第2話 田中 花衣。

『私の名前は、花衣かい、田中 花衣』

「あ、僕の名前って」


『似た名前が良いらしい、咄嗟に呼び止められても気付ける範囲で』


「んー、高橋、高幡。高幡は大丈夫ですかね?」

『あぁ、多分』


「で、友、と、とむ」

『いや、それは流石にどうだろう』


「とみー」

『いやー』


「とうま」

『それ本当に気付ける?』


「えー」

『とわ』


「じゃあそれで」


『字はどうする』

「永久、しか思い浮かばないんですけど」


『覚えられるなら』

「はい、コレなら多分、大丈夫だと思います」


『まぁ、様子見だし。宜しく、高幡 永久とわ君』

「はい、宜しくお願いします」


 可愛い。

 私の為の個体だと教えられ、ずっと見てきた。


 可愛い、アホっぽい所が凄く可愛い。

 純粋無垢で平穏な家に育てられ、平凡に育ったホワホワした子。


 αと違って殺伐として無いし、緩くて可愛い。


 可愛い私の番。

 でも、番えるかは分からない。


 本来ならα化してもおかしくなかったのに、代わりに近所の幼馴染がαとΩ化してしまった。


 もし、この子がダメなら、私は他のαから選ばなければならない。

 義務では無いけれど、ほぼ使命、Ω化で短命に終わらないならそれに越した事は無い。


 だからこそ、両親は様々な手を尽くし、他のαも見繕ってはくれたけれど。


 私は、この子が良い。

 小さい時から可愛くて好きだった私の番。


 予定。




《君の方の個体は順調らしいね》


「順調、とまでは」

《相手を嫌ってはいない時点で順調と言えるだろう》


「何処から」

《もう既に世の中が金だけでは動かないと理解しているだろう、私は運に恵まれ、提供出来るモノを持っていた。その結果だよ》


「不誠実さはいずれ歪さを生み、果ては」

《修正すれば良い、皺なら蒸気を掛け圧着させれば良い。そんな事で人の歩みに遅れを生じさせる方が、余程、組織への忠誠心が無いと私は思うがね》


「だとして」

《君の個体を貸してくれるだけで良い、記憶なら消せば良い、そうだろう》


「報告させて貰う」

《そう言うと思っていたよ、すまないね、君はさして優秀では無いらしい》


「そんっ」

《さようなら、同志よ》


 私達夫婦には、子供が産まれなかった。

 だからこそ、この研究に選ばれた時は神に感謝した。


 そして今、神は居るのか、と。


花衣かい




 花衣かいちゃんのご両親が、殺された。


 僕が隔離された地区は農村部。

 誰もが顔見知りで、こんな事をする人達じゃないって。


 だから、全世界αΩ化派って言う過激派か、組織の犯行じゃないかって。


 そう言ってから花衣かいちゃんは黙ったまま。

 泣きもしないで、棺桶の前でずっと座ってて。


花衣かいちゃん、嫌かもだけど、食べて?」


 卵焼きと、おにぎりとソーセージ。

 病院から出て、ココで花衣かいちゃんのご両親とも一緒に暮らしてて。


 いつもお昼はコレで、だから作ってみたんだけど。


『ありがとう、ごめんね』


 僕に抱き付いてから、急に泣き出した。

 我慢してたのかな。


「ううん、何も出来無くてごめんね」

『違う、してくれてる、ごめんね』


 多分、僕の親の事だと思う。


「僕は生きてるし」

永久とわのはパーツだけ、こうして全身を作るには時間が掛かる、しかも古傷の再現までするともっと時間が掛かる。だから、コレは、本物の死体。お母さんと、お父さんの死体』


「僕は詳しく知らないから言うけど、ずっと前から作ってたとかは」

『完全体のクローンを作るには凄いお金と時間、それに設備も必要になるから、まだ出来無いって聞いてる』


 もしコレが本物なら、僕は無意味に希望を与える事になる。

 やっと花衣かいちゃんが納得したのに、僕は何も知らないんだし、もう何も言わないでおこう。


「ごめんね」

『ううん、ありがとう、ごめんね』


 まだ花衣かいちゃんに凄いドキドキしたりとかは無いけど、少し胸が大きくなってくれたり、僕の事を好きだって言ってくれるのが嬉しくて。

 このまま幸せになれるのかと思ってたのに、何で、どうしてこんな事になるんだろう。


「どうして、こんな事になったんだろう」


『分からない、だから考えてたんだけど。ごめんね、ありがとう、食べてまた考えてみるよ』

「うん」


 フェロモンの匂いとかって良く分からないけれど、花衣かいちゃんは良い匂いがするし。

 それに優しいし、可愛いのに、どうしてこんな目に遭うんだろう。




「おめでとう」


《おばあさん》

「良いの、あの子は運が無かった、いえ寧ろ逆に運が良いのかも知れないわ。きっとコレからの時代はもっと大変になる、あの子はのんびりしてる子だから、きっと神様が先の世界に送ってくれたのよ。アナタ達の子は大丈夫、しっかりしてる翔子ちゃんと優子ちゃんの子だもの。ありがとう、大丈夫、見せに来てくれてありがとう」


『こんな事を言われるのは、嫌かも知れませんが。友ちゃんの分まで、大切にします』

「お願いね、でも気張り過ぎたらダメよ、この子にはこの子の人生が有るんだから。ね?」

《はい、ありがとうございます》


 友の遺体は、腕だけ。

 肘から少し先の、左手だけ。


 指紋も、遺伝子も、息子のモノと一致した。

 それに古傷も、全て。


 それでも私は認められなかった。

 まだ、何処かで生きている気がして。


 けれど他のご遺体も同じ様に、末端が殆ど。

 大型トラック同士がぶつかり、その反動で1台はビルへ、そして爆発し炎上。


 中には、全くご遺体が見つからなかった方も。

 暫くは行方不明として、今でも死亡届が保留となっている方も居る。


 でも、だからこそ。

 あの子、記憶を失くしたままふらふらと移動して、何処かで生きてるんじゃないかって。


 あの子は何処かで生きてくれている、そう感じてる。




《やぁ、ご両親の事は痛ましい事件だったね》


 両親の死の真相が分からないまま、四十九日を迎えた日、彼は現れた。


 組織からは不定期に接触が有る。

 時に彼が現れたり、報告係だと名乗る女性が来たり。


『あぁ、どうも』


 私は誰も、永久とわ以外は組織も信用していない。

 両親の葬式、納骨にすら報告係すら現れなかったのだから。


 私達は残された財産だけでも生きていける、だからこそ、もう。


《犯人は、私だ》


『何で』

《賢い君なら分かる筈だ》


 見慣れた組織の人間が連れて来たのは、私に良く似た、同年代の。


『分からない、どうして両性具有の量産なんか』

《全世界αΩ化計画及びΣ排除計画、組織は穏健派、保守派が多過ぎる。だからこそ、人を元の数に戻すにはコレが1番、向こうの派閥と組織の計画が合致したからこそだよ》


『組織の計画って』

《両性具有は、どう分化するか、だけ。だけなのがいけないんだ、どうしてもっと進めようとしない、おかしいじゃないか幾らでも他の計画と併せて進められた筈が。だからこそ私は考えた、組織は既に腐敗しているんじゃないかとね、旧時代と同様に利権の温床になっているんじゃないかと。コレは膿出し、正しい速度で進める為だ、仕方が無かったんだ》


『全く分からない、どうして両親を』

《君をΩ化させる為だよ、他の者の手によって、ね》


 彼が手を上げると、更に後ろの車から、もう1人。


 αだ、α因子を多く持つαの男。

 私はまだ完全な分化をしていない、けれど、分かる。


『私には』

《ウチのがね、どうしてもアレが嫌だと言うんだ、相性が良い筈なのにも関わらず。だからね、試しに交換してみようと思ってね》


『嫌だ』

《大丈夫、君がΩ化すれば君の番予定もα化するかも知れない、それにもしかすれば番を必要としないΩとなるかも知れない。良い事ずくめなんだよ、賢い君なら分かるだろう、コレは世界の為なんだ》


『アンタは1つ思い違いをしてる、Σが居ない世界なんて、αとΩしか居ない世界なんて必ずいつか衰退する』


《君は知らないかも知れないが、この世には嘗て奴隷が存在していた、去勢されたβを生み出せば》

『アンタさ、外国に毒され過ぎだよ。一揆って知ってる?諸外国で何でか大して起こらなかった、一揆、一々何とか革命なんてしないでこの国は一揆で上に分からせた。庶民が、βが大人しく排除されるワケが無いんだよ、必ずその計画は破綻する』


《それは君がまだ、計画を理解していないからだ》

『Σとβを排除するんだろう』


《あぁ、それには》

『仮に、血統主義化するとしよう。α同士が番う程、αが産まれ易くなる、そうなれば先ずは様々な女がαの下に群がる』


 子種の生産が最短で4日とした場合、単純に4で割れば、端数を予備とし92人が必要となる。

 出来るなら血縁関係の無い女達を92人、仮に揃えられたとしても、全てが健康体かどうか。


 そこに、もし、その誰かに不治の病を持っている者が居たなら。


《それは検査で》

『感染して直ぐ結果が出る病ならな、だとしても、検査日に閾値ギリギリの者を滑り込ませれば良い』


《それを調べる為の金と時間さえ》

『もしβが排除されるとなれば私は誰かを唆す、それこそ家族を誘拐してでも何をおしても、生物の多様性を無視するアホなα達が居るなら。私はどんな手を使ってでも、病持ちを必ず懐に入れさせる、か』


 それこそ一揆だ。

 92人の女性が一極集中すれば、同数とされる92の男があぶれる。


 そして相手にあぶれ、奪われた者達を集め、まさに一気に一揆を起こさせる。


 昔ならまだしも、今は素早く広がる伝達手段が有る。

 同志が決起しているとなれば観衆含め人は増え、暴動は各所で広まるだろう。


《だからこそ、薬物と物理的去勢をだな》

『そう整う前に、一揆は必ず起きる。鎌倉蛮族の名は伊達じゃない、狩猟民族が農耕民族の皮を被っているだけ。分かっていたんだよ昔の上に立つ者は、だからこそ甘く見た者は一揆を起こされ。いや、一揆以外の説も出してやろう、血統主義の行き詰まりについてだ』


 女なら何でも良いとβすらも最初は孕ませる者が居るだろう、その次の世代はβを排除し始める、αを生み出すには邪魔な因子だからだ。

 そうして次はα同士から生まれたαが重用され、その次は祖父母まで重視され、果ては三親等外までも気にし始めるだろう。


 馬の血統コントロールと同じ、何処までも遡り始める筈だ。


《だからこそだ、だからこそ教育の質を低下させ、男βを隷属》

『その分、治安が悪くなるのが分からないのか。未だに人の手を借りなければ制圧が難しい事案が何件も存在している、Σが居ない世界なら尚更。しかも、αにのみ有能な者が出るにしてもだ、そうなれば新たに開発した防衛システムは自分達の為だけに活用するだろう』


《そこはΩの、子の交換を》

『そう長く待てる状況が維持されるだろうか、不出来な子を宛がわれた、と防衛システムから手を引かれたら終わる。駆け引きとしては圧倒的不利に追い込まれる、αだけが賢いなら、そう仕組むαが出て然るべきだろう』


《だとしても、αだからこそ、賢きα同士》

『なら、賢きαはそれらを容認しない筈だ。血統主義が行き過ぎればピークを境に全体の数が収束し始め、いつの日にか種の多様性が失われ、果ては疫病で全滅する。それか』


 カビの排出薬を作り全国にバラ撒くか、αだけが死滅する生物兵器を作り出せば一瞬だ。


《そんな事をすれば》

『多様性が失われ全滅するよりはマシ、争いの種となるなら他の道を模索すべきだ、寄生生物はまだ多種多様に存在するのだから』


《だからこそ、Σを》

『同じだよ、同じだ、カウンターが存在しない生物体系は存在しない。何にでも弱点は有る、円を描けない、循環しない生物体系の果ては滅びだ』


《君が、君の思い付きの限界なだけだろう、現にΣの居ない世界を》

『いずれ滅びる世界をシミュレーションしただけ、だろう。孕み易いΩを保護しない場合、教育と行政を疎かにした場合、いずれ滅びるだけの世界』


《そうならない為に、Σを排除しαの活性化を》

『私の仮定だが、分布割合はカビの生存本能であり、人間の本能が無自覚にも選定している可能性が有る』


 カビとしては宿主を最適な状態にする為にも、個々でありながらも連携を取っている。

 例えカビが居なくとも、もしかすれば、いつかαやΩに分化する世代が産まれるかも知れない。


 けれど、あぁ。


《何だ》

『アナタは不能なのか、しかも子孫が既に規定数居るから薬が。いや、そんなにαの発情期に。そうか、それで薬にも耐性が出来たのか』


《何を、根も葉もない事を》

『そうだな、まぁ良い。兎に角、Σ排除も全世界αΩ化も建設的じゃない、必ず現れるのがΣカウンターだ。そして例えΣが居ない世界になったとしても、Ωを好きに扱う、だなんて無理だ。独裁国家の様に、何も知らない子供だけの世界を築いたとしても、子は親を守るもの。仮に、子を守らない親ばかりの世界になったとして、それは文明的で平和な世界なのか?』


 そもそも、成立したとて、そんな危ない国を他国が許さないだろう。

 どうせ傀儡国として実験場にされるのがオチ。


 結局は滅亡だ。


《だが、カビは一定の傾向を》

『相互作用だ、α化に耐えられる宿主でも無いのにα化させては寿命を縮ませ、子孫すら残す事が危うくなる。単純な適応の問題に加え、我々の感情に作用され、転嫁する。それがΩ化、分化だ』


 もしかすればカビは、流行病で低下した私達の機能を補ってくれているのかも知れない。

 カビは人の味方だと私は思っている。


 あのペニシリンは、それこそ奇跡の産物。

 人とカビとの共存自体は古い物。


 そしてミトコンドリアも。

 もしかすれば、ミトコンドリアが人を操作し、新たな味方としてカビとも共存する事を選んだのかも知れない。


《だとして、βは、Σはどうなる》

『全く種が残せないワケでは無い、それこそいつかカビが安心すれば、カビは人から離れるかも知れない。今は新しい成長方法を、分化する様にと体に教え込んでいる時期なのかも知れない。だからこそ、賢き先人はカビの排出薬を表に出さなかったのかも知れない』


《有ると言うのか》

『もし、分類を選択出来るとしたら、どうする』


《勿論、αに》

《成程、実に愚か者の考えそうな事ですね》

『報告係、いつから居た』


《ずっと居ました、軒下に》

『あぁ、だから蜘蛛の巣が』

《有るのか!選択薬は!》


《もし、コチラがそうなら、どうしますか》


 彼女の手には、実に毒々しい色のカプセルが。

 そして目の前の男の胸には、赤い光の点が。


《すまない、俺は騙されていたんだ。全て吐く、だからその薬を》

《はい、どうぞ、お水もどうぞ》


 報告係は、一体何を考えているんだ。


《すまなかった、必ず罪は償う》

《そうですね、では、参りましょうね》


 そして男は走って来た護送車に乗せられ。


『事情が知りたい』

《アナタは見事、後見人に選ばれました》


『一体、何を言っているんだ』


《そろそろ彼も帰って来るでしょうし、彼らにも飲み物を》

『あぁ、上がってくれ』

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