第9話 小泉 和花。
どうして護のお姉さんが心配するのか、良く分かった。
「お姉ちゃん、そんな事が有ったんだ」
『どうせアンタに言っても分からないだろうし、βを嫌っても嫌だと思って』
『居るんですね、今でも予備を持ちたがるβ』
『本人が嫌がってたから良かったんだけど、向こうの親戚に1人居て、もう今度は向こうが揉めちゃって』
「あー」
大昔、結婚制度がかなり揺らいでいた時期が有るのは知ってた。
子供が出来難いからこそ、女性も男性も複数の相手と行為をし、其々の家で決めた通りに子供が分配された。
そして籍を入れるより、子の認知。
条件次第では夫婦になれる、そして逆に敢えて夫婦にならない者も居た。
増やすだけなら、それで良かった。
けれどもそうした子供が親世代となると、家族の形が不安定となり、少しばかり常識から逸脱する考えを持つ子供が増えた。
子を成せるかどうかで、人の価値を決めてしまう世代。
幾ら親世代が綺麗事を言っても、所詮は子を成せるか成せないかで扱いを決めている、子も同様に考えて当然。
αより生殖率の劣るβなら、複数を相手にすべきだ、と。
果てはαを使いΩ化させたり、Ω化させられたβがαやβに復讐したり。
だからこそ、婚姻制度が大幅に改定された。
籍を入れた相手の子供のみ、遺伝子上の繋がりが有る場合のみ実子とする、と。
遡っての適応はされなかったものの、婚外子への財産分与割合が決められ、養子縁組も更に厳しいものとなった。
蓄財に大幅な差異が有る場合、既に子孫を3人残せる親族が居る場合などは、養子縁組が認められない。
姻族関係になりたくば婚姻こそが最適だと、法は定めた。
そして本当に賢いα達は同意した。
一極集中は多様性を阻害し、果ては滅びの道へと進んでしまうから。
それでも利益を得ていたβ、αのクセにバカな者は反発した。
けれど、見事に論破され、法案成立に反対する者こそ非国民と扱われるまでに至ったとされている。
『で、要君は正直どう思うの』
『産むだけで済むなら良いですけど、育てるワケですよね、しかも出来るなら自分で育てたいのはどの生き物も同じで』
「カッコウは違うよ?」
『はいはい』
『より良く育てないと世界は混乱する、なら自分にとって良い相手と一緒に子育てすべきだ、とは思います。でも僕は護ちゃんの子供を見たいので、完全に反対とは言えません』
『相手が相手だからね』
「僕、そんなに欲しいとは思って無かったんだよね、どうせ出来無いだろうし。そもそも相手が居ないだろうって思ってたから」
『まぁ、浮いた話が全く無かったものね』
「毎回、発情期の度にしたとしても、2年は出来無い事も。ごめん、僕のせいで揉めた?」
『そこはアンタの結果が出る前だったし、アレ都市伝説よ、だって出来たんだもの』
「良かった、ごめんね」
『それよりアンタよ』
「要君、どうして欲しい?」
『3年頑張っても無理なら、他の人とって思ってる。でも、もし他に欲しいって人が居たら』
『そこ、真琴ちゃんはどうすんの?』
「どうすんのって?」
『はぁ』
「ん?アレ冗談とか社交辞令じゃないの?」
『まだ言って無いの?』
「そこは、コレが落ち着いてからと思って」
『お母さんに言ってきな』
「あ、うん」
『ごめんね、君が悪いαとは』
『いえ、大事だから心配してるんですよね、分かります。でも本当に無理はしてないんですよ、不快感も無くて、だからαだって事も恨みました。言っても信じて貰えないかも知れないし、子は成せないだろうしって』
『産んで本当に思ったけど、寿命縮むよ?』
『変化しなければどれだけ生きれるか分りませんけど、60年、毎日寂しくて悲しいまま生きるよりは良いかと』
『でも、より強いαとか、護が先に死んじゃったら』
『子が居れば、ですけど居なかったら、一緒に死にたいですね』
『βだからか、そこまでって感じなんだけど』
『俺もその程度なら、ココまでならなかったと思います。それにαに会わなければ良いだけかと』
『本当に出ない気?』
『護ちゃんとなら、生きられるなら砂漠地帯でも全然平気ですね』
『だからαなのか、αだからなのか』
『発端はカビの影響かも知れませんけど、カビが居なくなっても、護ちゃんの世話が有りますから』
『私も、出来るまで凄く不安でね、予備の事も考えたけど。本当に良いんだね』
『はい、護ちゃんの家族は居るべきですから』
『真琴さん、女だよ?心配にならない?』
『心配ですよ、凄く、分からない様にしてくれないと暴れる自信しか無いので。そこはもう、家族に何とかして貰うつもりです、俺を産んだのは親ですから』
『はぁ、あらゆる想定をしないといけないんだよね』
『真琴ちゃんもお姉さんも、良い人なんですから、大丈夫ですよ。もしαだったらウチの親も相談に乗れますし』
『けど、もしΣだったら』
『護の向こうの友達、同じΣが好きみたいですよ』
『そっか、向こうを知れないから』
『俺は行けない地区ですけど、βなら行けるんじゃないですかね?』
『居心地が良くて帰って来ないΩも居るらしいからって、夫も一緒に行くって休みの調整中でさ』
『愛されてるんですね』
『まぁ、それなりにね』
多分、素地から、カビの影響分類が変化するんだと思う。
淡泊だからこそΣ、平均点な感情の揺らぎだからβ、そして情動が激しく動くからα。
耐性が有るからこそαになっただけ、優劣でも何でも無い、宿主としてお前はαやΩの適任者だと勝手にカビに決められただけ。
多分、そう。
でなければβがΩに、αがΩに変化しない筈。
そしてΣが絶対に転嫁しない理由も、カビを刺激するホルモンが元から少ないから。
まぁ、単なる予測だけど。
多分、そうだろう。
「急いで来るってー」
何で、どうして。
『まだ結果は出て無いんですけど、Ωに転嫁予定です』
《Σ用の、Ωに、αが》
『はい』
《護ちゃん、どう、だったの》
「腸液だったのか何なのか分かんないんですけど、良く出てましたね」
クソ。
赤くなるなαが。
いや、Ω(仮)が。
《護ちゃん、私、本当に言ってたんだけど》
「ごめんなさい、優しいから言ってくれてるだけなのかなと、思って」
《で、頭からすっぽ抜けてたんだね》
「うん、はい」
嬉しそうにするなΩ(仮)が。
《で、護ちゃんは彼の事が》
「要君程には好きってワケじゃないんですけど、ヤれました」
『5回、だから十分だと思ってます』
《それは初めてだからで》
「そうだよ、それこそ1回は」
『まだαなんで、真琴さんもΩに挑戦してみますか?』
《なん、だと》
まさかこのガキ、私に譲るとでも言うのか。
いや、だが。
『Σと番えるかは分りませんけど、妊娠率は上がる筈ですよ』
「しかも僕が居れば妊娠継続率も上がるし、でも、番の居ないΩ化しちゃうかもだし」
《それか、君を番と認定し、いずれ番無しになるか》
いや、だがΣと居る事でβに戻れる可能性も。
と言うか、あまりに前例の無い事態の連続で。
情報が足りない、検討材料が無さ過ぎる。
だが、探って出るような情報でも無いだろう。
「真琴さん、悩むなら」
《いや、コレは護ちゃん以外を番認定したく無いだけで、Ω化自体には希望すら持っているんだ》
『しかも妊娠中にβに戻ったら、再び俺がΩ化させられるかも分りませんからね』
《しかし、時期を逃せばΩ化すら不可能となる》
『ですね、決断は早い方が良いかと』
「でも、要君の時も大変そうだったし、良く考えて貰った方が良いかと」
《要君、他の発情期とはどう違ったのかな》
『俺、まだ3回しか無くて。1回目は凄く軽くて、2回目は護ちゃんに会ってから、なので違うって言うのは孕みたいか孕ませたいって思うかの違いですね』
「あ、じゃあ前は孕ませたかったんだ」
『うん、突っこみたかった』
「後でしてみる?」
《護ちゃん》
『小さくなる前にしようね』
「えー、小さい方が楽そうなのに」
『じゃあ両方比べてみよう』
《クソ》
「真琴さん?」
《私には、無いから、悔しい》
『でも妊娠率は高いかも知れませんよ、継続率も、本来産む体を持ってるんですから』
この子、本当に護ちゃんの事を。
「あ、じゃあ代理母出産は?」
《アレは卵子を採卵しなきゃならない、しかも排卵誘発剤で多く採って、君の場合は顕微受精させてから胎内へと戻す筈。要君の場合だと、恐らくは強い発情促進剤を使って誘発させる筈、身体への負担が全く無いワケじゃないし、念の為に卵子提供側の血縁の方が。それに、それでか》
『もし、アナタのΩ化が成功すれば』
《着床率、継続率共に格段に上がる》
「あの、でも、僕はそこまで」
《合意へ向けて詳しく話し合いたい》
『はい、喜んで』
前例が無いなら挑めば良い。
機会を目の前に、逃げ出すなんて有り得ないだろう。
「お母さん、何で皆、こんな必死なのか分かんないんだけど」
結婚も子供の事も、どうせ無理だと思ってて。
だからか、今でも別に、そこまで。
《ごめんね、母さん、少しアンタを無頓着に育て過ぎたかも知れないわ》
『違うよお母さん、昔から護はこうだもん』
「うん、はい」
『はいじゃない、達観させた、諦めさせる様な子育てをしちゃったかもって後悔してるの』
「蟻って、働かない蟻が居るんだけど、排除しても現れちゃうんだよね。で、人間の場合だとそれがΣ、カビに役割を与えて貰えた働かない蟻、だと思うんだ。働かない蟻は働かない蟻って役割の中でも平気で生きられるんだろうけど、人間はそうはいかなくて、大昔は引き籠もりとかニートって言われて疎まれてた。けどカビって、居るだけで良いって、皆を幸せにする存在だと思う。そこに子供とか家族までは、本当に欲張り過ぎだと思うんだよね」
『アンタ、しっかり考えてたんだね』
「凄い種類が居るし、味が違うんだって、だから食料にも」
《生物だけは点数が良かったものね》
「だって漢字はネットで調べれば出るし、計算だってスマホで何とかなるし、情報だけなら直ぐそこに有るじゃん」
《働けて楽しい?》
「うん、失礼だとは思うけど、動物のお世話してるのと同じで楽しいよ」
『まぁ、分娩時は獣と同等だものね』
「それにガルガル期も、凄いって噂の人に会ったんだけど、逆に凄い反省しちゃって大変だったんだよね。しょうがない事なのに」
『アンタに居て貰えば良かったなぁ、もう本当、些細な事もムカつくんだもの』
「爪切り褒められたよ」
『でしょうね、猫のも犬のも上手いんだし。ごめんね、気にして無いだろうけど』
「うん、気にして無いから大丈夫、赤ちゃん産まれたんだし」
『にしても、今日は良く寝るなぁ、昨日までギャン泣きだったのに』
「成長痛なのかもだって」
『あー、そりゃグングン大きくなってるんだもんねぇ』
「腱鞘炎とか大丈夫?なり易いんだってね?」
『まだだけど気を付けろとは言われてる』
《重い物もダメよ、甘えられないなら戻って来なさい》
「でもお母さんあまり居ないじゃん」
《もうアンタが落ち着くんだし、私も父さんも落ち着くわ》
『あー、まだ会社なんだっけ?』
《そろそろ、就業時間ね》
『どんな反応するかなぁ』
「お姉ちゃん、反対じゃないの?」
『別に嫌じゃないんでしょ?』
「αの中で1番好きだと思う」
『でもじゃあ、Ωになったらどうなんのよ』
「うん、多分、僕のΩだから抱けると思う」
『そう』
《あ、終わったのね、はいはい、落ち着いてアナタ……》
多分、僕より周りの方が凄い事になってる。
ただヤっただけなのに、赤ちゃん出来たらどうなっちゃうんだろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます