第6話 陽川 アカリ。

『翼ちゃん、青酸カリってアーモンド臭がするらしい、だから洋菓子に混ぜるのが一般的なんだよね』


 彼は、下に降りて来ないままだった。

 バレるワケが無い。


 もう、私は揺らがない。


『物語ではそう言われているみたいですけど、実際はどうなんでしょうね』


 私の余裕そうな態度が気に食わなかったのか、彼はクッキーをトレイにぶち撒けた。

 私の方には無害なクッキーを、彼の方には青酸カリ入りを仕込んでいたのに。


『ロシアンルーレットって、知ってる?』

『銃を交互に頭に向け撃つ、危険な遊び、でしょうか』


『うん、今からしようか、僕も面白い品を持ってるんだ』


 彼は液体の入った小瓶を取り出すと、クッキーに振り掛け、混ぜた。


『あの、私は遠慮させて』

『僕のは死なないよ。それに、何も仕込んで無いなら食べられるよね、どうぞ』


『ですが今』

『君は、自分の立場を分かって無いね、僕は目だけが良い、だなんて一言も言って無いよ。最も腕の良い調香師はαだって、知ってるかな』


 確かに、身体的に優れた者も出ると言う。

 けれど、彼の鼻が良いとは限らない、本当にバレている証拠は何も無い。


『では、コレは死にますか、死にませんか』


『死ぬね、君で試してみるかい』


 私の無事なクッキーは塩味にしている、呑み込む前に吐き出せば、生き残れる。


『分かりました、では』

『あぁ、味付けを変えて有るんだね、なら絶対に吐き出すな』


 いや、確証は無い筈。

 今の私は冷静だ。


 大丈夫、冷静に狂人の対応をしていると思えば良いだけ。


『では変えます、死なないのはどれですか?』


『うん、コレだよ、けど僕の掛けた液体が染み込んでる。どうする、このまま避け続けるなら、僕は護ちゃんに泣き付くよ』


『分かりました、頂きます』

『どうぞ、召し上がれ』


 塩味だ。

 大丈夫、きっとあの液体は単なる脅し。




『ぐっ』

『あぁ、そんな、毒で自殺だなんて、今直ぐに救急車を呼んであげるね翼ちゃん』


『なん、で』

『青酸カリの合成より、テトロドトキシンの方が楽じゃない?なのに、どうして両方製造したんだい、自殺に使うだけなのに』


『わた、しは、青酸カリ、だけ』

『あぁ、やっぱり仕込んで有ったんだ、酷いな翼ちゃん。俺の前で自殺なんて』


『騙、したわ、ね』

『騙して無いよ、寧ろそれは君じゃないか。ねぇ知ってる、αにも弱点が有るらしいんだよね、影響度合いが強い程何処かに反動が出る。味覚が殆ど無かったり、視覚に問題が有ったり、匂いに鈍感だったり。君、嗅覚がダメなんだね、可哀想に』


『くそ』


『おやすみ翼ちゃん』


 彼女に盛ったのは、麻酔薬。

 余程の事が無いと死なないんだけど、まぁ、大丈夫だろう。


 コレでゆっくり探れる、死に掛けαと。

 護ちゃんの居場所。




「赤ちゃんってもう、ふわふわで小さくて、可愛いですよねぇ」


 あ、何か、僕。

 コレ、邪魔かな。


《あの》

『僕は彼女が好きで、彼女は君が少し気になるらしいんだ、それで君は』

「あー、僕、そう言うのまだなんですよね。すみません、ありがとうございます」


《そ、違うの、あまりに慌ててて口からでまかせを。ごめん、本当はどっちにも興味が無いんだ》

「成程」


《ごめんなさい、嫌いじゃないんだけど》

「分かります、僕も好意を持たれたからって好きになれませんでしたし」

『有るんだ、マリモ君』


「まぁ、多分αで、近寄らないでって言われて。でココに来てから手紙で告白っぽい事をされたんですけど、面倒だし、どうでも良くて」


《あの、ココまでじゃないからね?》

『あ、はい、ありがとうございます』

「付き合ってみれば良いのに」


《でも、私は》

「結局はヤれるかヤれないかだと思うんですよね、僕らって人に恵まれない環境だったから信じるのって難しかったりすると思うんですけど、ある程度は本能的に選ぶべきだとも思うんですよね」


『マリモ君、そんなに大変だったんだね』


「あ、はい、多分。滅多に人を嫌わない方なんですけど、1番に大嫌いで、関わりたくも無いですね」


『けど、流石にちょっと極論気味じゃないかな?』

「繁殖行動をしたいんですよね?そう思える相手、そう思ってくれる相手に巡り会えるのって、実は凄く難しい事だと思うんです。適齢期中の全員と会うとするじゃないですか、そこで少し関わっただけで、そう思えたり思われるかもって考えられます?」


《んー》

『確かに難しいとは思うけど』

「αやΩと違ってもし勘が外れても、また選び直せるんですし、試さない理由が分からないんですけど」


『僕としては、良いなと思って、知りたいと思って貰える所からで』

「成程、特に知りたいと思って無いなら止めた方が良いですよ、そうした勘は母体になる側の方が鋭いそうですから。人の知恵で誤魔化されていない今の勘を大切にすべきだと思います」


《でも、ほら、折角》

「繁殖行動に誤魔化されないで下さい、興味が無い、離れても問題無いと思った時点で何かしらの相性が悪い可能性があるんですから。絆されて時間を無駄にするのは損ですよ、相性は努力では変えられないんですから」


《んー、でも、出来たら子供は欲しいし》

「僕に会えなくなっても寂しい、だから好きってなるんですか?」


《いやー》

「ココの人達は良い人ばかりで、心配いらないとは思います。でも、いつどうなるか、子供を残して自分が死ぬか相手が死ぬかも知れない。それでも大丈夫だって思える相手と、子作りすべきだとは思いませんか?」


《まぁ、そうだけど》

「なら先ずは相性、それから相手の生活基盤や水準、せめてそこら辺を知ってから悩むべきだと思うんですよね」


《マモちゃんとしては、ヤってから悩めって事?》

「いえ、少しでも悩むなら止めろ、不安で悩むなら知れ、ですね」


《んー》

「自分を知るって凄い難しいですからね、何で受け入れられないか直ぐに分かれば誰も悩まないでしょうから。うん、頑張って下さい」


『あの、マモル君、もしかして動物に当て嵌めて喋ってた?』

「はい、勿論、僕は恋愛とか全く分からないので」

《そっかぁ、でも人も動物、生き物だもんね》


「巣作りって重要だと思うんですよね、人で言うなら稼ぎ相当、それに匂いも。毎日長時間嗅ぐんですよ?そりゃ良い匂いだと思う方が絶対に良いじゃないですか」


『嗅いでみますか?』


《うん》

「あ、耳の後ろが良いそうですよ」


 僕としては、動物其々の匂いは好きなんで、嫌な匂いって良く分からないんですけど。

 姉が凄い父さんの匂いを毛嫌いしてたんで、結構、重要かなって。


《マモちゃんのも良い?》

「はい、どうぞ」


 翼ちゃんには、嗅がれるのも嗅ぐのも嫌。

 そんなに繊細な方じゃないのに、やっぱり相性が。


《分かんない》

「嫌じゃないなら良いんじゃないですかね?」

『うん、だね。もう少し頑張ってみるよ、ありがとう』


「いえ、僕の分も頑張って下さい、応援してます」


 もしかすれば一生、僕は独り身かもなので。

 是非、好意が理解出来るなら頑張って貰うしか無いですよね、人口減少率は大問題だし。

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