第7話 佐々木 紅葉。
「おはようございます」
あ、コレ知ってる。
無視される直前の空気だ。
《少し良いですかね、小泉君》
「はい」
どれの事だろう。
《率直に聞くけれど、君はノンセクやアセクかな》
「芽生えて無いだけか、はい、そうだと思います」
《そうか、すまないけれど仕事場を移って貰えるかな》
選択肢は無い筈なのに、どうしてそんな風に尋ねるんだろう。
「はい」
《大丈夫、もっと君に向いている職場だから》
まさか動物の飼育かな、と思ってたんだけど。
「あの」
《じゃあ、後は宜しくお願いしますね》
『はい、預からせて頂きます、さ、行きましょう』
「あの、僕」
『動物とも触れ合えますよ』
「えっ、良いんですか?」
『はい、子供の為にも飼っていますから』
「そうなんですね」
『はい、ココがアナタが関わるクラスです。皆さん、新しい先生ですよ』
「小泉、マモルです、宜しくお願いします」
《わー、新しいせんせいだー》
『先生のオウチの近くは海だった?山だった?』
「先生は虫触れる?」
『はいはい、並んで並んで、自己紹介してから質問は1つ、良いですね?』
『《「はーい!」》』
何故、どうして部署が変わったのか。
それは僕が子供にすらも手を出さないだろう、アセクやノンセクだからだ、と。
「でも、芽生え無かっただけで」
『定期的に検査は受けて頂きます、ですが母体の方々からも評判が良いからこそ、ある意味出世だと思って下さい。以前よりも休みが取れますし、お給料も良いですよ』
「でも、外に出たら無症状の保菌者に」
『職員の正常な行動において感染症に罹患した場合は問題としません、それこそ母体よりは遥かに対処がし易いんです。それに無菌室で育てた場合、免疫は下がります、それは誰も望んではいません』
「本当に、知り合いに会っても良いんですか?」
『はい、それにもし性行為が行われても、申請さえして頂ければ特に問題にはなりません。まだまだ分類されたばかり、巣立ったばかりなんですから』
「でも、ノンセクやアセクかもって」
『それは二次的な要素、補佐程度の情報ですからご心配無く。アナタ方は捕虜では無いんですから、自由を与えられているんですよ』
「でも、心配なので」
『今日、もし出られるのでしたら手配しておきますよ。皆さん心配してらっしゃるそうです、アナタが全く帰らないので』
「あ、すみません、つい居心地が良くて」
『ありがとうございます、ですが偶には会ってあげて下さい、向こうの方に』
「はい」
翼ちゃんの事もそうだけど、本当に帰る気が無くて。
けど、確かに真琴さんや佐々木君にも会いたいし、で、部屋に戻って急いで準備していると。
《あの、余計な事だったらごめんね》
『動物に触れるって聞いて、ごめん、個人的な事なのに』
「あ、いえ、寧ろありがとうございました。まだ触れて無いけど見れたし、すみません疑って、ココでもハブかれるのかなと思って」
《ごめんね、私男の子にちょっと嫌味を言われる程度しか無くて》
『僕も、すみません、もっと大変な人も居るって知ってたのに』
「そんな、僕よりもっと大変な人は居るし。ありがとうございます、心配してくれて、外出してきますね」
《大丈夫?誰かと待ち合わせは?》
『僕、付き添いましょうか?』
「大丈夫ですよ、多分、直ぐに来てくれる友達も居るので」
《そっか、良かった》
『気を付けて、楽しんで』
「はい」
こんなにずっと優しくされるだけって、大きくなってからは初めてで。
多分、僕のΣのフェロモンの影響が強いんだと思う。
だから翼ちゃんも嫌悪した。
でも、だからこそ関わって欲しくない。
佐々木君、出てくれるかな、無難な連絡しかしなかったし。
【護ちゃん】
「あ、ごめんね佐々木君、今大丈夫?」
久し振りの声。
『勿論、どうしたの?休み?今何処?』
【ふふ、ごめんね佐々木君、つい居心地が良くて。今、高田馬場だよ、君は?】
『家、直ぐに向かうね』
【うん、ありがとう、待ってるね】
会える、3ヶ月ぶりに会える。
何を話そう、何処に行こう、何を食べよう。
痩せて無いかな、元気かな。
背は伸びてるかな。
会える。
もう直ぐ会える。
話せる、近くに居られる。
『はぁ、はぁ』
「佐々木君、そんな慌て無くても」
『ずっと、心配、だったから』
「ごめんね佐々木君、そんなに淋しかった?」
『凄く、つまらなかった』
「友達作りな?僕は同期生が出来たよ、僕の為にって偶に料理してくれるんだ」
『俺も、何か作りたい』
「じゃあ、夕飯は、たこ焼きとか?」
『うん、行こうか』
「うん」
離れてみて、良く分かった。
もっと何か、しておけば良かったって。
何処かに出掛けたり、遊びに行ったり。
居心地の良さを享受するだけじゃなくて、もっと、思い出を作っておけば良かった。
悔しい。
俺も手料理を食べさせておけば良かった、全部、何でも一緒にしておけば良かった。
『悔しい』
「ん?流石にたこ焼き転がすくらいは出来るよ?」
『違くて、俺も手料理振る舞いたかった』
「あー、それはちょっと違うんだよね。僕を口実にして、好きな子と関わろうとしてただけ。佐々木君みたいに目的が僕100%じゃないよ」
『それ、俺の事どう思ってるの?』
「友達が少ない友達佐々木君」
笑ってる。
目の前で笑ってる。
一緒になりたい。
1つになりたい。
食べたい。
『そうだよ、だから拗ねてる』
「嘘だ、嬉しそうじゃん」
嬉しい。
凄く嬉しい。
持って帰って家に閉じ込めたい。
食べたい。
全部。
『何か、変かも』
「お会計してくるね」
Ωに誘引されないαの発情期って、滅多に無いのに。
でもコレ、発情期だ。
『ごめん』
「僕こそごめんね、もしかして残り香なのかも」
『それは無い、本当、コレ少し違うから』
「僕が送っていって大丈夫?」
『うん、誰もそう言うの今は居ないから』
「久し振りだなぁ、遊びに行くの」
食べたい。
『食べたい』
「Ωだったら食べられてたんだけど、ごめんね」
『本当に?』
「だって優しいαは佐々木君だけだったし、酷くしなさそうじゃん?」
食べたい。
けど。
『もし、ちゃんとずっと一緒に居るなら、どれなら居られる?』
「Ωか、βかなぁ」
やっぱり、護ちゃんは特別な区画に居るんだ。
窓口に相談したり、表で出来るだけの情報は得たけど。
αとも一緒に居る筈。
けれどαの愚痴は聞かなかったし。
触りたい。
食べたい。
カビの影響分類なんて無ければ。
いや、有るからこそ、護ちゃんと子供が作れるかも知れないんだ。
Ωになろう。
Ωになって護ちゃんと一緒になるんだ。
だから食べたらダメだ。
食べたら、Ω化し難くなるかも知れないんだから。
『ごめんね』
「犬の嬉ションみたいだよね、そんなに寂しかったんだ」
『凄く』
「ちゃんと友達作りなね?」
『君の、翼ちゃんと知り合ったよ』
「あー」
『護ちゃんの家に遊びに行った時、嫌がるの良く分かったよ、性格悪過ぎ』
「良いよ関わらなくて」
『けどまぁ、一応は、お隣さんだし』
「少しでもフェロモンが感知出来れば良いんだけど、ごめんね、辛いよね」
『ううん、余裕』
「全く余裕そうじゃないけどね」
『番が居る方が、もっと大変らしい』
「あー、家族に連絡は?」
『あ、しとく』
「避難場所も調べて有るから、最悪はそこに行こうね」
『うん、ありがとう』
フェロモンの匂いはしないけど、護ちゃんの良い匂いはする。
やっぱり食べたい。
食べてどうにかならないかな。
触りたい。
くっ付きたい。
「あ、来た、連絡は?」
『大丈夫だって』
「よし、家に帰ろうか」
『うん』
ウチにはやたらαが多い、割合的にはもっとβが産まれても良かった筈が。
《ごめんねぇ護ちゃん》
「いえいえ」
『ごめん、ただいま』
ウチの子、αの中でも特殊個体なのよね。
Σに懐くα、Ωの因子が強くて、要観察対象。
《護ちゃん、影響は、無さそうだね。匂わないでしょう》
「はい、ごめんね辛さが分からなくて」
『ううん』
《要、そのまま部屋に行きなさい》
護ちゃんの上着の裾、ギュッと掴んで。
「上着、要る?」
『ううん、まだ寒いし』
《ハンカチとか有る?》
「あ、要る?ハンカチ」
『良いの?』
「だって寂しかったんでしょ?はい」
『ありがとう』
《さ、行きなさい、直ぐ返すから》
『うん、後でね』
「うん」
男のαはね、うん、歩くのも大変だろうに。
《すまないねぇ、嬉し過ぎてテンション上がって、嬉ションだアレは》
「ですよねぇ、けど発情期に立ち会ったの初めてで、何も出来なかったんですけど」
《あぁ、そうか》
「あ、あー、はい」
《いや、良いんだ、察しはついてるからね》
Σは本来なら発情を抑えるフェロモンを出す、だからこそカビの影響分類はΣ。
αのカウンター的存在、それこそ抑止力。
けれど、繁殖率はトップクラスで低い。
しかも、αと番の居なくなったΩを完全分離した事で、そもそもΣの発生率が低くなってしまった。
けれども問題は各地で起こる、Ω化するには様々な要因が必要となる為、事前に感知する事が非常に難しい。
βがαやΩのフェロモンを大量に浴びてΣ化する様に、αはαのフェロモンを浴びる事でΩ化する。
大方、Σ因子を多く持つ護ちゃんに影響されて。
いや、大好きだからこそ体の方が変化したとも言える。
でも、だからってね。
ウチの要が、Σ用のΩ化するとは。
「すみません、もしかしてΩの」
《いや、匂わないからそこは心配しなくて良いよ。もしかすれば、Σ用のΩに変化途中なのかも知れないしね》
「そんな事、いや、絶対に無いとは言い切れないかも知れませんけど」
《コレは私の経験則から話す事だけれど、外部には漏らさないで欲しい。αはαのフェロモンを大量に受けΩに変化する、だから本来ならα同士はつるまない、そしてαの因子を多く持つ者はβすらΩ化させられる》
「でも、αやΩの因子が殆ど無いのがΣで」
《そう、つまりは君が変化する事は無い》
「えっ、だからって」
《遺伝的相性に強く惹き付けられるのがαだけれど、それを増幅させる要因こそα因子、そのα因子を刺激するのが好意。要は好きだから変化するんだよ、Ωに》
「僕」
《本能もカビの影響分類も超えて、好きなんだと思うよ》
「え、でも」
《そりゃ君と一緒に居る事が最優先だったからこそ、何も言わなかったんだろうね、越えなければならない難問が複数有るんだから。男同士、しかもΣとα、滅多に会える事も無いし。未だに、精通して無いんじゃない?》
「はぃ」
《Σ因子が強く出ると、他の保護を優先させる傾向が強く出るんだと思う。昔はね、もっとΣが多かったんだよ》
「そう、あぁ、そっか」
《そう、大昔はαとΩか混在する地区が多かったからね》
そのせいで問題は多かった。
こうして急にΩ化する事例が頻発し、傷害、暴行事件が多発。
そこで閾値未満でも一定の割合でαを分布させ、Σを分布させ、βを緩衝材とした。
そうして学区を細かく分け、非常用の除細動器と共に抑制剤と避妊薬が各所に常設され、避難所も作られた。
その安定の対価が、Σの減少。
αの存在との割合が合わなくなってきている、その分だけ、Σが抑制の為に忙しくなってしまう。
けれどΣは多くの睡眠を必要とする、抑制剤はあくまでも対処療法、根本的にホルモンを抑えられるのはΣだけ。
「でも、あのまだ僕、緊急要請に出た事は無いんですけど」
やはりね。
Σ量産計画か、波を起こし動かす気か。
《君には悪いとは思うけど、Ωやαなら分かるんだ、因子の多さが。君はかなり多い、正直、他の子は暫くココに来れない程にね》
「すみません」
《いや、良いんだ、Ωとしては強過ぎる性欲に応えるのは一苦労だし。煩わしいって思ってるのも居るから寧ろ助かってるんだ、気にしないで、少なくとも私は心地良いし》
「でも」
《嫌なαを見てきてるだろ、だからこそαな事が嫌になる時期が来るんだよ、ウチの子達は特に頭が良いからね》
「いやでも、Σ用のΩ化なんて」
《私は良いと思うけどね、Σの繁殖率は異常に低いんだ、お互いの救済措置としては妥当な変化だと思うよ》
「でも多分、遺伝しないのでは」
《そうだね、遺伝子に関係無く変化するのが、カビの影響分類だからね》
けれど、遺伝子の素地が重要だとも思っている。
必ず特定の遺伝子、組み合わせは有る筈、後は宿主の情動次第。
だからこそ、ある程度のコントロールは可能な筈。
けれども、それをしない理由もまた存在している筈。
それは何故か。
もしココが優しい世界なら、人権、人の為。
酷い世界なら、変化と実験、そして物語としての娯楽。
現に私は過去の事件も含め、敢えて悪しき見本として、酷い世界に生まれたαやΩの存在を描いているからね。
人は低きに流れる、安定すれば刺激を欲し、より下の存在に安堵する。
書は良き見本ともなるし、時に悪しき見本ともなる。
けれども片方だけでは機能の完全遂行は難しい。
他国では性的な表現を一切排除した事で、竜と車の交尾にしか発情しなかったり、暴行事件の割合が増えた歴史が有る。
良き見本、悪しき見本の内容は勿論、出回る割合も考えなければならない。
「あの、どうするべきだと思いますか?」
《そんなモノは無いよ。無理をせず、良く考え、君と要が幸せになれる選択肢を選んで欲しいと思う》
「要君を、Ω化させちゃうかも知れないんですよ?」
《私も夫も問題だとは思って無いよ、寧ろ君が責任感から要と番う事は懸念してる、それは要の望む事では無い筈だからね》
「まだ、僕、そうした事が良く分からなくて」
《だからこそ、今度は要と話そうと思って、少し良いかな?》
「はい」
世界の安定を願ってはいる。
けれど、子の幸せ、他者であれ子供の幸せが最優先だからね。
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