第3話 鈴木 大河。

「公的風俗、ですか」

『はい、何処までご存知ですか?』


「私も、紹介された事が有るので。利用した事はありませんが、相談に利用させて頂こうかとは思った事も有るんですけど、どうにも他に提供されるサービスについて。こう、難しいでよすね」


『私としては、利用出来るモノは利用すべきかと。例え耐えようが何をしようが、分からない者には分からない、この辛さを他人がどうにか出来るワケでは無いんですから』


「お辛い、ですよね」

『あ、いえ、私も利用を勧められてはいるんですが。そう頭では分かっていても、万が一の事も気になるので、難しくて』


 私は、嘘をついてしまった。

 相談だけなら、今でも通っている。


 何故、どうして彼が亡くなったのか。

 私の何が悪かったのかを知る為、彼が亡くなってから直ぐに利用している。


 けれど、性的サービスも提供しているからこそ。

 私は言えなかった。


「相談も、ですか」


『コレ、なので』


 彼女が呈示した証明書には、αの文字。

 てっきり、同じΩなのかと。


「すみません、つい勘違いを」

『いえ』


 私達が居る場所は、発情を抑える作用を持つΣが居る地区。

 様々な分類の者が居る地区で待ち合わせ、テラス席で話し合っている。


「心配して下さったんですね」

『念の為に、はい』


 緊急時にはΣが出動してくれる地区。

 αには近寄るだけで効果を発揮し、Ωには触れるだけで発情を抑えられるΣ。


 けれど、生殖器の存在する女αには効くのだろうか。


 番が存在しαのままで居る女αは、少ない。

 殆どが男と番、その殆どがΩとなるから。


 けれど、相手が居た筈の彼女は、α女性。


「その、色々と違うなら、だからこそ大変かと」


『私が相談で通っていても、構いませんか?』

「勿論。それに、ご利用なさる気持ちも、少しは分かりますので」


 Ωとαの発情は違う。

 しかも、男女でも差が。


『もし、私に相手が出来てしまっても、友達で居てくれますか』

「はい、勿論」


 出来るなら、Ωの苦しみを知らないままで居て欲しい。

 私も未だに恥ずかしくて堪らないのに、せめて彼女は苦しまないで欲しい。


 離縁したのなら、尚の事。




「では先ず、ご相談から、と言う事で」

『はい、宜しくお願いします』


 私は医師でも無く、利害関係の無い誰かに背を押して貰いたかったのだと思う。

 事情を知り慮ってくれる相手を、探していたのだと思う。


 それがまるで操を立てるかの様に、誰にも何も言わずに悶々としていた。


 もう、彼は居ないのに。

 私に枷を負わせた彼は、もう何もしてくれないのに。


「では、改めてご事情をお伺いしても」


『男αの番に死なれました、いきなり。彼と私の』

「詳しく言って下さって大丈夫ですよ、ほら」


 名札には、番の居るαだと。

 そうだ、詳しく話にきたんだ。


 彼女と楽しい会話をする為にも。


『彼がΩ化し、その検査結果が出た直後、死にました』

「辛かったですね」


 そう、とても辛かった。

 例え私のせいだとしても。


 けれど、だからこそ、ご両親に泣かれるか怒りをぶつけて欲しかった。


 私を居ないモノとしないで欲しかった。

 許すか泣かれるか、感情をぶつけて欲しかった。


 彼と私は家族、家族として接してほしかった。




《どうですか、息子さんの元お嫁さんとは》


「どう、すれば良いのか、どう言えば良かったのか、まだ分からないんです」


《では、今は、どうしたいかは有りますか》


「分からないんです、息子の事を話し合いたいとも思いますし、もう忘れて貰いたいとも思っています。彼女はまだ若い、次へ進んで貰うべきだとは、そう思うべきだとは思うんですが」


《許せませんか》


「はい。理不尽だとも理解はしています、そう育てた私達の責任だとも。ですが、もし、彼女に出会わなければ」

《そこですね、では他のα女性なら、絶対に彼がΩ化しなかったのだと本当に思えますか?もし、β女性だったら、彼は求婚していましたか》


 私達は、とても子を望んでいた。

 愛する者の子が欲しい、だからこそ離縁や予備の事も良く考え、話し合った。


 だからこそ、息子がαの認定を受けた時、本当に嬉しかった。


 私達の様に苦労しなくて済む。

 私達とは違い、多くの子供に囲まれるのだ、と。


 それが、息子への負担になっていた。


 ただ私達は好いた相手が出来た事だけを、素直に喜べば良かった。

 βの子女と付き合ったと聞いた時、僅かでも落胆を滲ませるべきでは無かった。


「私は、相手がα女性なのだと知り、喜んでいました」

《そしてβ女性と付き合った時よりも、喜んだ》


「はい、今となっては、はい」


《多いんです、男αなのだから男αとは距離を置け、出来るなら生殖率の高くなる女αが理想的だ。α同士の分断を生むのは、時に周囲なんです。もし、本当に後悔なさっているのなら、そうした方を見掛けた際に。少し、声を掛けるだけで構いません、生きてこその命なのですから》


「はい」


 私達は無意識に、無自覚にも期待してしまっていた。

 αなら、男のαだからこそ、女のαを相手にすべきだと。


 βはβと番えば良い、お前は、男でαなのだからと。


 殺してしまったのは彼女では無い、私達夫婦だ。




《アナタのご両親は、本当に可哀想ですね》


 俺はΩになってしまったαだ、男なのに、あのクソ女に転嫁させられた。


「会ったのか」

《はい、とても後悔されていましたけれど。本当に、あの様に優しい夫婦の間に、こんな男が産まれてしまった事が可哀想でなりません》


「アンタ、俺の何を」

《β女性に手を出しては、Ω化しないと捨てる、そうした事を繰り返していた悪しきα。そして仕方無くα女性に手を出し、漸く番の良さを理解した、けれどもΩ化。その屈辱から彼女の殺害を計画、けれども我々組織により誘拐され、死を偽装され監禁されている》


 顔を変えられ、少し声も変えられて。

 俺は、男達に。


「アンタが首謀者か」

《いいえ。どうですか、楽しいですか、Ωの発情》


「楽しいワケが」

《そうですか?この動画だと、凄い悦んでますし、凄い求めてらっしゃいますけど》


「それは、それはΩだからで、俺が」

《こう気の強い男のΩって、大人気なんですよね、良い収益を叩き出してますよ》


「収益?」

《成人映像、アナタも見てらしたでしょ》


「そんな」

《まぁ、事実かどうか、アナタに確認する術が無いんですから。信じない方が良いかも知れませんね、いつか、誰かが救ってくれると思った方が希望が持てるんですし》


「こんな場所で、どうやって」

《まぁ、もしかすれば抜け漏れ、穴が有るかも知れませんし。頑張って考えてみて下さい、では》


「悪かった、助けてくれ」

《凄いですね、全く反省の色が見えない謝罪。発情中のアナタの方が、まだマシ、しっかり反省するまで抱かれ続けた方が良いのかも知れませんね》


「嫌だ!俺は異性愛者だ!α」

《だったΩ、男αに発情を促され、ついでに反省も促されて下さい》


「嫌だ!助けてくれ音々!」


 本当に嫌なんだ。

 全く良いとすらも思えない相手に、男に抱かれるのは。


 なのに体が反応する。

 それが嫌で嫌で堪らない、助けてくれ音々、謝るから。


 変わるから、助けてくれ、誰か。

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