第5話 裏世界。

《アナタを壊すなんて、本当に馬鹿な男だね》

『私は壊れてません、世界が壊れています』


《そうだね、でも世界は直しておいたよ、後はアナタの欠けを少し補うだけ》


『私は欠けてますか』

《少しだけ、直ぐに良くなるよ》


『所により霰、後、曇り。明日以降の天気は良くなる見込みです』


 私はβで彼女はΩ、仲の良い従姉妹として育った。

 そしてΩの結果が出ると同時に、離れて暮らす事に。


 それから長い時が過ぎても、私は連絡を取り続けていた。

 大人になっても、ずっと。


 そうしてある時、お見合いが行われる事になり、彼女に惚れたαが現れたと知らされた。

 けれども、だからこそ、彼女は同性愛者なのだと気付いた。


 軽く発情を促された事で、私と一緒になりたいと自覚した、と。


 従姉妹同士、しかも同性同士。

 当時の私にそうした思いは無く、諦めて欲しいと断った。


 彼女は私の家族、今でも性行為を行う対象からは外れている。

 けれど、何も不幸になって欲しくは無い。


 こんな風になって欲しくは無かった。


《あぁ、アナタだったんだ、番》

「そうだよ」


《どうしたかったの?》


「どんな相手か見定めたかった、自信を持ちたかったんだと思う」

《どうだった》


「疑問しか生まれなかったね、何故、どうして君に惚れたのか全く分からないってね」


《だからダメなんだろうね、家族ってそう言うもんじゃないでしょうよ、他人が家族になる方法だって何だって色々と有るでしょうが》


「流石既婚者、経産婦だね」

《おう、超頑張ったわ》


 私は彼女の嘘に全く気付かず、普通に結婚し、このα男に手伝って貰いながら見事に妊娠し出産も出来た。

 その合間に彼女はゆっくりと壊れ、この彼も、微妙に壊れた。


 でもまだ生きてるんだし、何とかなるだろう。

 だからこそ、そう思ってこの2人と関わる事にした。


「子供が寂しがるんじゃない」


《女だけが親じゃないんだよ、どれだけ寂しい家庭だったんだね君は。それにね、他人を疎かにする親の背を見せたくは無いんだよね。利害を計算しつつも人に優しく出来る子になって欲しい、だから私の背中を見せる、子が居るから他人の世話をしないなんてナンセンスも甚だしい。つかそんな相手を私は見繕わない、私は相手を信頼してる、だから結婚して子供作ったんだから。君はどうしたい、どうなりたい》


「愛していると、分かって欲しかった」

《過去の事じゃない、今、どうしたいか》


「愛されていると、分かって欲しい」

《手伝うから、そこから欠けを補おう》


 どうなるかは別、けれども先ずはどうしたいか。

 決して結果と行動を混ぜない、コレ、子育ての基礎なんだけど。


 α然と育てられたら、こうなってしまうのかな。

 ウチの地区、そんなの居なかったから分からないけど。


 だからこそ、優しいあの子は葛藤したのかな、受け入れられない自分を責めてたのかも。




《で、結婚かよ》

「はい」


 試して出来たからって、不安定な体質の相手と良くもまぁ。

 だが、そんだけ好きって事だろうな。


 効率と実利を重視してしまうαが、そこらを無視出来ると選んだ。

 しかも真面目で律儀、仕事人間が元被害者と結婚。


《俺に恩が出来たワケだな》

「何の事だかサッパリ分かりませんが、ずっと感謝しています、今も」


 αは真っ直ぐ喋らんから嫌いだったんだが。

 まぁ、コイツはかなり真っ直ぐに言う方だし、アレも元はαだったから大丈夫だろう。


 何より、結婚写真の顔が嬉しそうだしな。


《良ければウチに見せに来い、色々と聞きたいだろ》

「はい、ありがとうございます、改めてコチラから連絡させて頂きます」


《おう、じゃあな》

「はい、では、失礼します」


 モラハラ、セクハラ、パワハラ。

 それらを防止する為、仕事場で私的な交流は最低限にと通達されている。


 だがな、結局は信頼出来る相手からの生の情報が1番、本当に交流を断つのは不可能だ。

 ただ手順は有る、下からの要請が有ってこそ、関われる。


 逆に言えば、苦しむ若手を手助けしてやれん苦悩も有るが。

 敢えて1人で悩みたがるヤツも居るし、俺の助言が本当に役立たんヤツも居る。


 大昔が密過ぎたんだ。

 私的な交流は最低限に限る、何よりも大事にすべきは家族だしな。


《よし、帰る。高越屋に寄りたいヤツが居れば言えよ、一緒に乗せてってやる》

『「はい!ありがとうございます」』


 この社交辞令も、まぁ、役に立たない方が。


『あの、本当に良いんでしょうか』

《おう、気紛れで言ってるだけだからな》


 気軽な相談にしといてくれよ、俺は今、すこぶる機嫌が良いんだ。




「リハビリ、前よりキツいんだけど?」


「つねりますか、俺の腕とか、噛むとか」

「それは、少し考えとく」


「なら、俺に荷重を掛ける筋トレとかは」

「そっちの方が良いな、害だけは何か嫌だし」


「こう、バスケットボールをぶつけるのも有りますよ」

「踏ん張るのはちょっと無理だわ、怖い」


 結局、僕は正常分娩が行えず、途中で帝王切開に切り替わった。

 でもギリギリまで踏ん張ってたので、まぁ、うん。


 痛いよね。


「次、もし無理なら」

「そこだよねぇ、優しくされないと、コレは本当に無理になると思う」


 センシティブな部分がセンシティブな事になったのに、少しでも不快感が有れば、そりゃ嫌にもなるよね。

 男女に関係無く、怖い痛いと結び付くんだもん、信頼関係が無いと難しいよね。


「何か、問題が有りましたか」


「今なら言えるけど、ってヤツ?」

「はい、言って下さい、善処します」


 何かもう、今は体が大変だって事で手一杯で。

 だからこそ、にしても。


 別に、特に不満は。


「あ、手荒くして欲しいって言ったらどうなるの?」


 そうした欲求は特に無いんだけど、ふと。


「少し、考える時間が」

「いや思い付きだから、真面目だなぁ」


「それでも、一応考えてみます」

「寧ろ、そっちの要求は?逆に手酷くされたい、とか」


 お、何を悩んでるんだろう。


「エロい下着に少し興味は有ります」

「いや同じ部品だよ?」


「少し、可愛いじゃないですか」

「そ、あ、仕返しか」


「どうでしょうね」

「えー?今は可愛いけど、あの時はもう少し大きかったじゃん?」


「バイアスって知ってますか」

「知ってるよぉ、えー?そんなに?」


「俺にはそう見えてるのかも知れませんよね」


「そんなに興味有る?」


 滅多に赤くならないし、今でも赤くは無いんだけど。

 それこそ真面目に考えてくれてるのが、好感度高いから、ちょっと心配にはなるよね。


 異性愛者だって言ってたんだし。


「色々と、試してみたいとは思ってます」

「ごめんね、公式の風俗でも難しいんだもんね」


「俺が嫌なだけで、使ってる人は使ってますから」

「居るんだ、実際」


「敢えて、通わされてるそうです」

「成程?」


「不満を溜められるのが嫌で、最初は誤魔化してたそうですけど、内容を言えと」

「凄い性癖だね」


「そこ、なんですかね」

「変化するって言うし、かも?」


「それは嫌なんですけど」

「僕だけが良い?」


「はい」


 嬉しそうに言われると、困る、悲しくなる。

 もし、心変わりされたらって思うと。


「もし、そう思わなくなったら1度はちゃんと話し合おう、野生動物じゃないんだからいきなり行動を変えるのは無し。言葉の種類は沢山有るんだから、話せるんだから、どんなに嫌になってもちゃんと言ってね」


「まだ影響されてるのが凄い悔しいです」

「あ、いや、コレはウチの信条だよ。どんなに言葉を尽くしても余る事は無い、余りが有るとするなら余計で余分な事を言っているだけ、正しく伝われば余る事は無い。って家訓」


「好きです、愛してます、したい」

「最後、ふふふ。産後に要求されないって悩む人も居るらしいね、可哀想過ぎてヌケないって」


「もっと可哀想な姿を見て、好きになったも同然ですから」


 病院着にムラっとしたって、ついこの前も悩んでたんだよね。


「ドS?」

「可哀想な状態にはしたくないです」


「庇護欲?」

「かも知れませんね」


「良いお父様になりそうだよね」


「病院着姿に欲情する親は、どうかと」

「性癖と正義感が一致したら誰も苦労しないって、平和な今でもSMを嗜む人の数って一定らしいし」


「自然発生的な性癖なんですかね、SM」

「かもね、征服欲が絡むんだし、意外と原始的な性癖なのかもよ」


「そこまで詳しくは無いんですね」

「そりゃ、そうした欲求は無かったし」


「芽生えるかも知れませんよね」

「それに、変化するのが生き物だし、ドМになっちゃったらどうする?」


「優しくします」

「だよね、酷くされる気がしないし」


「平気で妊婦に欲情するのは」

「いや平気でも無かったじゃん、葛藤してたんだから。それだけ僕が魅力的って事でしょ?」


「そこは認めます」

「難儀だね、真面目な真島君、僕じゃなかったら大変だったよ?」


「それも認めます、早く元気になって下さい、家で待ってます」

「もうそんな時間なんだ、またね」


「はい」


 毎日、お見舞いに来てくれる。

 子供の顔を見る為も有るんだろうけど。


 凄く、愛されてる気がする。

 家族としても、人としても。


 本当に、どうしてアレが好きだったんだろ。

 βだったからかな。


 それとも、単に執着だったのか、僅かにでもΩの影響を受けてたか。


 まぁ、良いや。

 会社に現場復帰するまではまだ有るし、記録は記録で仕事だし。


 もう1人、直ぐに出来るかもだし。




《最新のデータです、どうぞ》


 僕達を保護した組織は、僕の考える組織とはかなり違っていた。

 相変わらず研究はさせて貰えるし、こうして被検体の記録を渡してくれる、そして。


 世界の不幸を望んでいなかった。


「コレ、研究とは関わらない事だよね」


 物語上で酷い世界を描いた場合、悪しき見本とす。

 その文言を添える事で、有害図書指定から外される事になった、と。


《コレもウチの成果ですので》

「態々添えないとダメなのかな」


《酷い世界の物語を好む、だからと言って望んでいるとは限らない。その表明も兼ねておりますので、全ては諍い、軋轢を避ける為です》


「爆破や放送の容認も、ね」

《はい》


 あくまでも、アレは不幸を最小限に抑える為の措置だった、と。

 現場の遺体は法で裁けない者、社会に不適合だとこの組織が考えた者外国籍を持つ者も含め、死を偽装すべき者の部位だけを培養した部品が散らばっただけだと説明された。


 最初から、コチラの予定を見据え、計画を乗っ取られていただけ。


 その真偽を確かめる術は無い。

 けれど、あの事件で亡くなったとされた者と会った、その数も少なくない。


 狂ったΩは勿論、実子への児童虐待、支配下に置かれ異常行動をさせられた者。

 そうした被害者が死を偽装され、証人保護と同様の措置を受け、時には国外への脱出している。


 本当に功績を認め、苦労も認めてくれているからこそ、待遇が良いのだと。

 そう、思えてしまっている時点で、術中に嵌っているのだとは思う。


「このデータが本当なら、良い方向へ向かっていると言えるだろうね」

《そうした穿った目を常にお持ち頂ける事にも価値が有る、私もそう思っております》


 そして警戒心を下げてしまった何よりの要因は、彼女。

 本当に回復してしまった。


 少し悔しい、いや、大いに悔しい。

 けれど、確かに原理は分かる、彼女が正常に戻る利益だけが提供されているからだ。


 だが。


「彼女は、本当に元に戻ったんだろうか」

《元に戻る、とはどう言った状態を指すのでしょうか。記憶と傷を得た以上、そこから以前の彼女を復元する事だけが、元に戻ったとの定義をすべきなのでしょうか》


「あぁ、そうだね、僕と言う汚点の有る彼女を受け入れられなかったのかも知れない」

《汚点とするかどうかは、アナタの領分では無いのでは》


「そうだね、彼女が決める事だ」

《そして決めるには正しく情報を伝えるべき。記憶消去でしたら簡単ですのでお任せを、全ての人々へ幸福を齎す事こそ、我々の義務であり指名ですから》


「君ら組織の認める者の幸福、だろう」


《獣と人を区別するには様々な要因を必要とします、そして獣は獣、人は人として扱わねばなりません》


 殺処分された者は、要は人としての判定基準から逸脱していたのだ、と。


 あの事件で亡くなった者を生き返らせる事は不可能、例え出来たとしても利が無さ過ぎる。

 なら、コレは無意味な考えかも知れない。


「信じるか信じないかは」

《ソチラ次第です、どうぞご自由に》


「最悪は、僕の記憶を。無理か、今だからこそ利益を提供出来ているのだし」

《ソチラも、お任せ頂ければ叶えられます、損を最小限に抑えてこその幸福ですから》


「そう、なら頼むよ、会いに行く」

《はい、ではご案内致します》

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