βの世界。

第1話 高橋 友。

 この世界は、カビの影響分類と性別が重要になる。

 僕は幸いにも、βと認定された男。


 知り合いの様に仲睦まじく相手と過ごす人生に憧れていたけれど、コレはコレで、有意義な人生になる筈。

 何故なら、職業がかなり選べる、モノによっては自由になるお金も増える。


 Ωになる前のαは、確かに優秀で稼げる者が多いらしいけど、結局はΩともなれば稼げる額は劇的に減ってしまう。

 だからこそαは、自らの為にも貯蓄をしなくてはならない、若しくはΩにさせた元αの為に稼ぐ必要が有る。


 βは確かに生殖率が低いけれど、近くに発情期のΩやαが居れば生殖率は僅かに上がるとされている。


 殆どはプラセボ、雰囲気だとか言われてるけど、実際はどうか分からない。

 αやΩの事は勿論、自分のカビの影響分類以外は知れない。


 人を守る為に。


 研究員だって人間、結局は何かの為に情報を流すし、Ωは支配下に置かれたら何でもしちゃうらしいし。

 それが噂だとしても、人は直ぐに情報に左右されてしまう。


 厳重なセキュリティ下で研究しろ、と言う人が居るけれど。

 偉い人が癌になったって情報や、スマホの最新機種すらリークされてたって言うし。


 正直、人が関わる限り無理だと思う。


 残念な事実が明かされてしまうなら、僕は夢を見たままの方が良い。

 出来るなら今日の結果は忘れて、起きたらまた夢を見たままで居たいと思ってる。


 もし誰にも愛されない、なんて事になったら、働く意欲が削がれてしまいそうだし。


『友ちゃん、どうだった?』


「どう思う?」

《βっしょ、兄貴もこんな感じでホッとしてたし》


「ネタバレの仕方エグい」

《おぉ、おめでとうβちゃん》

『それ、差別らしいから他で言うな?最近マジで五月蠅いらしいよ、Ωは不幸じゃない、自分の命に拘り過ぎる方が愚かだって』


《うわぁ、私は全くそう思って無いけどね、如何に寿命を延ばすかって常に気にしてるし》

『当の本人がコレだし、あの意見、やっぱりΩじゃないのかもね』


《だと思うよ、だから優子ちゃんは気にしないで》

『いや気にするね、どうなの友ちゃん』

「僕も2人みたいになれたらって思ってたんだけど、検査の人に教えて貰ったよ、男の変化は大変だって。はい、結果」


《ほらやっぱり》

『正直、ホッとしてる、知り合いには誰も早死にされたくないし』

「僕もだよ、だから気を付けてね翔子ちゃん、優子ちゃんも」


《もちもちお餅》

『メシ、食える?』

「うん、ペコペコ、食べに行こ」


 僕らにすれば大昔、老人にしてみたら少し前らしいけど、要するに昔は性別の事で揉めてたらしい。

 体と心の性別が違ったり、服装が性別に沿って無いと何か言われてたらしい。


 けど僕らにしてみたら大昔の事、妊娠しないと確定しているか、そうじゃないかだけ。


 αの優子ちゃんは僕より強いし、今はΩの翔子ちゃんにすら柔道で負けてたし、今でも負ける。

 そしてΩでも性別によって気を付ける病気が変わるから、結局は生まれた時の性別とカビの影響分類、それと性転換した場合は第二性として枠外に表記される。


 お医者さんの治療方針に関わるからね、性別って。


《でさ、どうするん?登録するの?アレ》


 翔子ちゃんが言うアレ、とは遺伝的アルゴリズムから生殖率が上がるとされている相手を紹介する場、公的なお見合い機関。

 登録は任意だけれど、離婚率が低く生殖率が高いからこそ、親世代には真っ先に登録しろと言われている。


 組み合わせは登録順、遺伝的な組み合わせは勿論、良い条件の相手から売れていってしまう。

 けど、何か。


「何か、夢が無くない?」

《そう?だって初めて会ってときめいたら運命を感じれそうじゃん?》


 翔子ちゃん達は幼馴染、そして僕も。

 だからこそ憧れていたし、応援していた。


 2人共αだと良いなって。

 でも、浅はかだった、女性の場合はαで居続ける事が負担になるから。


「ごめんね、無責任に応援して」

《はいはい、子供の頃の事なんだから気にしない気にしない》

『知らなかった事は悪くない、私達だって知らずになれると思ってたんだし、仕方無いよ』


 僕は、カビ分類に関係無く、皆が幸せになれると思ってた。

 平凡なβだから、事件に巻き込まれるとすら思ってもいなかった。




「ウチの子が近くに居る筈なんです!」


 検査結果を聞きに街へ出て、いつも一緒に居る幼馴染の子と食事をしてから帰る、と。

 けれど大型トラックの衝突事故に巻き込まれたらしく、位置情報も取得出来ず、電話も。


《おばさん!》

「翔子ちゃん、優子ちゃんは?」


《大丈夫、今治療して貰ってる、それより》

「友は?一緒よね?」


《一緒だったんだけど、ごめんなさい》


 翔子ちゃんが持っていたのは、友のスマホ。

 近くを探しても瓦礫と埃だけで、友の姿は。


「あの子、丈夫だし。ありがとう、先ずは優子ちゃんの所にお願い」

《ごめんなさいおばさん》


「良いの、さ、行きましょう」


 あの子は丈夫だから、きっと何処かに少し転がっていっただけ。

 大丈夫、きっとあの子は生きてる。




『おはよう』


 知らない人、知らない場所。

 ココ、何処。


 病院?


「あの」

『ココは病院、君はアレに巻き込まれて死んだ』


 彼、とも彼女ともつかない人が指差したのは、画面。

 サイドテーブルの上のスマホには、僕が居た筈の場所の近くで、大型トラックの衝突事故が有ったって。


「へ?」

『うん、君は死んだ事になった』


「なった?」


 僕がバカな事を繰り返したからか、目の前の中性的な見た目の人は、眉間に凄い皺を寄せて。


『はぁ』

「あ、すみません、物分かりの悪いβで」


『君、まぁ良いや、それより何処か痛い所は?気分はどう』


「トイレに行きたい位で、多分、大丈夫だと思います」

『そう、じゃあ付き添うから、ゆっくり起き上がって』


「あ、はい、ありがとうございます」


 そしてトイレまで付いて来てくれたけど。


『コレに取って』


「はい」


『あのね、排尿後に意識を失う危惧、それと内臓損傷が無いか念の為に尿を確認したいだけ』

「あ、そうなんですね、すみません、お手数お掛けします」


 僕は子供、目の前に居るのは親か親戚。

 てか白衣だし、お医者さん、お医者さんなんだと。


 そうして何とか出来たけど、顔を押さえてる。

 そりゃ嫌だよね、仕事でも、おしっこしてる所を見るのって。


『眩暈や気分の悪さ、痺れとかは無い?』

「はい」


『じゃあゆっくり立ち上がって、手を洗って』

「はい」


 お医者さんなんて目指そうとすら思って無かったけど、大変だな。


『はい、よし。じゃあ先ずは少しだけ水分摂ろうか』

「はい、どうも、ありがとうございます」


『いえいえ、君は私の番かも知れないんだし』


「へ?」


 あ、また眉間に皺が。

 そうだ、コレ良くお兄ちゃんに怒られてたんだ、アホっぽいから止めろって。


『はぁ』

「あ、すみません、アホっぽくて」


『いや、うん。それより、食欲は?眠気、違和感』


「まだ眠い気はするんですけど」

『あぁ、窓の景色は映像だよ、本来なら今はもう夜。22時だからね』


 差し出されたスマホには、22:13と。


「あ、家に」

『残念だけど、君は行方不明って事になってる、そしていずれは死亡。ごめん、私の番予定だから、巻き込まれた』


「あの、番予定って」

『私はまだカビの影響分類が定まって無い、両性具有なんだ』


「え、でも僕」

『君はβ、でもそれは近くに居るαやΩのせいで抑えられた結果かも知れない。私がαになればΩ化、若しくは君がαへと変化すれば、私はΩになるかも知れない』


「Ω化はまだしも」

『αになるには様々な要素、条件が必要になる。βは潜在的にαやΩになる因子を持ってる、逆にΣは殆どαやΩの要素は無い、だからこそ』


「だからこそ、僕にはαやΩの可能性が?」

『うん、そう言う事なんだけど』


「へー凄い、どうしてその情報が表に」

『少し考えれば予測が可能なだけの情報量は出てる。けど公式に発表すれば、自分の子をΩ化、α化させようとする大人が現れる』


「あぁ、そっか」


『もし、嫌なら更に別の人生が用意されてる、けど絶対にもう元には戻れない』


「正直、その、あまり賢く無いからだと思うんですけど。親に会えない以外、弊害って」

『友人知人、知り合い全てに会えない、君は死んだ人間扱い。例え会えたとしても、新しく知り合う相手、新しい自分として会う他の者全てに』


「でも、アナタは僕をずっと知ってるんですよね?」

『いや、君が別の人生を歩むなら、私は関われない』


「他に候補って居るんですか?」

『居ても居なくても君には言えない』


「僕は、どうですか?嫌ですか?」


『いや、嫌では無い』

「じゃあ、暫く様子見とかって出来ますか?」


『まぁ』

「じゃあそれで」


『けれど』

「僕、あんまり頭が良くないので、もう少し知ってから決めたいんですけど、良いで」


 喋り終える前に、お腹が。


『あぁ、うん。食事に、しようか』

「すみません、お願いします」

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