であまりにもいろいろありすぎて、体力が限界だった。

 周囲に獣の気配はない。見晴らしのよい草原なので見落とすこともないだろう。


「よし、今日はここで野宿をしよう」

 俺は一応の安全を確認すると、ゴロンと寝転んだ。

 寝具もなにもないが、やわらかい草の感触が心地よく、意外と快適だ。


 とりあえず明日起きたらまず水源を確保して、人が住んでそうな村や町を探すか。

 そして装備の確保だ。俺の現在の装備は、日本から転生したままの状態。つまりヨレたスウェット一丁のみだ。この状態で敵に遭遇したらひとたまりもない。

 初期装備ぐらいよこせよな、あのインチキ女神め……

 俺は「アーティエラ」に送られる直前の女神との会話を思い出して、顔をゆがめた。



「はい! それでは改めて、あなたに加護を授けたいと思います」

 俺というスケープゴートを見事ゲットして上機嫌なのか、女神は満面の笑みを浮かべてそう告げた。

「加護の名は『神ノ御業・プロト版<アポカリプス・ゼロ>』。世界の理を自在に改変する能力です」


「おい、プロト版ってなんだよ」

 加護名を聞いて俺は即座につっこんだ。

「プロト版って試作版ってことだろ? 性能がめちゃくちゃ不安だわ!」

 そもそも神の加護に試作とかあんのか? 世界観が謎すぎる。 

「あんたの尻ぬぐいしにいくんだから、ぷろとじゃなくて正式版をよこせよ! かっこいいルビ振ったってごまかされないぞ!」


 それに対して女神は意外にも申し訳なさそうにうつむく。

「ごめんなさい、私の権限でアクセスできるのはそれしかなくて……あ、でも安心してください! 能力の基本部分は正式版と変わりありませんから」

 能力? 世界の理を自在に改変する……だったか。

「それってつまりどういう効果なんだ?」


 そう聞くと、女神はフフンと自慢げに胸をそらせた。

「そのままの意味です! 『アーティエラ』に属するものであれば、なんでも自在にルールを改変できるんです。例えば、何の変哲もない剣を伝説級の破壊力を持つ剣に変えたり……」

 ほうほう。

「石くずを黄金に変えたり、大帝国の皇帝になることも、リーチをすれば必ず一発ツモ! 太陽を西から東に昇らせることでも、なんでも可能です!」


「ち、ちなみに、世界中の全ての女性から好意を寄せられる、と言うのは……!?」

 俺は食い気味に尋ねた。すると女神は満面の笑みを浮かべて、こう答えた。

「もちろん、可能です♡ ハーレムでもなんでも、どうぞお望みのままに……」


 こ、こ、こ、これはやばい。あ、いや、ハーレムのことじゃないぞ!

 この加護の規格外の能力に俺は戦慄した。

 つまり「神ノ御業」という力は、万物の理やら概念やらを、理屈をすっ飛ばして思いのままに弄れる能力だったのである!


 もはやチートとかいうレベルじゃない。

 ということは、あれ? 俺はとある事実に気づく。

「てことはいまこの場で『魔王死ね!』って唱えれば、俺の役目は完了……!?」

まさかの冒険が始まる前に終わっている!?


 が、しかし、ここでまた女神は申し訳なさそうにモジモジし始めた。

「いえ、実は『神ノ御業・プロト版<アポカリプス・ゼロ>』には、いくつかの制限がありまして……」

 はいはい、そうだよね。そう話が簡単なわけないよね。

「まず、この力は能力を有するもの、つまりあなたを中心として半径10m内に収まるものしか対象にできません。」

 まぁ、そうだよね。当然有効範囲は俺の半径10mで……って、


「ええーーー!?!?」

 俺は驚きすぎて、思わず女神を二度見した!

 いきなり厳しすぎる条件きたんですけど!!

 半径10mに収まるものってめちゃくちゃ限られてこない? 遠隔で魔王をサクッと倒すのも無理だし、そもそもハーレムも無理じゃん。てかさっき挙げた例のほとんどが無理じゃん!! さっきのやりとりに一体なんの意味があったんだよ!!!


 見事に期待を裏切られ、俺のテンションはガクッと下がる。

 しかしこの後女神から告げられた内容に、俺は更に衝撃を受けることとなる。


「あともう1つ。この能力は3回しか使えません。」

「は? それは1日3回ってこと?」

 聞き返した俺に女神は首を横に振る。

「いいえ、生涯で3回です。3回使えばこの能力は永久に失われます。使いなおすことも回数を回復させることも、もちろん増やすこともできません。」

 なっ、なっ、なっ

 なんですとーーーーーーーーーーー!!!???

 あまりのショックで意識が飛びそうである。


「つまりはこういうことか? 女神でもどうにもできない、秩序崩壊!魔王大虐殺!な世紀末オープンワールドを、たった3発の即死魔法だけで攻略しろと……!?」

 なんという鬼畜仕様。ゲームだったら到底許されないレベルデザインなのだが、


「そこはほら、あなたのゲーム知識を存分に活かしてなんとかしてくださーい!」

 女神は投げやりにそう答えた。あんまりである。

「それに対象範囲が狭いとはいえ、範囲内では万能チート能力に変わりないですから! 様々な可能性を模索してみてはいかがでしょうか!」


 そういうと、女神は俺の足元に魔法陣を顕現させる。

 あ、これ、強引に送り出そうとしてる。そうはいくかと俺は女神につかみかかる。

「こんなんでなんとかできるか! あんたがさっき使ってた正式版のやつと交換しろよ!」

 女神はつっかかる俺をぐいぐいと魔法陣に押し戻す。華奢な割に結構力が強い。

「いや、私のものも正式版では……じゃなくて、これはこれで制限があって使いづらいですから! プロト版でなんとかしてくださーい!」


 女神に突き飛ばされて、俺は魔法陣の上に尻もちをつく。

「じゃあせめて最強の武器防具を……」

「それでは使命を携えし、異界の稀人よ。旅をして仲間を得て自ら成長し、あなただけの異世界ファンタジーライフを楽しんでください!」

 俺の必死の訴えを完全にスルーした女神は、俺をこの草原に強制的に送り飛ばしたのだったーーー



ーーーそして今に至る。

 あのインチキ女神マジで覚えてろよ……と恨みを募らせつつ、だんだんと眠気が襲ってきて、勝手に瞼が落ちてくる。

 もういいや、今日は寝よう。今後のことは明日考えよう。

 そう気持ちを切り替えた俺は、襲い来る睡魔に身を任せ、深い眠りについたのであった。

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