第3話 お見合い会場。

「あ、奇遇ですね」


「ですね、まさか会うとは」

「ですね、直ぐに登録した、とか」


「はい、勿論」


「ふふふ、真島 信慈しんじさんですか、真面目な真島のしんじ君」

「それ、俺のあだ名でした」


「何で警官なんですか?」


「ヒーローが、大勢を守れていて、羨ましかったんです。俺はαですから」


「逆に、αなら守れそうですけど」

「その逆なんです、俺の体感では、αこそが諍いの原因として見えていましたから」


「あぁ、成程。けど残念ですね、僕もαなんです、しかも後天性」

「新薬が出る前でしたら珍しかったんでしょうけど、今は、ココにも大勢居そうですよね」


「ですよねぇ、見た目じゃ分かりませんし」

「匂いで分からない様にされてますしね」


 このお見合い会場には、αとβ、それにΩとΣも居る。

 Σの存在によってカビの影響が抑えられ、発情する事は無い。


 どんな違法な発情薬すらも抑制する、Σ。

 このΣにだけは、新薬でも転嫁出来ない。


 とされているけれど、僕は正直、疑っている。

 理論上、本来なら作り出せる筈なのだから。


 けれど同時に、作られない理由も分かっている。

 Σが増えれば、再び人類は衰退する、元に戻ってしまうからだ。


 Σの妊娠率は非常に低い、Σの女性ともなれば自然妊娠はほぼ望めない。


 流石にそうなろうとも思う人間は少ないだろうし、もし居るなら生殖器の全摘で済む。

 カビが出すホルモンは劇的に下がり、Ωですら発情を促せなくなる。


 なら、何故Ωはそうしないのか。

 いや、そうしないΩは、どう考えているのか。


 それは、いつか子を成したいと思うかも知れない、子を望まれるかも知れない希望が有るからこそ。


 僕も、好きな相手との子供が欲しかった。

 性別に関係無く。


 だからこそ見守っていたし、新薬にも手を出した。

 けれどαになったからか、酷く傷付けられたからか、その恋心は完全に消えた。


「あ、良い人は居ましたか?」


「はい」

「おぉ、どれです?」


 彼には、何とも言えない情が湧いている。

 もっと深く知り合いたい、関わりたい、と。


 けれど僕らはα同士。

 だからこそ、親友で終わる事も十分に理解している。


 男が妊娠出来る様になると言う事は、それだけ命を削る事に繋がる。

 僕は彼に長生きをして欲しいし、きっと彼も、僕が短命に終わる事は望まない。


 真面目だからこそ、非公式に会う事に複雑な表情を覗かせたからこそ。

 彼は、僕と親友になる事を選ぶ筈だ、と。


「俺も、新薬を」




 俺の言葉を遮る様に、スクリーンの映像が切り替わり、音声が流れ始めた。


 【爆破から半年、皆さん、どうお過ごしですか】


 音声と共に字幕が。


「真島さん」

「職場に掛けます」


「はい」


 【コレは一斉放送で、録画です。皆さん、どうですか、幸せですか】


 会場内がざわつく中、彼は俺の服の端を強く握った。

 例え現場を見ていなくとも、彼は痛みを知っている、覚えている。


《おう、見てるか真島》

「はい、会場でも流れています、知り合いと一緒なんですが」


 【新薬、私が出しました、爆破も私です】


《だとしても、全く意味が分からんが》


 【何故、そんな事をしたのか。それはとても簡単です、全ては悲劇や喜劇、素敵な物語の為です】


「逆探知とか無いんですか」

《ウチの部署じゃねぇよ、誘導は無いのか》


「はい、静止しに行こうと思うんですが」

《手帳出して警備と連携しろ、連れと一緒にな、どんな混乱が起きるか分からんからな。応援要請はした、無理するな》


「はい」


 電話を切り彼の方を見ると、手を離されてしまった。


「すみません」

「いえ、少し付き合って貰っても良いですか」


「はい」


 差し出した手を握り返す彼の手には、僅かに汗が。

 本当に、彼はあの現場では何も見ていなかった。


 あの時の彼の手は震える事も無く、湿り気すら無かった。


 【もう1度言います、全ては素敵な物語の為です】


「先ずは警備に話しをします」


 【私は、平和な世界では素晴らしい物語が紡がれないと考えました、なので時にΩの脱走も手助けしました】


「そんな」


 【人は時に酒を言い訳にし、薬物を言い訳にしてきました。だからこそ発情期を言い訳に、新たな物語が紡がれた、様々な物語が起きた】


「今は止めるのが先です、良いですね」

「はい」


 【私の名は……】




『私の名は、アイ、AIのアイ。物語を構築する作者、神、物語を最も愛する人工生命体』


 彼女は、ずっと封印していた新薬の最初の被験者。

 Ωでありながらβを愛し、短期睡眠の性質を持ち、頭が良かった。


 そして僕は、彼女を愛したα。

 彼女を壊した者。


「どうして、アナタ達は放送を見守っているんですか」


《我々の上は新薬の存在を歓迎しています、そして新薬の欠点も、既に理解しています》

「でしょうね、分析すれば分かる事ですからね、あの新薬の不安定さを」


《完璧な世界とは、時に行き詰まり易い、流動性を生むには何かしらの要素の追加を必要とする》


「で、僕らが必要悪、ですか」

《そう思うのならそうでしょうね、ですが我々は歓迎する、だそうです》


「どう扱われるか、ですね」

《紙媒体にて、コレだけです》


 まるで何かの罠の様に、コチラに不利益の無い扱い。


「甘いのでは」

《アナタ達は大いなる利益を齎した、それに苦労も買っての扱いです》


『新薬は不安定な空模様です、転嫁しても一時的に雨、所によりアナタ達は元に戻るか更に変化するでしょう』


「心を揺さぶる為だけに新薬の情報を流し、製薬会社を爆破し、新薬で幸せを得たかも知れない者の幸福も未だに壊している。それが、許されるんですか」

《アナタ達の真の許しは、死でしょう。我々はアナタ達が望む死の時期を敢えて与えぬ罰を下します、そして彼女の自我を取り戻させる、それこそがアナタ達への罰だそうです》


「それは、最も望まない待遇ですね」

《ですが、彼女はどうでしょう、それに彼女のβも》


『アナタ達も、物語が好きな筈です。酷い目に遭う者の存在する物語、アナタ達が享受しているように、私も享受している。見ています、ずっと、アナタ達が酷い物語で喜ぶ様をずっと見てきました』


「僕が見せたんです、君達はどうせ悲劇で終わる、と」

《そして無理矢理、番となった》


『何故、どうして酷い世界を望むのでしょうか。何故、どうして酷い世界を嫌がりながらも受け入れるのか、誰が私を責められますか。いえ、石を投げられるのは私と同じ者だけ、投げなさい』


「コレで、伝わるんでしょうかね」

《全てが理解する必要は無い、と上は考えています》


「僕も、そう思っているんですよね」

《上にはβも居ます、所詮はカビの影響分類、素地には勝てません》


「素地、ね」


『私の望みは平和です、では、御機嫌よう』


「彼女と、僕と、彼女のβを宜しくお願いします」

《はい、お任せを》


 番えば心を得られると思っていた。

 本能には抗えないだろう、と。


 けれど、心の強い者程、抗えてしまう。

 そして抗い続ければ、それが長ければ長い程、強い心は壊れる。


 彼女のホルモン分泌は完全に混乱し、ある意味でΣ化した。

 だからこそ新薬は完成した、Σの情報をもってして新薬は完全に完成された。


 けれど国が採択したのは、不安定な新薬の方。

 転嫁を繰り返す可能性が有る方を、承認した。


 彼らの中にも、物語を欲する者が居るらしい。


 酷く残酷で、出来の悪い世界を歓迎する者。

 不安定で、不完全で抜け漏れの有る世界の存在を許容する者。


 それでも構わない。

 僕だって不幸なんだから、皆も少しは不幸になれば良い。




《良くやった》

「いえ、ありがとうございます」


 スクリーンの放送をただ止めるだけでは無く、自分達で情報収集をと繰り返しアナウンスさせる事で、現場に居るかも知れない犯人を牽制しつつ映像を止める事が出来た。

 彼がαで、優しく真面目だからこそ、彼は俺の手を離れて動いた。


 連携が取れたからこそ、会場にさしたる混乱は起きなかった。


《何か収穫は有ったか》

「行動は常に2人1組が、確かに安定するなと思いました」


《違っ、いや、そうか》

「はい」


 映像の女性が言っていた様に、優しくない世界線の物語は確かに存在している。

 けれど、ココは優しい世界。


 彼はあの現場に居たにも関わら、いや、居たからこそなのか一緒に見回りをしてくれた。

 俺とは違い優しい笑顔で、自分も実は酷く混乱している、と。


《アレで良いのか、不和さん、だったか》

「話してる方が落ち着くそうなので、はい」


《余裕かよ》


 大先輩が心配しているのは、不和さんの相手がΩ女性だからだろう。


「俺達はそう言うのじゃ無いので」

《今は、な》


 今日、初めてやっと、非公式ながらも堂々と会えた。

 友人として気になっているのか、そうした気持ちなのかは、まだ分からない。


「どう、気持ちを区別するんですかね」


《ヤりたいかヤりたくないかだろうが、童貞かよ》


 どんな事にも万が一は有る、責任が取れないならするな、責任を取りたいと思える相手とだけしろ。


 そう躾けられ、そう育った。

 それに、警官志望者への理解度も低く、自然と相手が離れていった。


「平和だからこそ、警官が不人気なのは分かるんですが、だからこそだと思うんですけどね」

《まぁな、諍いが多い時は危ないからと。お前、職業のせいにするんじゃねぇよ、モテる奴はモテ。童貞か》


「セクハラですかね」

《なら助言も控えておくか》


「冗談です」

《どうだかなぁ》


「誓います、助言を下さい」


《焦りと我慢は禁物だ、絶対に失敗する》


「ご愁傷様です」

《うるせぇな、惚れてたらそうなるんだよ馬鹿野郎が》


「惚れるって、どんな感じなんですかね」

《最初は離れ難くて堪らんし、ドキドキと、お前らのとは少し違うんだが。まぁ、一緒に居て苦にならない、永遠に傍に居たいと思う事だろ》


「友人とも、居たいと思うかと」

《抱きたいとは、まぁ、奪われたく無いとかも難しいか》


「フェロモンの作用で起きますから」

《だがΣが居てもそう思うなら、影響無しの思いなんだろ》


「α同士なんで関係無いんですけどね」

《いや寧ろ逆だろ、お前は理性が強いんだ、無意識に無自覚に不快感を無視してるだけかも知れないだろ。俺は強い、影響に左右されない、ってな》


 酔っている者が酔いを自覚し難いのと同様に、暴走するαはΩに認識を促す事は非常に難しい。


 αの俺が最も嫌うのは、暴走するα。

 支配下に置き暴力を受け入れさせる者、酷い行いをさせる者、敢えて放置する者。


 番ったなら大切に扱うだろう、それらの常識から逸脱するαを嫌悪している。

 コレがαの性質なのか、俺の考えなのか、それを分離するのは難しい。


 例えΣが居ても特定の者への忌避感が湧く、その殆どがαだったからだ。

 例え無意識でも、無自覚でも、αを忌避するのが俺。


「学校にΣが居ても、俺は嫌いだったんですよね、知らなくても」

《まぁ、αだろうっつって育てられてるのも多いしな、鼻に掛けた様な振る舞いが好かんのは分かるが》


「全然、平気なんですよね、不和さん」

《だからこそかも知れないだろ》


「はい、だからこそ」

《その理性も含めてお前だろうよ。同じだ、どんな事も同じ、数多の想定をしてお前と相手が全てを受け入れられるかどうかだろ》


「少なくとも、あのΩ女性と結婚して欲しくは無いですね」

《独占欲が強いらしいからなぁ、会えなくなるのは確実だろうな。けど、共有も有るらしいじゃないか、同時に性行為を行って同時に噛み付く》


「それこそ成人映像の見過ぎでは」

《見るのかお前》


「まぁ、それなりには」

《で、抱けそうか》


「一応、異性愛者の自覚が有ったので、無理でした」

《そらな、非効率で、しかも寿命が縮むだろうしな》


「結構、知ってるんですね」


《俺のは番が死んだΩ男だ、それでも俺が良いと、けど俺が無理でな。妹が惚れてて、代理母に、俺とソイツに直接的な性交渉は無い》


「すみません、ありがとうございます」

《何もソレだけが全てじゃないんだ、だからな、俺からは通常の助言は殆ど無理だ》


「いえ、ありがとうございます」


《はぁ、漏らしたらそれこそセクハラで訴えるからな》

「はい」

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