第3話 女神様は命がけのデバッグをご所望のようです

 自らを女神と名乗る、なんとも神々しいオーラを身にまとうその美女は、その完璧な美貌を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら俺に縋り付いてきた。


「救ってくれたらなんでも願いを叶えてあげますからぁ! 億万長者でも不老不死でも美女のハーレムだって! なんだって思いのままですよ! なーんにもないあなたにはうってつけの条件でしょう?」

 最後、なんだかすごい失礼なことを言われた気がしたが、一旦スルーする。

「すみません、ちょっと話が見えなくて……世界を救うってどういうことです? そもそも俺は今の状況もよくわかってなくって……まずここは一体どこなんですか?」


 これまでたまっていた疑問をいっきにぶちまけると、女神はハァ……と明らかに面倒くさそうに答えた。

「ニブいあなたにわかりやすーく説明すると、ここはあなたの世界とは別の次元に存在する異界です。あなたがしょうもない理由でビルから飛び降りて地面に激突する寸前のところで、私がこちらに召喚したんです」

 いや、気のせいじゃない、いま絶対失礼なこと言われた。

「つまりは異世界転生です。『アーティエラ』にあなたの肉体と知識をそのままに転生してもらって魔王を倒していただきたいのです。魔王こそが世界の異変の元凶。倒せば因果律が元に戻るはずですから。」


 異世界転生して魔王を倒す!? この俺が!?

 これがファンタジー小説の中なら、なんともベタな設定だと笑うところだろう。

 だが、これは俺にとって現実の話。とてもじゃないが魔王と戦うなんて無理だ。

「もちろん普通の人間には、不可能です。ですのであなたには女神たる私の力の一部を授けます」

「さっきから思っていたが、女神様は心が読めるのか?」

「はい、神は全知全能の存在ですので!」

 その割にはさっき、「ナイトメア・バク」を絶滅させていたが……

「コホン! ともかくあなたには超絶すごい力を授けるので心配ご無用です。あなたがたのいう「チート」というやつです。それでもってサクッと魔王と倒して、サクッと世界を救っちゃってください!」


 女神はガッツポーズをとって、ウインクしている。このはっちゃけた感じ。どうもこちらが女神様の本性らしい。俺は女神の提案に、にこやかに返答する。

「いや、クソゲーのクソ運営に関わりたくないんで」

「そうでしょう、そうでしょう! ワクワクしますよね、異世界転生! では加護の付与を……って、ええ!? いまなんて!?」

 まさか断られると思っていなかったのか、女神はギョッとして俺を見た。

「ど、どうしてですか? 『異世界転生』『魔王』『チート能力』『ご褒美ハーレム』ときて、食いつかない男はいないでしょう!?」


 ご褒美ハーレムはともかくとして、おっしゃる通り、ゲーム好きで異世界転生モノ好きの俺としては少しばかり、いやかなりワクワクする展開なのは否定できない。だがしかし!

「あんた、さっき世界がオワコンって言ってたよな。」

 いつのまにか女神に対してタメ口になっている。

「争いの絶えない無法地帯で経済も宗教も破綻してて、毎日なんらかの生き物が絶滅してるって話だが、それって本当に魔王だけのせいなのか?」

]

「ギクゥ!」

 女神の目が泳ぐ。

 伊達に長年ゲームを作ってきたわけじゃない。ファンタジー世界のセオリーは大体わかってる。

 魔王という人知を超えた敵対勢力が現れた場合、人間の生活圏が荒らされて立ち行かなくなるのはまぁわかる。だが魔王対人間の争いに何ら関係のない「生き物の絶滅」が腑に落ちない。

「なあ、さっき『ナイトメア・バク』が絶滅した時、あんたなにをしたんだ?」

「い、いきなりなんです? あの時は暑いのがよくないのかなーって思って、生息地の平均気温を5度ほど下げて……」

「それだ!!」

 平均気温が1度下がるだけでも一大事なのに、5度も下がったら間違いなく生態系が破壊される。おそらく食物となる植物が枯れて食べ物がなくなり、死滅してしまったのだろう。かわいそうに……


「なにが魔王のせい!だよ! あんたがクソみたいな調整ミスしたからじゃねーか! それに気になることはまだある。なんで召喚するのが創造のプロなんだ?」

 そう、魔王討伐が目的ならもっと戦闘に秀でた人間を選ぶはずである。そうじゃない理由は1つ。

「あんた、自分がミスってグチャグチャにした世界を俺に直させようとしてんだろ!!」

「グフゥゥゥ!!!」

 会心の一撃! 図星だったようで女神は地面に崩れ落ちる。

 やっぱな! 思った通りだった! 危ない危ない。


「自分が出したバグを他人に直させるなんて、クリエイターの風上にも置けないぜ。出直してきな。」

 フッ、決まった! さんざん失礼なことを言われた意趣返しができてスッキリする。

「悪いがバグ修正は自分でやるか、他の人間に頼むんだな。じゃ、バグ女神様、いますぐ俺を元の世界に戻してくれ」

 これでようやく家に帰って積みゲーができる。長い一日だったぜ……


「……いいんですか? 元の世界に戻しても?」

 女神は両手で顔を覆いながら、低い声で俺に問うた。

 せっかく見つけてきた救世主に断られて、激しくショックを受けたのだろう。ちょっと申し訳ない気もする。

「ああ、俺にリアル異世界転生はハードルが高すぎる。家でフィクションを楽しむとするよ」

 と答えると、女神はゆっくり顔をあげ、にんまりとほほ笑んだ。


「私、さきほど言いましたよね? 地面に激突する瞬間にあなたを召喚したと」

うん、確かにそう言ってたな。

「つまり、あなたを元の世界に戻したら、今度こそ地面に激突して死んじゃいますよぉ? いいんですかぁ!? あはははは!」

 もはや発言に女神らしさは微塵もない。

「いや、そこはビルから落下する前に戻すとか、地面に着地するとかの調整をして……」

「無理でーす! だって私バグ女神ですしぃ!」


 女神は高笑いし始めた。対して、俺の額には油汗がにじみ始める。

「さぁ選んでください! 異世界転生して人生一発逆転のチャンスをつかむか! 元の世界でミンチになるか! さぁさぁさぁ!!!」

「ぐぬぬぬぬぬ……! 卑怯だぞ! そんなの選択になってないだろ!」

「あら! そうですよぉ? ようやく気付いたんですか? あなたには初めから選択肢なんてないんです。それに卑怯だなんて! 私はむしろうっかり転落死するところだったあなたを救ってあげたのですよ? 感謝こそされど文句を言われる筋合いなんてないと思いますけど?」

 うぐぐぐ、正論である。

「じゃあ決まりってことでいいですよね? やったぁ! これでようやく24時間年中無休のアラート対応から解放されますぅ!」

「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 ということで、俺、佐久磨ケントの異世界冒険譚、もといバグりまくりのクソゲー異世界改変譚はこうして幕を開けた。

 え、世界を救った暁には何を願うかって?

 そんなの決まってる。あのクソバグ邪女神を元の世界に召喚して、俺が作ったゲームのデバッガーとして永遠にこき使ってやる!

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