第4話 佐藤 孝明。

『ありがとうございました』


「あ、良い方に巡り合えたんですね」

『はい、背中を押して貰ったお陰です』


 この数ヶ月、私達は上手く時間が合わず、会うのは久し振り。

 でも別々に同じ映画を見たり、本を紹介しあったり、偶に少し恥ずかしい話もしたり。


 彼女はとても優しくて、趣味も合う。

 別々だったけれど、お互いに店を紹介し合って、食事の趣味も合うと分かった。


 きっと、彼女なら素敵な相手に直ぐにも。


 だからこそ、もう、会えないのかも知れない。

 友人にと言ってくれていたけど、私はΩ。


 相手の居ないΩと、αを、それこそβを会わせようとする者は殆ど居ない。


 私も、本当に相手を探さないと。

 でも、彼女と話すのが楽しくて。


「私も、頑張って相手を探しますね」


『私じゃ、ダメですか』


「あの、えっ?」

『同性ですし、このまま友人として続ける事も考えたんですけど。誰かと番うかを考えると、出来れば、アナタが良いなと』


「でも、異性愛者で」

『なので、はい、私も戸惑っていますし。アナタも、そうなら、このまま友人として』


「あ、いえ、でも、こう、その。そう、同性とは、あ、でも」

『私も、なので。試しに、試して、みませんか』


 正直、とても魅力的なお誘いで。

 でも。


「その、もし」

『その時は、友人に戻れる様に、カウンセリングや何かを使うか。何か、出来るだけ、してみませんか』


 ずっと考えて、ずっと悩んでくれていたんですね。

 ずっと、私を。


「はい」




 男が、どうして女を求めるのが分かった。

 堪らない、堪らなく愛おしく感じるし、何より。


『私は、凄い、良かったんですけど』


「はぃ」


『本当に?物足りないとか、こう』

「ぃぇ、はぃ、大丈夫でした」


『じゃあ、要望とかは』


「浮気を、しないで下さぃ」

『はい、勿論。他は?』


「それは、私も、何か要望は有りませんか?」


『じゃあ、もう1回』


 抱いてしまうと、こんなにも好きで好きで堪らなくなるなんて。


 だからこそ彼は絶望し、死を選んでしまったのだろう。

 私を愛していたからこそ。


 なら、私は生きるべき。

 彼の弱さを受け入れ、女αの私を受け入れ、彼女を愛する事を受け入れる。




《コチラが今回の報告です》


「すまんが、読み上げてくれないかね」

『ごめんなさい、今日は眩暈が酷いみたいなの』


《知り合いのαを使いαと偽装して結婚したβ男が、妻の弟にβと知られ、同弟によりβ殺害計画が練られましたが。我々により偽装β男を抹消、某αのクローン体を遺体に埋め込み、番解除に成功》


『その後は』

《同女性αとΩが番、先日出産に至りました》


「クズαも、少しは役に立つものだな」

『そうね、廃棄物も手を加えれば有用となる。ありがとう、ご苦労様』

《いえ、コレもご判断頂いてこそ。我々はあくまでも行使者、考え決断して頂けたからこそです》


「全ては、幸福と繁栄の為に」

《はい、全ては幸福と繁栄の為に》


『ありがとう』

《では、失礼致します》


 愚か者を全て排除しては、悪しき見本が失われてしまう。

 だが悪しき見本は縦横無尽に、理不尽にも善意を奪い、機会を奪う。


 まだだ、まだまだ。


 人類の到達すべき地点には、まだまだ程遠い。


「すまない」

『いえ、全ての者へ幸福を齎すには、一朝一夕では叶いませんから』


「だが、早く歩みを進めてしまいたくなる」

『Σが僅かに増え始めたばかり、着実に、堅実に参りましょう。でなければまた、あのパンデミックの様に、人類は衰退してしまいます』


 αやβと分化し始めた頃、人類は個々で隔離措置を行った。

 けれども外出しなければ生きられない、けれども出てしまえば、襲われるか襲うか。


 Σの存在は勿論、抑制剤など無かった時代。

 混沌と猜疑心から人々は関わりを避け、それが更に繁殖率を低下させ、教育は滞り。


 もう少し、カビの分散が遅れていれば。


 いや、人類の衰退は既に始まっていた、油断すれば滅びは間近に迫る勢いだった。

 けれど、今は時間が有る。


 僅かだが、まだ。


「焦りは禁物、だな」

『はい』


 同じ轍を踏むワケにはいかない、少しでも均衡が崩れてしまえば、果ては国が滅ぶのだから。




《コチラが今回の報告です》


『この地区の組織は、動きが良いな』

「ですが、そろそろ後任を決めて頂かなければ」

《そうね、経験と知識は重要だけれど、ね》


『促せるだろうか』

《はい》

《ありがとう》

「いつもすみません、ありがとうございます」


《いえ、コレは私の役目ですから》


 彼女は各地、各地区の情報を伝達するハブ。

 顔を変え声を変え同一存在となり、【報告係】と名乗り、パブリックドメインとして存在している。


 彼女らは我々、若しくは組織、と言うが。

 その全貌を国は暴けてはいない。


 監視カメラの盲点を突き誘拐、時にクローンすら。


 いや、我々政治家こそが傀儡なのかも知れない。

 表は我々が、裏は彼女達が、と思っていたが。


 政府に探知されずクローンなど、本来であれば有り得ない、有り得てはいけない。


 だが、彼女達は実際に動き、成果を出している。

 悪しき見本の流布、Σの繁殖率の上昇における論文に、性根の腐ったαやβの排除。


 些末な事だが、成果は着実に出ている。

 それを裏だけで。


 いや、止めておこう。

 国のトップが全てを知れるなどとは、あまりにも幻想が過ぎる。


 例えαとて、たった1人が全てを知り、全てを治めるなど。

 到底不可能なのだから。


 そう、神でもない限りは。


『ご助力感謝致します』

《いえ、では》


 もし、神が居ない世、組織も無い世は。

 いや、考えたくも無い、有り得ない。


 例え有り得たとしても、どうせ滅びるだけだろう。

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