第4話 真世界。

「真島さん」

「はい」


 駅前で待ち合わせしといて何だけど、どうしても。


「少し、真面目な話が有って、今日は家に行っても良いですかね」


「あの、寮なので」

「あ、そっか」


「申請すれば入れるんですが」

「いや、ウチに来てくれるかな?」


「はい」


 全国に発信されたあの映像は、結局、模倣犯の虚言だとして処理された。

 公安が内々で動き、既に女性は治療中だ、と報道された。


 けれど僕は、その事も疑っている。

 彼女は、本当に新薬に関わった者なんじゃないか、と。


「どうぞ」

「お邪魔します」


「もう夕方なんで麦茶か、お茶淹れます?」

「麦茶で」


「氷は」

「あの、そんなに難しい案件なんですか」


「ずっと、何で不幸な事ばかり起きるんだろうって思ってたんですよ、最近特に」


 前は本当にフワフワしてたと思う。

 フワフワした不和、Σっぽいフワ不和、それがあだ名だった。


 けど、αのホルモン分泌は凄い。

 活動的になれるし、本当に冴える、コレがヤバい薬物を使った感じなのかって位に。


「あの、何か不幸が」

「今日の検診で、Ω化してたんですよ。はい、検査結果」


 あの映像が流れてから、念の為にと追跡調査の名目も含め、定期検査が任意で行える様になった。

 だからこそ、アレは真実だったんじゃないかと思う。


 世間では酷い世界線で描かれた作品が叩かれたりもした。

 けれど、それは悪しき見本だって。


 僕もそう思う、そんな世界にしない様に、物分かりがあまり良くない者への悪しき見本として存在すべきだと僕も思う。

 あのΩにも分かって貰うには、寧ろそうした作品こそ、分からせられると思うし。


「確かに、ですけどあの映像の情報は、嘘だと」

「ただでさえ新薬、抗生物質の作用機序は完全に解明されて無い、不安定になる可能性も説明されてた。このまま安定した方が良いかも知れないし、逆に不安定なままの方が危ないかも知れない」


「それは、最早薬害では」

「ううん、そのリスクは確かに最初に説明されたし、僕みたいにαやΩになろうとした者の多くに変化が起きてるらしいんだ。要は体質、体質に合わなかったのが変化して、もしかすればβに戻るかも知れない。ただ、君はαだし、救われた命だから、相談しようと思って」


「ある程度は、ご専門だからこそ分かってるとは思いますが」

「寿命が縮むんだよね、かなり。しかも先に番に死なれたら、僕はβかαに戻るかも分からない、そうなれば更に寿命が縮む。でも、ウチ、結構長寿なんだよね。おばあちゃん、今年で99才なんだ」


「ですけど、だからと言って」

「このまま生きたら60年は余裕そうだけど、その60年、孤独で寂しいのはちょっとね。ただ、君に救われた命だし、苦しんだり粗末にするのは論外だし。相手がね、居ないとだし」


「凄く、大変なんですよ、ウチの両親は男同士で。俺を産んで喘息にまでなったんですから」

「あるんだ、実際。初めてだよ成人喘息、しかも出産が起因する場合って、本当に有るんだね」


「分かってるなら」

「いや、うん、無理なら良いんだ。絶対にってワケじゃないし、君に相手にされないと死ぬワケじゃないし」


 自分で言っておいて、少し心が痛い。

 そう言われたら元も子もないのは分かるし、僕が言われたら嫌だし。


「あの、抑制剤とかは」

「うん、貰ってる。避妊薬はまだ、体が完成して無いから必要無いんだけど、問題はまた引っ越すのがね」


「つまり、もう会えなくなるかも知れないんですよね」

「いやΣが居れば、そうだね、万が一が有ったら君の将来に関わるし」


 実感して無かったけど。

 コレ、辛いな。


 やっと、こうして普通に会えるようになったのに。

 また申請が必要で、しかも今度は立ち会いも、それから薬の用意に首輪まで。


 大変だな、Ω。


「今は、出て無いんですよね、フェロモン」

「体が成熟して無いからね、出てるホルモンと体はα、カビの影響分類だけがΩの元β。凄い、全制覇だ」


「全然、αっぽくなかったですよね」

「だよねぇ、分かる、寧ろΣじゃないかって言われてた位で。あ、Σが抜けてたか」


「Σに転嫁出来る薬、無いんですかね」

「理論上は可能だとは思うんだけど、まぁ色々と有るんだろうね、こうした副作用みたいなのも有るんだし」


 βの時は、もっとΣが居ればと思った。

 けど、それだと自然に性行為が出来たと思える者が減ってしまう、自分達の不完全さを見せ付けられ関係性に亀裂を生じ易い状態を生み出し易くなる。


 それは確かに自然かも知れないけれど、不幸しか無い。

 それに自然だからこそ素晴らしいってワケでも無い、人は人の手が加えられた場所で生きる事に既に適している、一切の人工物の無い場所ではもう生存率すらも劇的に下がるのだから。


 あのオセアニアが良い例。

 βだけの特区、しかも人工物の全く無い地区に行った人間達は、結局は絶滅した。


 家も人工物と言えば人工物、そこを巣として譲っても。

 結局は解毒剤が無ければ蛇に噛まれ、毒虫に刺され死ぬ。


 それが、自然こそが本当に正しいのか。


「もし、有ったら、Σになりたいですか」


「長生きか出産なら、本当は長生きを選ぶべきだとは思う。けど、出来たら両方が良いなと思ってる、欲張りだとも思ってる」


 素直に話し合えたら良いんだけど、責任感から何かをされたいワケじゃないし。

 彼の幸せを壊したり、将来を曇らせる位なら、全然身を引ける。


 けど、黙って身を引いたら、きっと悩むし悲しむ筈。

 僕が知る彼なら、僕が思った通りの彼なら。


 きっと、ギリギリまで悩んで。


「してみませんか」


「えっ?」

「凄い大変だと分からせる為に、父がされたらしいんです、それでも折れないから産んだんだって。だから、俺が覚悟を折ります、やっぱりβに戻りたいって思わせます」


「それでも折れなかったら」

「結婚します」


「いや、それこそβに戻るかもだし」

「α同士でも出来る人は出来る、βとΩでも出来ない人は出来ない。コレは試すしか答えが出ない事ですから、しましょう」


「もう少し悩むか、紆余曲折が有ると思ってたんだけど」

「嫌なら止めます」


 それはそれで。


「あの、真島さんの」

「抱けると思ってもいざとなったら無理かも知れませんが、それはそれで諦める材料になるかと」


「ぶっちゃけ、好意を尋ねてるんですが」

「敢えて、意図的に無視してます。万が一失敗しても、このままの状態に戻れるかも知れないので」


「居心地が良いとは思ってくれてるんですね」

「はい、かなり」


「因みに、ご経験は」


「本当に聞きたいですか?」


「止めときます」


「まだ、気にしてるんですね、前の事」

「だって、本当に、知り合いの方がトラウマになっちゃって。本当、巻き添えを食らわしちゃったし、うん、はい」


「どうやって、言われた事が嘘なんだと、どうすれば覆せるか考えてたんです。でも、違法な手段しか思いつかなくて」

「そこはうん、良く踏み止まってくれたと思います」


「あの日、献花台の近くで会った日、現場初復帰だったんです。安全だった車内が怖くて、知らぬ間に震えて、車に乗れなかったんです」


「でも、あの時は普通に」

「アナタに会えて気が晴れたんです、また会えると思って、悪夢の回数も減ったんです」


「すみません、そこは本当、寄り添えなくて」

「だから助かってるんです、俺が出来る事、出来た事の成果。アナタが幸せそうにしてくれるだけで、大丈夫だ、正しかったんだって信じられるんです」


「吊り橋効果って」

「知ってます、けど魅力を感じない場合は逆効果だそうですし、もう有効期間はとっくに切れてるかと」


「でもほら、会場でも騒ぎは有ったし」

「俺が感じてるのは真逆の安心感です」


「けど、だけではほら、子は出来無いんだし」

「だからこそ、試してみませんか」


 あれ、何か、思ってたのと違う。

 もう少し悩まれると思ってたのに、こう積極的になられると。


「それは、うん、少し考え」

「体験してみてからの方が、皮算用にならないで済むと思いますけど」


「かもだけど、ほら、準備が」

「確かにそうですね、外泊届を出します」


「いや、体の準備が」

「ついでに買い揃えてきますから待ってて下さい」


「いや、真島さん」


 コレ、折る為のなのか、僕を好きなのか。

 もう、どっちの意味で積極的なのか分かんないな。




「好きです」


 つい、言ってしまった。

 抱けば愛着が湧く場合も有る、逆に抱いても情愛が湧かない場合も有る、と。


 だからこそ、迂闊には。


「今?」

「すみません、我慢してたんですけど」


「何故我慢を」


「ダメだったら、嫌だな、と」


 どんなに好きでも、性癖と好意と行為は別々の場合も有る、しかも他では出来ても出来るとは限らない。

 性癖も本能も、時に拮抗し、時に変化をするとも。


 両親共にα、俺を産んだ父親は、同じくαの父を抱けなかった。


 けれど産む側になるのならと、意地でもありとあらゆる手段を講じ。

 今は普通に抱ける様になったらしいが、昔はそれで喧嘩も多かったらしく、偶に産んだ方の父親が恨み言を。


 いや、寧ろアレは、惚気だったのか。


「あ、こんなに大変だと思わなかった、って言われるのが嫌?」

「はぃ、今でも、言う事が有るので」


「んー、でもそれ、惚気じゃ?」

「はい、多分、そうだと思います」


「鼻からスイカ?」

「腹を壊している痛みに加えて腰痛と、膀胱炎だそうです」


「膀胱炎はなった事無いなぁ」

「兎に角、痛みと不快感の盛り合わせなんだそうで、だからこそ粗末に扱ってくれるなと」


「別に嫌じゃないよ、苦痛は嫌いだし、元から粗末にするつもりも無かったし」

「でも、ココから産まれるんですよ?」


「ね、小さく産んで大きく育てたいワケだよね」

「本来の出産用の部位では無いので、緩む事も有るそうですし」


「そらそうでしょうよ、出るサイズがある程度は決まってるし、何時間も力む部位じゃないし」

「帝王切開の例も多いので」


「あー、またあのリハビリかぁ」

「はい、癒着させない為にも、次の為にも」


「でも、産もうとするΩって多いんだよね、支配下に無くても守って産もうとする」


「正直、代理母出産の方が安心だと思います」


「そこまで考えてたの?」

「いえ、でも、はい、知り合いに居るので」


「都市伝説だとは思ってるけど、βが生まれ易いって本当?」

「その知り合いのお子さんはαです、βとΩから、それとβだそうです」


「だと、割合的には多いワケじゃないよなぁ」


「あの、辛いですか」

「そりゃね、異物感しか無いし」


「ダメですか、俺は」


「あ、いや、ダメと言うワケでは」

「多分、ずっと好きだったんだと思います」


「いつから?」


「病室で、優しく声を掛けて貰った時から」


「容易い」

「自分でも、そう思います」


「αのクセに」

「βに、被害者に靡いた事を認められなかったんだと思います」


「断言を避けてるけど」

「ココまでしたいと思って、自覚して無かったので」


「童貞か」


「不和さん、童貞じゃないんですか?」

「知りたい?」


「考えておきます」

「考えて無かったんだ」


「出来ると、思わなかったので」


「αって、もっと完璧超人だと思ってた」

「結局は少量のホルモンバランスの違いですから」


「あのね、少量って言っても」

「余裕そうですね」


「いやまだ、今日が初めてだよ?」

「普通、初回は無理だそうですけど」


 こうして真っ赤になられて、嫌がらずに受け入れられて初めて。

 好きな事を自覚し、抑制している自分に気付いた。


「あのね、そら男の子なんだから興味が有るワケで、誰だって1度は」

「俺は触った事すら無いですけど」


「それはほら、君の自制心の強さと言うか、欲が控え目だからこそで」

「欲が控え目なαは殆ど存在しませんよ、だからこそ運動部に自然と多く集まるんですし」


「でも、僕の知ってる」

「俺を試してるとして、俺が本当に萎えてしまったら、嫌な気持ちになりませんか」


「それは」

「結婚してから考えましょう」

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