第2話 バラン。

「まぁ、もう、すみません本当に我儘で」

「いえ、私にも姉妹が居ましたので」

「あぁ、お姉様の事は、ご愁傷様で」


「いえ、もう、前の事ですから」

《で、良い?》

『それは俺が聞く、行っててくれ』


《うん、任せた》

「失礼致します」


『で』


「私達は嬉しいわ、けれどね」

「お相手にかなりの負担が掛かるだろうに」

『それも承知して貰った、子供は俺とアイツで2人づつ交互に、それ以降は様子を見て。初産で無理な様ならそのまま、そこは父さんと母さんには受け入れて貰いたい』


「どちらかが手放し、どちらかの相手とするのは」

『有り得ない、時間は平等に過ぎるんだから』

「確かに孫は見たいわ、けれどね、何もお相手が」


『俺達の違いも、どう同じかも知ってくれているからこそ、選べないと言ってくれているし。仮に俺が死んでも母体も子も守られる、子供にとっても良い筈だ』


「けれどねぇ」

「戸籍はどうするんだ」

『最初に俺と婚姻し、離婚、その後にアイツと結婚させる。生存確率はアイツの方が上だから』


「はぁ」

「そこまで、なのね」

『あぁ』


 彼女は、直ぐに俺達の意図に気付いた。

 いや、気付いたからこそ直ぐに接触してきた。


 俺達こそが番だ、と。


 お互いを指名し早々に会場を切り上げ、相性も確かめた。

 俺ともアイツとも拒絶反応を示す事無く、彼女は発情した。


 だが、念の為にと行為に至る前に、親へ。


「分かった、だが念の為に婚約からだ、良いな」


「そうね」

『ありがとうございます』


 俺達とて、罪悪感が無いワケじゃない。


 ただ、望んで産まれたワケでも、望んでαになったワケでも無い。

 お互い様、仕方が無い、だからこそ最低限の義理は果たす。


 その義理を果たせる相手を見付けられた事は、幸運だと思う。




「如何にもって感じで面白いですね」

《でしょ、父親らしい父親、母親らしい母親》


 清廉潔白で平凡なβの夫婦に、僕らの様な子が産まれてしまったのは不幸だと思う。

 けれど望んで相手を好きになったワケじゃない、それに望んで産まれたワケでも、αになったワケでも無い。


 生殖率の関係で苦労したからこそ、αの僕らを幸運だと思うのは分かる。

 けれど、それだけ負担なんだって事を。


「ウチにも、ですよね」

《天才肌のαとβなんだっけ》


「数学バカと、尽くすしか知らない母なだけですよ」


《あまり好きじゃないんだ》

「αなら自分と同じだろう、と。母は理解してくれていますが、それだけ、ですから」


《あぁ、男αと女αは違うのにね》

「期待してくれていたとは思いますけど、私はピアノへ向かいましたから」


 情報漏洩の可能性が高くなる女α、時点で女βは、あまり重要な仕事には就けない。

 産み育てる事を優先させる政策は勿論、産休の事も有るし、何よりαの支配下に置かれ望まない行動をする場合も有るからこそ。


 女性は手技や職人、男は肉体労働と情報管理。


 大昔は職業の自由だ、性差別だと騒がれた事も有るらしいけれど。

 男Ωですら、産後は重い物を持つと脱腸するって聞くし、子供って暫くの間は幾らでも具合が悪くなるって聞くし。


 7才までは神の子。


 僕らも凄い弱くて、いっぺんに喘息発作が出て死に掛けた。

 だからこそ母さんは教師を辞めて、僕らが大きくなるまで家に居た、それでも腱鞘炎が。


《あ、腱鞘炎に気を付けないとなんだっけ》


「調べてくれたんですね、ありがとうございます」

《まぁ、調べ始めたのは僕じゃないんだけどね》


 同じ日に産まれたのに、先に産まれた方として兄となってるから、兄としてるけど。

 同じ顔、同じ遺伝子を持っているのに、僕とは全く違う。


 しっかりしてるし、真面目で、動き回る事が好きで。

 だからこそ、防衛官になった。


 兄が立身出世するには、どうしても番が必要だった。


「仕事、出世しそうですか」

《彼はね、けど僕は、どうかな》


 番が居る、とβには偽装が可能だからこそ、籍を入れなければ昇進は難しい。

 僕らの様な特例なら、例え離縁しても問題は無い筈だ、と。


 各所では言って貰えてるけど、結局は所属する場所の上がどう思うか。


 ウチは獣医も抱える動物関連の研究室だから、動物用の発情と雑務だけ。

 上に行くには、何処ででも相手が必要になる、しかも他のαに靡かないΩかβ。


 性格も頭も悪いαが、他人のβに手を出してΩ化させて、支配下に置き情報漏洩までさせた。


 それが偉い人の情報だったから、モラルについても情報管理の件でも、何もかもが揉めて。

 こうなった。


 そのバカには、永遠に周囲を発情させる道具になってれば良いと思う。

 番無しで永遠に、アレに苦しめられれば良い。


「何を考えているんですかね?」

《あ、アレ、情報漏洩させたバカなαが発情専用器具になってれば良いなと思って》


「確かに、そうですね」


 僕らの事を彼女は薄々気付いてる筈なのに、だからこそ、何も言わない。

 彼女は、一卵性双生児の姉を愛していた、とだけ言った。


 多分、今でも愛してるんだと思う。


《あ、どうだった?》

『合意を得られた』

「流石ですね」




 姉さん、お弁当の端に存在する緑色の仕切りの名を、ご存知でしたでしょうか。

 私は今、そのバランとなって存在しています。


《どうだった?》


「どっちだと思いますか?」

『賭けるか』

《えー、女の子》


『なら俺は男で』


「両方です」

《『えっ』》


「一卵性と二卵性双生児、男の子と女の子ですよ」


《それって》

「産んでみないと分かりませんが、女の子が3人、男の子が1人だそうです」

『そんな事が』


「自然妊娠での確率は、約7000万分の1だそうで」


《凄い、凄い凄い》

『有るんだな、実際』

「多分、帝王切開になるので、暫く向こうでお世話になるかと」


《特区への申請変更しないと》

『すまない、ありがとう』

「いえ」


 私はコレで命を落としても構わない。

 姉さんが放棄した義務の分まで、果たせるのだから。


 彼らが愛しているのは彼ら、それと子供だけ。

 私は愛されなくても良い。


 少なくとも、この血を分けた子供達は確実に愛されるのだから。

 私はもう、全ての義務を果たせるのだから。

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