第3話 子供。

《おめでとうございます》


 俺か弟の子か分からない子供が、1度に4人も産まれた。


 Σが常駐するΩ特区だからこそなのか、彼女は無痛分娩で4人の子を産んだ。

 体重は少し少ないが、母子共に健康。


 出生届には、俺と弟双方の名が記載される事になった。

 職場へ改めて相談した際、法律の専門家が気に掛けてくれた事で海外の事例を出し、こうして産まれる寸前に法改正がなされるまでに至った。


 国民への告知は無かったが、無事に届出は受理された。

 俺の妻が産んだ子、俺達の子として。


 子供への説明は難しいかも知れないが、αなら分かる筈。


 だが、出来るなら全員がβであれば良いと思う。

 少なくとも職業は選べるのだから。




《おめでとうございます》


 彼女は4人を産んで半年後、今度は兄の子を孕み、次に僕の子を産んでくれた。


『ありがとう、愛してる』

《僕も、ありがとう》


 付き合いは短いけれど、泣いた彼女を見たのは初めてだったし。

 不満らしき事を口にしたのも、初めて聞いた。


「子供を、ですよね」


 同じ境遇だったから、だからこそ理解してくれていると思ってた。

 理性的な彼女だからこそ、Ωの本能を抑えていただけ、僕らが甘えていた事を初めて理解した。


《いや、君も》

「良いんです、すみません、産後なので思いもしない事を言っただけです。家族としても愛して貰っている事を十分に理解しています、すみません、もう休ませて下さい」


 彼女のまくし立てる様な早口に、いつも冷静な兄が口を挟めなかった。

 僕らは布団を被った彼女に何も言えず、病室を出て、車へ。


 車に乗り込んでからも、暫く僕は言葉が出ないまま。


 そして浮かんだのは。

 曖昧で、当たり障りの無い言葉しか、思い付かなくて。


《疲れてたんだろうね》


『そして俺達は、甘えていた』


 この数年彼女は特区で過ごしていた、安全な育児と出産の為にと、僕らとは発情期に会うだけ。

 そして僕らは外で一緒に暮らし、子供を迎え入れた後も蜜月を過ごした。


 彼女は、孤独だった。

 子を取り上げ、彼女を孤独にしたのは僕ら。


 彼女には何の罪も無い、寧ろ罪が有るのなら僕ら。


 なのに、いつか報いれば良いだろう、と。

 ずっと、彼女を孤独にし続けた。


《兄さんは、彼女を愛してるよね?》


 僕らは、敢えて彼女に関わる事は別々に行っていた。

 流石に息を合わせて連絡の計画まで練るのは、気が引けたし、もし兄が本気になっても確認しないで済むから。


『家族として、なら』


 同じ双子なのに、全く理解出来無かった。

 兄へ向ける程の愛では無くても、僕は彼女を愛してる、自分のΩだからこその情愛だったとしても。


 なのに。


《何で、何がダメなんだよ》


『お前』

《だって僕らのΩ、番なんだよ?そんなの》


 黙ったままで頭を抱える兄が、別人に思えた。

 僕は、それなりに彼女を愛しているだろうと思っていたから。


『それは』

《ねぇ、もしかして何も連絡して無いとか、子供とか予定だけ連絡するとかして無いよね?》


 少し目を泳がせた兄のスマホを奪い。


『止めろ』

《私用でしょコレ、解除して》


 解除させたスマホの中身は、案の定、危惧した状態で。


『今までは、何の不満も』

《分かってるからこそだよ、けど、もうΩになったんだよ?何かが変化したっておかしくないのに、何で》


『お前を』

《僕を言い訳にして手抜きしてるだけじゃないか、もし僕らの子がこんな扱いをされたら、分かるからって何も思わないでいられるの?分かってるからこそ、ずっと、我慢してくれてたんだよ》


『だが、産み終えたら、お前とは結婚はしない、と』

《は?いつ?何でそんな話になってるの?》


『お前は優しいから、無理をしているんだ、と』

《何でそうなるの?分かるでしょ?》


『彼女が、言ったんだ』


 攻撃的なαですら、穏やかになるのがΩ。


 優しい彼女は。

 賢い彼女は。


《誤解だよ、解かないと》


 直ぐに車から降り病院へ向かったけれど、面会を断られた。

 Ωの安全の為、何処でもΩが面会を断れば、決して会う事は出来無い。


 そうして会えないまま、子供に関わる事以外は悉くメッセージを無視され。

 碌に話し合いも出来ぬまま、数ヶ月が過ぎる事になってしまった。




「話し合いは嫌ですか?」


 授乳期が早々に終わり、私は彼らに子を託し、このまま特区で番を解除する事にした。

 けれど甘かった、番解除の苦しみは、まさに地獄。


 体中が疼き、もうソレしか考えられない。

 寝ても覚めても、何をしても、番を求めてもがき苦しむ。


「最初から、合わなかったんです、考えが」


 Ω化した事で、私の考えは変わってしまった。


 どうしても、愛されたいと思いたくなってしまう、素っ気無い態度をされたら心が痛む。

 だからこそ、私は彼らに必要無いと判断した。


 もう彼らに私は必要無い、私の代わりに子供達がバランとなり、緩衝材となり完全な幸せな家庭となる。


 私はバランから異物になってしまった。

 愛されない悲しさを子に伝わらない様にする事が、もう、出来なくなってしまった。


 愛し愛され、愛し合う2人が堪らなく羨ましくなってしまった。


 楽しそうに子供と出掛けた写真に、彼らが一緒に写っていたり、撮り合っていたり。

 それは完璧で、完全な家族に見えた。


 きっと、番を解除出来れば、せめてあの子達の産みの親になれる筈。


 その事だけを胸に、その事だけを支えに。

 ずっと、1人で苦しむつもりだった。


 コレは罰なんだと。

 姉以外に愛されようとした私の罰、姉を愛した罰、姉を恨んだ罰なんだと。


「Σの私と居た方が、楽になりますよ?」

「良いんです、コレは私の為になりますから」


「いいえ、ダメです、アナタはまだ産褥期。正常な判断が行えない可能性が有ると私が判断します、番の方が心配してらっしゃいます、離縁も望んでいないと署名も頂きました。お話し合いをして頂きます」

「嫌なんです!もう、顔も見たく無いんです」


「だとしても、コレは法で定められた措置ですので、ご了承下さい」


 彼女に頭を撫でられただけで、私は落ち着きを取り戻してしまった。

 こうして冷静になる事こそ、避けたかった事なのに。


「心地良さが、悔しい」

「産後は誰でもホルモンバランが崩れます、もう断乳されているのでお薬もお出し出来ます、だからご自分を虐めないで下さい」


「嫌なんです、私が、私を」

「人生色々と有りますからね、必ず1度は嫌う時も有りますよね、私は自分のカビの影響分類を嫌いました」


「ごめんなさい、こんなのがαで、Ωで」

「寧ろ、私達の分まで苦労しているのかなと私は思ってます、こんなに激しく傷付く事はありませんでしたから」


「愚かだからこそ、羨ましいと思います」

「私も羨ましいですよ、一緒ですね」


 あぁ、理解してしまった。

 彼らに引き下がって貰うには、話し合いしか無いのだ、と。


「付き添いを、お願い出来ますか」

「勿論、起きたらスッキリしてますから、先ずは少しだけ眠りましょうね」

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