第10話 小泉 一樹。

『護、帰って来たんだ』

「うん、お焼香しに来たんだけど、嫌なら帰るね」

《もう護ったら、ごめんなさいね翼ちゃん、少しだけど差し入れよ》


『ありがとうございます』


 やっと護に会えたのに。


《急にごめんね、直ぐに帰るから》

『お邪魔するね、翼ちゃん』


 真琴さんはまだしも、あの佐々木が居るなんて。


『どうぞ』

「お邪魔します」


 起きて直ぐ、私は単に眠らされただけだと気付いた。

 そして佐々木は、佐々木も下の階のソファーで眠っていて。


 だから脅す為に、半裸になって写真を撮ったら、それを逆に脅しの道具にされた。


 《既にかなり嫌われている君と、好かれてる俺、どっちの言う事を護ちゃんは信じるかな》


 そうして無理矢理写真を送信させられ、私は完全に彼の言いなりになるしか無かった。


 ただ、実害は無かった。

 偶に放課後に来ては、私に下の部屋で窓を全開にさせながら料理させ、時に近所へと一緒に配りに行く。


 そしてコイツは私の部屋で何をしてるのかと言うと、ネット。

 しかも、履歴を適当に消すだけで帰る。


 何かのブラフかもと思ったけれど、彼は本気でΩ化しようとしている。

 そして私も、Ω化した。


 もう、コレ以外に本当に手段が無かったから。


 流石に死に掛けαは居なかったけど、女が相手ならと、Ω化させてくれる男は多かった。

 だから、もう。


『ごめんね護、今まで本当に嫌な態度で嫌な事を言ってごめんなさい。でも大丈夫、もう落ち着いたから、本当に今までごめんなさい』


「あぁ、うん」

『あのね、私』

『俺と翼ちゃん、少し交流してたんだ。友達になれるかなと思ったんだけど、無理させてたならごめんね』


『え、あ、いえ』

《実はね翼ちゃん、護が結婚する事になったのよ、彼と》


『は?』

《確かに翼ちゃんもビックリよね、けど、真琴さんも賛成しての事なのよ》

《そうなんだ、応援したかったんだけど。もう、しちゃったしね》

「うん」

『君の分まで大切にするよ』


『えっ、でも、彼』

『うん、けど君、何か変わった?少し匂いが違う気が』


『そうなの!私』

「そうなんだ、おめでとう」


『違うの、私、護の為に』

「例え君がΩになろうと僕は無理だよ、好きじゃないし、寧ろ嫌いだから」


『だから、それは』

「カビの影響が強かったんだと思う、抗うのって大変だって言うのも見てきたけど。だからって僕が君を許さないとダメってワケじゃない筈だよね、嫌う権利は平等に与えられてる筈、カビの影響分類のせいで嫌いなんじゃなくて君そのものが大嫌いなんだ」


『だからそれは』

「要君と翼ちゃんは多分同じ分類の筈、でも要君は僕が嫌がる事はしないし、言わない。優しいし僕を好きだって、Ωになっても良いって言ってくれてる、だから結婚する」


『待ってよ、変わったし、もっと変えるから』

「僕は全く望んで無い、望みは1つ、もう僕とは関わらないで欲しい」


『何で』

「何でか分からない?単なる幼馴染に邪険にされて、酷い言葉を吐き捨てられて、そんなの誰が。許せる人は許せば良いけど、僕は絶対に嫌だ」


『何で』


「君がされて嫌じゃなくても僕が嫌な事を君がしたから」


『護、前は優しかったのに』

「嫌な事を言われなかったし邪険にもされなかったからね」


『だから、それは』

「その言い訳、佐々木君が居る時点で成立して無いんだけど」


『彼は因子が』

「君の因子が多いか少ないか分からないけど、君程に僕に辛く当たった人は居ないよ」


『だから、それは因子の』

「そうやって因子のせいにする所も嫌いなんだけど、そんなの何処でも通用したら、秩序って無くならない?」


『ごめんなさい、でも』

『良いかな、護ちゃん』

「うん」


『こうやって護ちゃんが本能的に嫌がってるのに、君は本能に抗わずに受け入れろって言ってる。本能だったら仕方が無いって言うなら、護ちゃんの本能も受け入れるべきなんじゃない?』


『それは、だから誤解で』

『もし、仮に君が母親になるとする。でも君、疲れてるから、忙しいからって言い訳と文句を同時に言いながら子育てしそうなんだよね』

「うん、そうそう、確かに」


『こうやって本能には理屈が伴う場合も有る、抗うのが難しいのも分かるし、君は確かに護ちゃんを好きだったとは思う。けど、だからこそ、自分の本能を捻じ伏せても護ちゃんに優しくすべきだった。それでも受け入れられてたかどうかは分からないけど、少なくとも、ココまで嫌われる事は無かったんじゃないかな』


『護』

「うん、多分ね、でも今はもう無理だよ。散々言葉で殴って来た相手を許す程、僕は優しくないし、優しいと思われなくても構わない。害さえ無ければ良いだけ、こうやって対話してるのも皆が言うから、未だに僕は君に好かれてたなんて思ってもいない」


『本当に、好きだったのに』

「本能のせいにして好きな相手に酷い事が言える人は無理、直ぐ後に謝って貰ってたらマシだったかも知れないけど、無かったし無理。それとも、君は好きでも無い相手に好きだったけど暴言吐きましたって言われて嬉しいの?」


『違う、けど』


『ならもう1つ。仮に君と護ちゃんが結婚したとしよう、仕事で忙しいから、君と子供の為だからって全く家に帰って来なくても本当に何も思わないでいられる?浮気を疑わない?嫌味を一切言わずに護ちゃんが帰って来たくなる様な家に、家庭に本当に出来ると思ってるの?』


「僕、無理だと思う、カビの影響分類が変わっても本質は変わらないと思ってるから」

『そうだね、逆にコロコロ変わる人も嫌だしね』


「うん」

『散々、嫌な態度や言動をしておいて、妊娠してガルガル期に入っても変わらないだなんて。流石に見込みが甘過ぎると思う』


「僕、前もそうだけど今も忙しいんだ、コレ以上堂々巡りするなら手紙にして欲しいんだけど。読むとは限らないし、返事もするつもりは無い、もう納得も諦めたし帰りたい」


『違うの、ごめんなさい』

「もう赤の他人で良いよね?」


 私、ずっと優しい護のままだと思ってた。

 それが勘違いだったって事も、もっと、私が。


『帰ろうか護ちゃん、お昼まだだし』

「うん」

『あ、ごめんなさい』

《良いのよ、私達も、ごめんなさいね》

《でも早く言う方が良いと思って、ごめんね》


「さようなら翼ちゃん」


『私、Ωになったの!』


「そう」


 本当に、ダメなんだ。

 もう、何をしても。




《すみません、佐々木さん、お世話になりまして》

《いえいえ、旦那のお陰で慣れてますから》

『はぁ、自殺未遂だなんて、そんなに護が好きだったんだ』

《私も、最初は護ちゃんが結婚するって聞いた時は死にたかったけど。コレはちょっと、自業自得だと思うから、ね》


 護ちゃんが翼ちゃんから受けていた言動は、αの本能的な忌避行動だったとしても、私としては許せないものばかりだった。

 αでは無いβだからこそかも知れないけれど、それこそ結婚相手の佐々木君は理性的、と言うか好意がカビを捻じ伏せた感じだし。


 結局は、本能のままに傷付けて、αだから許せって。

 それは本当、自分勝手が過ぎる。


《護、今度からはちゃんと言いなさい》

『そうだよ、それこそ真琴ちゃんに言うとか有ったでしょうに』


「何か、どうでも良くて」


『はぁ』

「でも、いざ目の前にすると何か、凄い許せなくなっちゃって。特区で幸せだったから、多分、余計にそうなんだと思う。凄い大嫌いだって自覚したの、向こうでだったから」


《ごめんね護》

「ううん、もう大丈夫だし、佐々木君も居るし。お母さん、今晩はスープ作ってあげるよ、簡単だけど美味しいんだよ」

『それ、私も教えたんだけどねぇ』


「アレは缶詰を牛乳で割るだけじゃん、ちゃんとミキサーと調味料を使うし」

『お、言ったな、絶対に手伝わないからね?』


「1人で出来るもん」

《そう、じゃあお母さん期待するからね》


「うん」


『暖かいね護ちゃん、お昼寝しようか』

「うん」

『私も、やっぱり食べると眠くなるよね』

《はいはい、真琴ちゃんも居るからアナタ達は寝なさい》

《そうそう、任せて》


『ん、ありがとう真琴ちゃん』


 お目出度い日に。


 いや、それもだけど、どうしよう。

 この3ヶ月で考えられた方法としては、先ずはちゃんと護ちゃんに告白しようと思ってて、次に会えたらと。


 それがもう、こう、ヤっちゃってて結婚するって。


 で、私をΩ化するから、妊娠しても良いって。

 でもなぁ、佐々木君とヤるのはちょっと、つか無理だし。


《さ、私は少し仕事をしようかと思っているんですけど》

《真琴ちゃん、何か聞きたい事は有るかな?》


《はい》

《なら私は部屋に行くから、後はお願いね》


《はい》


《さ、どうぞ遠慮しないで》


《あの、紅葉さん。どうΩ化するのか、改めてお伺いしても》


《あ、そうだよね、そこからか。先ずは一緒に居て定期的に体液接種、一応は首の後ろも噛んで、そこから先は様子見次第で考えたら良いんじゃないかな?》

《あ、しなくても良いんですか》


《その代わり、ウチに住むのが条件かな》


《へ?》

《要の因子だけで成れるかどうか分からないし、ならウチαが多いから、Ω化し易いかなと思って》


《あの、実体験なのか、資料が有るのか》

《資料は無いよ、だから賭けになる》


《無いんですか、資料》

《知れば、存在すれば利用されるからね》


《あぁ、まぁ、確かにそうですが。明らかに、ご迷惑をお掛けする以外に考えられないのですが》


 上から順に長女さんがβ、長男がα男、研究員βの次男。

 次女αで、三女β、次男αの要君。


 確かにαの割合が多い。

 本来なら7:3:1の割合、Σを除外するにしても、β7:α3になる筈が半々。


 一体、どんな要因が。


《多分だけど、旦那がβすらΩ化出来るαなんだよね》


《あの》

《結構、初期の段階でΩ化してて、初期Ω個体だと思われてたんだけど。どう考えても、βだったんだよねぇ》


《なら、追跡調査は》

《2人目辺りで一応は終了したけど、結局は健康診断が有るからね、年に1回は血を取られてるけど。相変わらずΩのまま、けど、流石にもう産み育てんのは疲れた》


《お疲れ様です》

《いえいえ。正直、君を巻き込む事は微妙だと思う、要の変化はある程度は原理の予測が付くけれど。君は更に副次的な部分で作用する可能性が有る、だけ》


《長年αからの影響が有ってこそ、Ω化が固定された》

《けれど要がΩとなれば影響は一時的、一時的に繁殖率が上がったとしても、第1子は望めても第2子は難しいだろう》


《しかも、戸籍の問題も出ますからね》

《君達はしかも従姉弟だ、寧ろ他の選択肢を選んだ方が。けれど、君はずっと考えていたんだよね、どうするつもりだったのかな》


《正直、まさか護ちゃんに相手が出来るとは思わなかったんです、翼ちゃんはαだろうから大丈夫だと思っていたので。けど、あんなに酷い事を言ってたとは》

《仕方無いよ、本当にどうでも良くて、きっと動物を触ってる間に忘れていたんだろうしね》


《なら良いんですが》

《それで?》


《戻って来た時に、告白しようかと》

《そこは本当、すみません》


《いえ、そこはお互いにまさかだと思うので。なので、まだ、私はβだから機会も有りますし。もし、護ちゃん幸せを邪魔するとなれば身を引くつもりだったんですが》

《Ω女性との性行為はかなり良いらしいからね》


《ぶっちゃけ味あわせたいですし、Σだからこそ、予備になりたいとも考えてはいます》


《もしかすれば護ちゃん抜きで生活する事になるかも知れないよ》


《あぁ、私と要君が、成程》

《それが無理なら無理だと思うよ》


《冷静じゃ無いからこそ言いますが、試してみたいです》


《よし、先ずはお試しでウチに来てみて》

《はい、宜しくお願い致します》

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