第5話 次へ。
Σに同席して貰ったお陰か、弟が思う相手が誰なのかを理解したからか。
責める気持ちが有ってこそ燃えた炎なのか、番が解除されたからなのか。
《ごめんなさい》
今、私の心の中はとても静か。
あの波立ち沸き立つ様な激情は微塵も無い、弟に奪われるとしても、嫉妬心すら湧かない。
「
《私が浅はかで弱いから、弱っていた時にアナタに救いを求めた、無意識に無自覚に。そしてすんなりと受け入れられて、初恋の熱も再燃して私は浮かれてた》
逃げる為にアナタを使った。
「それでも俺は」
《受け入れてくれて本当に嬉しかったけど、私は、私を愛してくれるなら拒絶して欲しかった。逃げに使われたくない、ちゃんと愛して欲しいって言ってくれる人に、私は愛されたい》
受け入れられる愛は凄く心地が良かった、でも同時に苦痛でもあった。
もっと必死に、もっと私からの愛を求めて欲しかった、体を重ねる事でそうした考えを誤魔化していた。
だから手放せなかった。
だからもう今は、手放せる。
私が望む相手は、アナタじゃない。
「コレでも俺、一応、ちゃんと好きだったんですけどね」
《うん、だから、合わなくなっちゃったんだと思う》
この10年で、少しずつズレて、合わなくなってしまった。
最初に手放したのは私。
そして試してみて、ダメだった。
「俺、何か変えるべきですかね」
《ううん、今の誠君も誠君だから、そのままを受け入れてくれる人と一緒になって欲しいと思う。私は、どうしても変わって欲しいと思うだろうし、そう思う事にも苦痛を感じる、だから私達は無理なんだよね》
「すみませんでした」
《ううん、私こそ、振り回してごめんね》
「いや、俺も」
《私に誠君を幸せにするって気概が有れば良かったんだ、でも今の私にはその気概が湧かないんだ》
私が私の傷だけを気にせず、君に返事をしていたらこうはならなかった筈。
だからもし一緒に居る為に何かを変えるなら、それは私、大昔の私が変わるべきだった。
今の私が何かを変えるとしたら、それはとても大きな変化となる。
αのままだったなら、きっと変えていたかも知れないけれど、もう私はΩ。
10年の歳月とカビの影響分類の差は、大きい。
「本当に、俺に改善すべき点は」
《そうね、恋愛に関して不器用な所なんだけど、それも良いって言ってくれる人が良いと思う。私はもう、他を知ってしまったから。私の方こそ、何か変えた方が良い点を聞きたいな》
「多分、無いと思う。本当に不満は無かったんだ」
《でも少し面倒だと思ったでしょ?君は優しいから気を遣ってくれてるんだろうなって、そこもね、ダメだなと思ったんだ》
こうして相性は変わる。
体だけの相性だけで繋がっていたとしても、心の隙間は広がり、いつか心の隙間は体にすら影響を及ぼす。
運命の番は、あくまでも都市伝説。
「ぶっちゃけ、俺は、そう思ってる」
《そうよね、元夫とは違って連呼しないし》
「そこはちょっと不満かも知れない、もう少しマシな相手を選べなかったのかって」
《ね、もうアナタの事を早々に諦めて逃げた結果、自業自得だから気にしないで》
「善処はする」
《私も、もう変な男を選ばない様にするから、アナタも》
『姉さん、本当に僕が貰っても良いの』
《勿論、私のお古で良ければどうぞ》
『また気が変わったとしても、流石に譲らないよ』
《勿論、譲ったらアンタを怒るわ》
『もしかしたら、次は大して良くないかも知れないんだよ』
《なら巧くなって貰うし、喜んで巧くなろうとしてくれる人を選ぶから大丈夫。だから、どんな相手が現れても譲ったらダメだよ、凄い良い物件なんだから》
「俺としては、中々の事故物件だと思うんだけどな」
《トラックにぶつかられただけ、誰も死んで無いし、アナタに責任は無い》
『で、次は誰も死んで無いのに幽霊付き物件になっちゃったワケだ』
「まだΩ化して無いのに良く言う」
《あら、まだして無いの?》
『真面目だし、姉さんが好きだからね』
「勝手に食われたけどな」
『言わなきゃバレないのに』
《そう真面目な部分が好きなのに、何処かで不真面目さを欲してたのよね。不安に感じたり、耐えられ無いって弱音が聞きたかった、でも聞いたら私はもっと荒れてたと思う》
『結婚式に呼んじゃう』
「せめてΩ化してから言えよ」
《そうやって、前みたいに話したかったんだけど、ごめんね、私の方も変わったから》
「俺も、多分、変な方に変わったと思う」
《良い意味でだよ、器が拡張されたんだと思う、あのままだったら超真面目なだけの人になってたかもだし》
『えー、想像し難いなぁ、凄い適当で手抜きだし』
「それお前、メシの事だろ。毎回毎回手の込んだ事出来るかよ」
『パスタグラタン超美味しい』
《ならアナタが覚えて私に作って、もう少し特区で過ごして、次の番が出来るまで誠君とは会わないつもりだから》
『だって、頑張って教えてね』
「まだ、俺は完全に諦めたワケじゃないんだけど」
《無理しないで、楽な相手が1番だよ》
一生、一緒に居るんだし。
『だってお』
「壁ドンしながら言うな、つか今かよ、車内でずっと黙ってたと思ったらお前は。本気か?試してるのか?」
『知りたい?』
「いや、止めとくわ」
『Ω化しても?』
「そりゃ、そうなったらそうなった時に」
『誠さんに本当に気になる相手が出来たら諦める、僕は男だしβだからね、直ぐに身を引くよ』
「実は、お前の職場の鮫島さんをだな」
『誠さんさぁ、凄い顔に出るよね、どうでも良い苦手な相手には特に。凄い不味そうな食べ物食った時の顔すんの』
「あー、いや、アレはフレーメン反応で」
『じゃあもう会わないよ、もしかしたらΩ化が成功するかもなのに。泣く泣く、致し方無く、中止するよ』
「お前は本当に、良い性格してるのな」
『何処かの誰かの家族に家族をぶち壊されたからね』
「お前の父親にも責任が有る」
『僕もそう思う』
「はぁ、折れねぇなぁ」
『伊達に荊の道を歩んで無いしね』
「良い姉ちゃんに良い母親のお陰、どう言うんだよ義母さんに」
『反対されたら縁切る、僕の人生は僕のモノ、お前の人生でも無いのに文句を言うならもっと夫を繋ぎ止めてろよブスが』
「それ、俺がお前を拒絶しても言いそうだな」
『良い案だね、そうする、好きでしょ罪悪感』
「好きじゃねぇんだよなぁ罪悪感、つかさ、ぶっちゃけそこまで罪悪感を抱えて生きてたワケじゃねぇんだよ。ただ被害者や家族に切れられたくない、怒られたく無い、害されたくないってだけで生きてたんだよ俺は」
『それでも全然、好きなんだよね』
「もしかしてΩ化してんのかもな」
『かも、折角だし試してみようよ、僕の人生を捻じ曲げた償いの為にもさ』
「捻じ曲げた覚えは無いんだけどなぁ」
『1番最初に挨拶した時、可愛いな坊主って言ってくれたじゃん』
「あー、有ったっけかそんな事」
『雨の日、初めて体験レッスンに行った時、ガチガチに緊張してた時に言ってくれたんだよマジで』
「覚えてねぇなぁ」
『まぁ良いよ、覚えて無くても気持ちは変わらないし』
「実はそれ、俺じゃなくて」
『ウチの子種袋に聞いてみる?確認したら覚えてたよ』
「で、ついでに追撃する気かよ」
『ちゃんと確認してくれるならしないよ』
「じゃあ箱にしまったままにしとくか」
『期限を決めるよ、残り9ヶ月でΩ化しなかったら諦める』
「9ヶ月後に検査が微妙だったらどうする」
『任せる』
「はぁ」
『幸せにする』
「1人でも勝手に幸せになるわ」
『だよね』
「今日は、パスタグラタンにするか」
『可哀想だね、異性愛者なのに同性愛者に好かれて』
「別に、クソに好かれるよりマシだわ」
『おっさんの、ツンデレ』
「お前さぁ」
『はいはい、教えて下さい、お願いします』
「先ずは風呂だな、花粉凄いし」
『はーい』
ぶっちゃけ、マジで覚えて無い。
ガキの入れ替わりは激しかったし、それこそ雨の日には体力を持て余したガキを持て余す親が多かったし、アレの小さい頃に会った覚えが全く無い。
けど、嘘は言わないんだよな。
匂わせたり誤魔化したりは有るけど、俺には絶対に嘘は。
あぁ、巧いな、俺より上手だ。
俺の信用をこうして得るとか、卑怯だわ姑息だわ、色々と手慣れてるわ。
頭も良くて体格も良い、そのクセ下半身は。
あぁ、ダメだ、卑屈な俺のコントロールが巧過ぎる。
このままだと、本当に、俺が幸せにさせられてしまうかも知れない。
無趣味でどうしようも無い加害者家族の俺を、被害者家族が俺の意図を無視して、勝手に俺を幸せにしようとしてくる。
まぁ、俺に責任は無いんだし。
良いか。
「はぁ」
『はい、僕の勝ち』
「あのなぁ、ガキじゃないんだから」
『はいはい、そのガキに種付けしたパパが何か言ってるけどきにしたらダメだよ、赤ちゃん』
「まだ試薬で出ただけで」
『居る居る、分かる分かる』
「はぁ」
『病院は行くって、マジで』
「で、Ω化もバレるんだろうな」
『そんな珍しくないでしょうよ、β男のΩ化』
「確率が低いんだよ、カビが抵抗してか宿主を生かす為に、滅多に起こらない現象なんだよ」
『確かに短命にはなると思うけど』
「確実にな、しかも番解除されたら更に縮む、でΩ化し易いからまたαと番うとΩ化する。そうなると本来の寿命の半分以下だ」
『何でそんなに詳しいの、流石に教師でも』
「少しな、詳しく知って大いに悩むか、腹の子の為にも何も知らないで穏やかに生きるか選べ」
『知っても穏やかで居られる様に無理にでも切り替える、子の為にも知らないって手段は取れない』
「クソ野郎の寄せ集めを眺め続ける事になるかも知れないぞ」
『別に、父親の面倒を見てたのは僕だよ?』
「俺がこうなった要因の一部でも有るし」
『元からちょっと捻くれてたんじゃない?』
「お前なぁ」
『真面目にさ、何も知らないで子供に何か有ったら本当に誠さんも自分も許せないし、知れる事に良い面と悪い面が有るって理解してるつもりなんだけど。本当にガキ扱いは止めて欲しいな、過保護は好きじゃない』
「言ったな」
『言った』
「最悪は勝手にお前だけ幸せになるのが条件だ、良いな」
『言われ無くても最悪はそうするし』
「はぁ、分かった。暫く病院は無しだ、知り合いから紹介して貰えるまで保留、良いな」
『うん』
そうして誠さんは何処かにメールして。
数日後。
《どうも、報告係と申します》
「出ばなで言うかよ」
《はい、アナタ様は見事に後見人に選ばれました》
誠さんが崩れ落ちた。
こんなに動揺するのも初めて見るし、一体、何の後見人なんだろう。
『あの、誠さん』
「
《我々組織は人々の幸福と繁栄を支えるのが使命、彼が昔、土手で泣いてらっしゃったのを救ったのも私達です》
『組織が?報告係が?』
《組織であり我々が、ですね》
「まぁ、こうした組織に属してると言うか、救われたんだ。あのクソみたいな土地で生きる理屈を与えて貰って、でまぁ、少し勘違いしてたけど地区を出て暫く互いに接触は無かったんだが。はぁ」
《あぁ、既に組織の代表の事は知ってらっしゃいましたか。では報告係を殺処分に》
「止めてくれ、アンタらが同一存在だとしてもだ、だからこそ止めてくれ」
《正しく、合格した方だけはありますね》
「はぁ、勘弁してくれ」
『あの、後見人って』
《お知りになる、その選択で間違いありませんか》
『はい、子の為にも、誠さんの為にも知る事を許して下さい』
《流石です、良き方を選ばれましたね》
「そこもなのか」
《あぁ、そこは知らされていなかったんですね》
「はぁ、あああ、すまん、俺が思ってた以上に大事になった」
『うん、みたいだね、初めて見たよこんなに動揺する誠さん』
「あのな、俺らが組織の代表に選ばれたんだよ」
『大変そうだとは思うけど、そもそも実態を』
《資料請求をして頂ければご用意させて頂きます、そして活用方法を提案して頂ければ、後は全てコチラで処理致します》
『それ、仮にもし断ったら』
《断る事は不幸を招く、関わる者全てが不幸となります》
「それは、他の候補より俺が優れた何かを持っている、で良いのか」
《はい、正解です、流石ですね》
『コレ、墓穴掘って無い?』
「と言うかもう、詰んでる。何で俺なんだよ、血筋はクソのハイブリッドでサラブレッドだぞ」
《血より教育、アナタは十分に理解してらっしゃるかと》
『僕にも手伝えるんでしょうか』
《勿論、美味しいパイの焼き方も、組織の今までの成果もお教えする事が可能です》
『なら、もし、過去の防犯映像を』
《最初に出会った頃の映像ですね、ご用意出来ますが》
「お前、最初に頼むのがそれか」
『どうにか誤魔化して子供に見せたいんだよね、パパと僕の最初の出会いだよーって、凄い素敵やん?』
「お前さぁ」
《素敵だと思いますよ》
『ほら』
「はぁ、もう少し若いのが」
《前任者は42です、もう、そろそろかと。2度のΩ化の転嫁により、既に寿命を迎える寸前です》
「それだ、どうにかならないか」
《つまりは、資料のご請求と受け取っても宜しいのでしょうか》
「頼む」
《はい、では、病院の件も含めコチラをご覧下さい》
承諾する事が大前提に有ったのか、彼女が用意した資料には僕が通う事になる病院の候補は勿論、住む家も地区も。
「はぁ、あのゴミ捨て場に戻るのかと思ったわ」
《流石に自衛手段を持たない幼子は放置出来ませんから》
『本当にそこそこヤバい地区だったんだ』
《ですね》
「ただな、何だこの、第2副都心って言うのは」
《次のページに御座います》
大企業を特別に誘致し、一気に発展させる。
表向きは問題の無い愚か者を集め、裏では殺処分をする為の地区。
ある程度は自由にさせ、そこで徐々に数を減らさせ、問題が有れば大事を起こす場所。
『結構、物騒ですけど』
《はい、どうしてもごみ処分場や篩い分け施設は必要ですから》
「人口が回復すれば、それだけ必要になるしな」
《はい》
「はぁ」
『他の候補も有るよ』
「コレ、俺が適任だろうよ」
『そうかな』
「仮に、もし他が誰もやらなかったら、もし他に任せて失敗したら」
『罪悪感を持つの好きでしょ』
「好きじゃねぇわ」
『良く分からないけど、きっと前より大変だと思うよ』
《ですがアナタと我々がサポート致します、それにお子様も》
「まだ本当に居るか分からないんだ、止めてくれ」
《38ページをご覧下さい》
そこには、新薬、と。
「マジか」
《コレを推し進める為でもあります、どうしますか》
「やるしかないだろぉ」
『誠さん、この新薬って』
「まぁ、お前の苦労が半ば無駄になったと言うか」
《いえ、寧ろそれこそかと》
『え、誠さん、詳しく言っちゃったの?』
「言ってねぇけど、多分、俺の検索履歴とかからだろうな」
《ですね、流石に盗聴はやり過ぎですし、そこに人員を割いてはおりませんから》
『あ、え、じゃあ僕のも』
《皆様其々に性癖が有って当たり前かと》
「おい何調べてたよ」
『いや、別に』
《資料請求としてお受け》
『しないでしないで』
「言わないならするわ」
『いやー』
「よし、資料せ」
『α男の前立腺開発の、弊害』
《実際にも弊害は無いので問題有りませんよ》
「お前」
『ほら、より良くをね、目指して』
《各種備品や道具の購入もコチラが負担致しますので、オススメもご紹介出来ますが》
『します』
「するな」
《では、保留と言う事で。居住地は今日中にお決めになって下さい、もう既に、事は動き始めておりますので》
「今日中」
『あ、すみません、何も出さないで』
《麦茶かスイカで構いませんよ》
『あ、じゃあ両方有るし』
「座ってろ、用意する」
《ありがとうございます》
こんなに不機嫌なのも、初めて見た。
でも何か、嬉しいかも。
『すみません、つい気が動転して』
《コチラこそ申し訳御座いません、ですが、決まりですので》
『危篤か、亡くなるか、それまで続けるって事ですよね』
《いえ、ですが人はギリギリまで自ら舵を取りたがるモノ、早々に引退なされた方も居りますが。問題はどちらがより後悔が少ないか、ですから》
『だからこそ、自分の子では無いんですね』
《いえ、適任だと判断なさったなら、それが適応されます》
『それを選ぶのは』
《組織であり我々、ですね》
『もしかしてアナタは、カビの権化?』
《かも知れませんね》
「ほれ」
《ありがとうございます、頂きます》
コレはきっと、もし相手が姉なら。
いや、そもそも券が当たった事すらも。
なら、僕も含めて査定されていて。
僕の気持ちもバレていたんだろうか。
『あの、僕の事も』
《いえ、ですが運命を感じますね、本当におめでとうございます》
「あぁ、どうも」
『嫌いなクセに、運命の相手とか番とか』
「運命論は好きだぞ、良い言い訳になるしな」
《ですね》
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