第2話 異世界転生は突然に
「はっ……!? ここはどこだ……!?」
気が付くと俺は、見知らぬ場所に立っていた。
俺、確かビルから転落したんだよな……?
自身の記憶と現状が一致せず、混乱する。
「俺は死んだ……のか?」
恐る恐る周囲を見渡してみる。
黄金色に輝く空に、足元には美しい花々が咲き乱れ、さらに遠くに目をやるとギリシャ神殿のような壮麗な建物が立ち並んでいる。
そこにはなんとも幻想的な「ザ・天国」的風景が広がっていた。
「やっぱ死んだんだな、俺……」
がっくし、と肩を落とした俺だったが、
「いいえ、死んでおりませんよ?」
と、突然答えを返され、驚いて背後を振り返った。
そこには人間離れした美貌を持つ、なんとも麗しい女性が、微笑みを浮かべて佇んでいた。
緩やかに波打つ黄金の髪に、白磁のように滑らかで美しい肌。
そして、純白のローブに身に包んだ神々しくも豊満なボディはまるで、神話に出てくる女神のようだ。
「はい、まさしくその女神です。ああ……! ついに召喚に成功しました……!」
女神と名乗ったその女性は、恭しく俺の手を握ると潤んだまなざしでこう告げた。
「あなたにお願いがあります。どうかこの世界を……ど、どうされました?」
何かを訴えかけた女神だったが、驚いた様子で俺から手を離した。
突然、俺が白目をむいてガクガク震えだしたからである。
考えてもみて欲しい。
うっかり死んで天国的な場所に飛ばされ、なんとも麗しい女神様に出会ったかと思えば、潤んだ瞳で見つめられ、あげく手を握られてしまったらどうなるか。
常識を超える出来事の連続に、誰だってキャパオーバーして白目も向こうというものである。
「ご、ごめんなさい! 急すぎましたよね? 一旦落ち着きましょう、まずは深呼吸を……」
ビーーー!! ビーーー!! ビーーー!!
そんな俺を気遣う女神の言葉を遮って、突如、天国に似つかわしくない警報音が響き渡る。
「またですか……!」
女神は緊迫した表情で何かを唱えると、突如なにもない空間にPCデスクと4台のモニターが現れる。
続いてキーボードらしきものも召喚すると、女神はモニターに向かい、なにやらカタカタ打ち込み始めた。
天国の幻想的な風景に不釣り合いな、だが俺にとっては見慣れたその光景を見て、なんだか落ち着きを取り戻した俺は、好奇心が湧いてモニターをのぞき込んでみた。
そこには世界地図のようなものに棒グラフが並んだ、なにかの分布図が表示されている。
「これは『ナイトメア・バク』という生物の生息分布図です」
女神はキーボードをカタカタしながら俺に説明してくれた。
ナイトメア・バク? バクってあの、動物のバクのことだろうか。
「ええ、そうです。」と女神は答えると、
「絶滅の危機に瀕しているため、女神として救済処置を行います。生息地域の天候を変えて……天敵の生息地を変更して……と。」
よどみなく手を動かして、なにかの数値をどんどんいじっていく。
「すごいな……! 神様の仕事ってこんな感じなんだ!」
当然ながら神の仕事を初めて目の当たりにした俺は興奮した。
世界に住まう生命の危機をその慈悲をもって救い給う。まさに神の御業。
俺は真剣な表情でモニターに向かう女神に畏怖と敬意のまなざしを送る。
「さあ、これでどうですか……!?」
調整が完了したのか、女神はEnterキーをターーン! と入力した。
これで「ナイトメア・バク」という種は絶滅を免れただろう。めでたしめでたし。
と思いきや。
なんと生息分布図の棒グラフが急激に下がり始めた!
「あれれれ? ど、どういうこと……?」
慌てたように女神は立ち上がり、モニターをゆさゆさ揺さぶっている。
「いや、この調整に間違いないはずです! だってマニュアル道理にやりましたし!」
しかし棒グラフは無慈悲にもどんどん下がっていく。
「ちょっ……そんな馬鹿な!」
女神はモニターをバンバン叩き始めた。
「止まってくれたらなんでもします! あんなことやこんなこと、なんでも叶えますからぁぁ!!」
もはやなりふりかまわない、女神の訴えもむなしく。
棒グラフの減衰は止まらず、そしてそのまま、完全に消滅した。
しーーーーーーーん……
痛いほどの静寂があたりを包む。
がっくりうなだれて肩を震わせる女神。かける言葉が見つからない。
どうにか励まそうと手を伸ばした瞬間!
「ああああああああああああああ!!!!!!!!」
突如、女神は奇声をあげ、キーボードにこぶしを叩きつけ始めた!!
粉々になり飛び散るキーボードのボタンたち。
ぶん投げられたモニターは宙を舞い、ギリシャ神殿的な柱に衝突。柱ごと粉々になる。
なにこれ、めっちゃ怖い。
突然の女神の発狂っぷりに、俺はガクブルである。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ひとしきり暴れると気がすんだのか、女神はPCデスクに突っ伏した。そして、
「……ということなんですよぉ」
と、何事もなかったかのように身を起こしてほほ笑んだ。いや、怖い怖い怖い。
「この世界はいま、とある異変のせいで、消滅の危機に直面しているんです」
女神は微笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。しかし目は笑っていない!
「私も女神として手を尽くしているのですが、限界がありまして。そこで思いついたのです。そうだ、異界から世界構築のプロをお呼びして助力を請おう、と!」
女神はすぅっと天を仰ぐ。
「正直もう限界なんですよ……魔王とかいう特異点が世界に突然現れて、秩序はぐちゃぐちゃ。常に争いが絶えなくて世紀末ばりの無法地帯。経済も破綻してるし、宗教も暴走してるし、毎日どこかで生き物が絶滅するしで、オワコンまっしぐらなんです!!」
いつのまにか女神は号泣していた。
「そこで、あなたの出番です。異界の創造者<クリエイター>よ、どうか私の世界『アーティエラ』を救ってくださぁぁぁい!!」
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