第2話 鈴木 音々。

 少し、羨ましいのかも知れない。


 彼女はどちらかと言えば綺麗で、美人な部類だった。

 私には無い要素、私には無い凛とした美しさ。


《どうだった、姉さん》


「友達なら」

《相手を作りに行ったんでしょうに》


「大丈夫、まだ日は有るもの」


 男Ωの発情の周期は、3ヶ月前後。

 徐々に子宮相当の内膜が厚くなり、排卵、受精し着床しなければ徐々に内膜が剥離する。


 けれど女Ωの発情周期は、毎月。

 妊娠か閉経まで継続し、新たな番が見付かるまで、発情の度合いは増す。


 孕む為の存在、それがΩ。


《僕の相手はβだし、最悪は》

「最悪は、全摘よね」


 番を亡くした、又は番を解除された者は、時に生殖器を含む関連する臓器を全て摘出する。


 Ωと言う役割から解き放たれる為。

 あの辛い発情期から逃れる為。


《子が全てでは無いけれど、僕は姉さんの子が見たい》

「私もアナタの子が見たいから、ちゃんと仲良くしなさいね」


《勿論》




 女αの変化は、相手の変化から始まる。

 Ω化した相手が発するフェロモンにより、先ずは排卵が停止、生殖器が男性化し始める。


 私の体は番を失ったにも関わらず、男性化した生殖器を維持し続けてている。


 コレは稀な反応、けれども無いとは言い切れない現象。

 生物には必ず恒常性が備わっている。


 私の体は再び女性化する事に耐えられないのか、若しくは馴染みが良いのか、この状態を維持し続けている。


 そして私は、両方の肉欲に苛まれている。

 孕みたい、孕ませたい。


 卵子は勿論、国への子種の提出は義務。


 もし義務を怠る、又は疎かにした場合は保険割合が高くなる。

 予防接種、歯科検診に健康診断はタダだが、不妊治療は勿論命に関わらない診察には膨大な医療費が掛かる。


 国を、人類と文明を維持する為には、体内で生産されてしまう子種の提出は義務。


 α女の子種の寿命は非常に短い。

 本来であれば体外に出ている精嚢が、体内に存在し続けているからだ。


 子種は蛋白質の塊、一定温度を超えれば凝固する。

 だからこそ、一定量が精嚢に溜まれば、α女は時を選ばず発情する。


 出さなければ直ぐにも機能が低下し、いずれ体内で再吸収されると言われている。

 けれど、出さないと言う選択肢は無い、例え眠っていても勝手に出てしまうのだから。


 生き物の殆どは規則的だ。


 呼吸数、脈拍は一定を保つ、保とうとする。

 例えどんな環境でも、精嚢は子種を作り続ける。


『お願いします』


《はい、確認致しますので暫くお待ち下さい》


 もし、番が居れば。

 番の体調に合わせαの発情期が同調、その殆どが3ヶ月周期となるらしい。


 幸いにも私の周期は、1週間。

 男αの中には、精嚢の生産期間通り、4日おきに発情期を迎える者も居るらしい。


 それよりはマシだ。


 けれども、どれだけ発情するかは個々人次第。


『はい、確かに』

《確認致しました、お疲れ様でした》

「いえ、では」


 私の子種は主に研究用らしい。

 らしい、と言うのは全てを知れる立場では無いからだ。


 全ての者が全てを知れてしまったら、秩序と均衡は崩れるだろう。


 情報は大事だ。

 要職に番無しのΩは就けない、もし就くのなら、予備の番相手と養子縁組をしていなければならない。


 しかも、既に相手との相性も確認済でなければならない。


 Ωは、αの支配下から逃れる事が困難だからこそ、重要な情報には触れられない。

 以前には病院職員が患者の情報を漏らし、騒動になったからだ。


 そのΩは、犯罪教唆で捕まったαとの番解除中に、自死した。


 Σに世話をされ安定していたΩは、罪悪感から死を選んだ。

 α女が襲われ、Ω化した事件が多発しているとの騒動を見た直後、箸を凶器としての自死。


 殆どのΩは穏やかだ。

 ホルモンの影響なのかカビの影響なのかは分からないが、穏やかで優しいのがΩ。


 確かに彼も優しかった、穏やかだった。


 けれども、だからこそ、彼がΩ化するとは思ってもいなかった。

 例え望んでいなかったとしても、私はご両親に謝罪した、私のせいだと。


 一人息子を失ったご両親は抜け殻の様になりながら、ただ、仕方無いとだけ呟いた。


 私は、子種を提供する度、彼の墓参りをしている。

 特定の日を避け、毎週、その季節の花を届ける。


 それから寄付会場に赴き、1つの場所に寄付をし、ケーキを買い家に戻る。


 こうしても、私の罪悪感は消えない。

 私がΩ化させ、彼を死に追い遣ったのだから。


 だから、私は。




《鈴木さん、調子はどうですか》


【罪悪感に、押し潰されてしまいたいです】


 私の患者は、定期的にこうなってしまう。

 過食嘔吐を行いそうになる前に、連絡をと、そうした手順を律儀に守るα。


 治そう、治ろうとする良き患者。


 αは決して拒食症にはならない、なれない。

 ホルモンバランスが常に生きる事へと舵を切り続け、食欲が減退する事は決して無い。


 では、どうストレスを発露させるのか。


 本来であれば性欲、睡眠、食事や趣味に時間と手間を費やす事で軽減される筈が。

 短期睡眠の性質を持つαは、睡眠時間が短い為、時間薬の効果は薄い。


 そして番を失ったαだからこそ、性欲で発散する事は難しい。


《そろそろ、公的風俗のご利用をなされては如何ですか》


 国が担保する公営の風俗には、各種のカビの影響分類者が存在している。

 αもΩもβも、Σ以外がサービス提供者として存在している。


 そこでは恋愛指南は勿論、性行為へのアドバイスから指南まで、様々に受ける事が出来る。


 但し、利用可能なのは限られた者だけ。

 番との問題を専門機関で認められた者、こうして意図せず番を失ったαかΩだけ。


【もし、仮に好意を持ってしまっては、嫌なので】


 α男すらΩ化させた、女α。

 確かに関わる事を忌避するのは分かりますが、αはαとは滅多に関わらない、つまりはα同士の繋がりがほぼ無い為に相談相手が居ない。


《では相談出来る相手は》


【友人も作れるとの触れ込みの、お見合いに行きました。その相手に、いつ、言うべきでしょうか】


《お相手は》


【女性Ωです】


 Ωが情報の秘匿性が低いとされている、そして罪に問われても軽い処分で終わってしまう事も。

 確かに、躊躇うのは分かります、カビの影響分類の強制カミングアウト事件で死者も出ましたしね。


《では、改めて。いえ、そうですね、先ずは公的風俗についてお話し合いをしてみては》


【あぁ、はい】


《ですので、改めて、詳しくお知りになるべきかと》


【はい、ありがとうございました】


《いえ、では》

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