第5話 星野 トウヤ。
可愛い可愛い俺の護ちゃんは、Σだった。
ワンチャン、αだったらΩ化させられたのに。
だからいっそ、俺がΩ化しちゃおうかって考えたんだよね。
そうすれば一緒に居られるから、直ぐに死ぬだろうαにΩ化させて貰って、死別後は隔離区域に入れば護ちゃんと一緒に居られる。
けど、養えないで、逆に養って貰う立場になりそうなのが悩みどころ。
αにも個体差が有る、身体的に優れていたり、頭脳明晰だったり。
βより少し器用な程度だったり、目指す仕事とは違って意外な才能が有ったり、顔が良いだけのαも居る。
本当に、単に活発的なだけ。
αに固定されたら短時間睡眠になって、気怠さが抜けてやる気に満ち溢れる、だから自然と勉強も捗るし魅力的にも見える。
けど、そんな事はどうでも良くて、俺はβだったら良かったなと思った。
それか護ちゃんと同じΣの、女。
Σ女は生殖率が低いだろうけど、護ちゃんは気にしない方だろうし。
一緒に居られるんだし。
どうしてαで男なんだろう。
一緒に居ると穏やかになれるし、護ちゃんも穏やかだから落ち着く。
家も学校も、本当に騒々しくて堪らない。
同じβだったら、穏やかに田舎で暮らせた筈なのにって。
だからやっぱり、死別Ω化かな。
探せば居るかな、αをΩ化させたい死に掛け。
『護ちゃん、こんなに寝て夜は大丈夫?』
「んん、大丈夫、寝れる」
良く眠るのはΣか、安定する前のαに多い。
偶にα認定を飛び越えてΩ化する人も居るらしいけど、αは安定するまではαとつるまない、生理的嫌悪に近い感覚から殆どが距離を置くから。
だからワンチャン、αだったら良いなって思ってたんだけど。
Σだった。
動物が好きで動物と触れ合えるって、Σの特性だと姉から教えて貰った。
αは触れ合うって言うか、如何に従わせるかだから、違うだろうって。
Ωは逆に忌避させる特性が有る、下手に動物に関わって感染症に罹れば、母子共に危ないから。
護ちゃんがワンチャン、βだったら、せめて影響させられたんだけど。
認定証には、Σの文字。
『認定証、お財布に入れない方が良いよ、護ちゃん』
「んー」
俺が女だったら良かったのに。
βでも何でも良いから、女だったら、このまま一緒に居られるのにって。
でも、現実的に考えるなら、Ω化だよね。
『アンタ、でもそれ』
『良く考えてよ、蓄財もままならないのにそんな四六時中居られないし、なったらなったで一緒に働けるかも知れない。最高じゃん』
『そんなの、そう上手くいくワケが』
『じゃあソッチはどんなプランなの?』
【誰かの子を妊娠でもしない限り、会えないんじゃない】
この男、何処まで先読みを。
いえ、今回は違うポケットから取り出した。
つまりは幾つか用意していたって事よね。
『手持ちのカード、全て出しなさいよ』
『良いよ、はいどうぞ』
期待が絶望に変わった。
殺害方法、動機について書かれていたのは、あの紙だけ。
意味の分からない走り書きか、プランについての紙は複数有ったけれど、私の案のダメ出しが書かれているだけだった。
『どうして』
『頭の出来かな、それか環境に恵まれない者と環境に恵まれた者の差って、有ると思わない?』
彼はそう言いながら、全く同じ文言が書かれた私が手に持つカードを、裏から指差した。
αにも、其々個性が有る。
芸術の才能が秀でている者、片や絵心は皆無でも数学の才能がずば抜けている者、容姿以外は平凡な者。
それは努力の差だと思っていた。
けれど、素養、環境が違えば伸び率は変化する。
彼は、それらに恵まれた存在。
『なら、何故』
『目立つ意味が無い、俺が欲しいモノは1つだけだから』
私は、彼には勝てない。
きっと、このまま野放しにすれば護を奪われる事になる。
なら、殺すしか無い。
『好きに調べてて、クッキーを作ってくるわ』
『ありがとう、翼ちゃん』
どうにか足が付かない様にして作った青酸カリ、コレをクッキーに混ぜれば分からない筈。
そして彼のカードを使い、自殺に見せ掛けよう。
大丈夫、前回も上手くやれた。
今回も、冷静にさえなれば大丈夫。
愛が有れば乗り越えられる、何もかも、全て。
『おっすー、どうだった?』
「結構、疲れますよね、摩るのって」
《そっかー、臨月近い人だったんだ、ウチは料理ばっか。作るの好きだけど、流石に飽きるかも》
「凄い、じゃあ食べるのも好きなんですか?」
《まぁ、そうだけど》
『あ、コイツ、野菜囓るばっかだから、そこじゃない?』
「うん、はい、動物の食事を考えたり作るのは平気なんですけど。もう、自分のは本当にどうでも良くて、身内に作り甲斐が無いってキレられた事も有ったので」
《逆に凄いんだけど、何か有ったの?》
「特には、あ、飲み物は好きですよ。スープとかカレーとか麻婆豆腐」
《麻婆豆腐は少し分かるけど、カレーは飲み物じゃないからね?》
『ドロドロなら、あ、
「何なら教えて下さい、生野菜は寒いんですよね、冬場」
《作った事、無いの?》
「3回程、最後は具材が大きいから圧力鍋で作ったんですけど、あの手間を考えると嫌で嫌で」
『つまり手間が掛からないのなら良いんだ?』
「出来れば、はい」
《刻むのは》
「嫌ですね、このまま食べれば良いじゃんって思いますし」
『じゃあ皮むきは?』
「あ、皮を剥くのは好きですよ、動物によっては皮を剥かないといけないので」
《動物が主体過ぎる》
『あ、アレは?ミキサー使うのは?』
「アレってある程度は切って入れないといけませんし、食材をこそぐのが手間に感じますね」
《ほら、身内とか好きな人に作るって思えば、どう?》
「稼ぐから、もっと良いモノを外で」
《素養が無さ過ぎて逆に怖い、本当に何も無かったの?親の躾けが厳しいとか、嫌な思い出とか》
『嫌と思って無くても、こう、強く覚えてる事は?』
嫌に思った事。
それか、強く覚えている事。
「あ、ミカンと人参の食べ過ぎで黄色くなって」
『うん、コレ天然モノだね』
《絶望的な素養の無さって、本当に有るんだ、実際》
「でも時間が惜しいじゃないですか?」
『人も料理も、効率化の果てに有るモノは、緩やかな死ですよ?』
《そこまでは言わないけど、何が楽しくて生きてるの?》
「動物、もふもふ」
《もふもふかぁ》
『個人で飼うにしても飼育にしても、手間暇が掛かりますからね』
「睡眠時間は削るなって、なので勉強するか動物の動画を見るか、偶に知り合いに触らせて貰うかだけで。時間に余裕なんて無いですから」
『でも、触れて無いですよね?妊婦さんに感染させない為に』
「今は我慢の時なんです、勉強して試験に受かれば、もしかすれば異動が有るかも知れない」
《それは少し寂しいけど、私もサプリだけで過ごせって言われたら発狂するだろうし。よし、簡単な料理教えてあげる、それと器材も貸したげる》
「はい、ありがとうございます」
ご厚意で教え貰った料理は、ハンドミキサーでスープを作る方法、缶詰と牛乳であっと言う間に完成。
コーンスープは好きだから、暫く続けてたら、そればっかりだってバレて。
結局は作って貰う事になった、しかも星野君に、陽川さんの分と共に。
多分、星野君は陽川さんが好きなんだと思う。
僕の家で作って貰ってるんだけど、いつも教えて貰った事を嬉しそうに話すから、多分好きなんだと思う。
《ごめんなさい、私、マリモ君が好きなんだ、多分》
僕は陽川さんが好きで、陽川さんは小泉君が好き。
なら、小泉君は。
『そう、なんだ』
《いや、何か、星野君は仲間って感じなんだけど。何か、気になるのはって聞かれると、マリモ君かなって。別に好きかもってだけで、どうこう考えて無いから、うん》
『じゃあ、もう暫く様子見て事で』
《だね、うん、ありがとう》
もう、今直ぐにも小泉君に問い質したいけれど。
彼は今、仕事中。
破水したΩ男性が小泉君を指名して、出産の立ち会いの最中で。
いつ、終わるのか。
『あの、彼に、スープを作ろうか迷っているんですけど』
《あー、遠慮して食べないでいるかも知れないもんね。ガチのコーンスープでも作ろうか》
『あの、嫌ならレシピだけで良いので』
《あ、んー、今日はそうしよっか》
『はい』
どうして小泉君なんだろう。
一緒に居る時間が長いのは、僕の方なのに。
小泉君の、何が良いんだろう。
《で、驚いて適当な事を言っちゃったんですけど》
「いやー、ソレ不味いと思いますけどねぇ?」
『そうですねぇ、マリモ君に敵意が向くも知れませんし、妬みを呼び起こすかも知れません』
《いやでも、どっちが気になるかってだけで、別にどっちも好きってワケじゃ》
「向こうが、そう思ってくれてるか、ですよねぇ」
『ですねぇ、良く考えたけど、今はどっちにも興味が無い。そう追撃なさった方が良いかも知れませんねぇ』
《ありがとうございます!》
「いえいえ、総合相談窓口ですから」
『コレからも拗れる前にご相談を、また悩みが有りましたら遠慮無く、賢明なご判断を宜しくお願い致しますね』
《はい、ありがとうございました》
「ふふふ、今年も良い子で優しい子に来て頂けて、助かりますねぇ」
『本当ですね、厳選されてると言えど、抜け漏れが有るかも知れない。そう思って何事も対処せねばなりませんからね』
「ですねぇ」
私達はΩとαの夫婦、しかもαはΩ化後に再びα化した希少例、そしてフェロモンを出さないαとΩの夫婦としてもココで守られている。
この管理区域は、各地に有る妊婦保護区域の中でも、最も厳重な地区。
様々な試験結果の最高クラスだけが入れる地区、発情抑止の為の呼び出しが起きない、特区中の特区。
Σなら道徳心と優しさが最高クラスの者、Ωなら本人の有用性に加え子種の有用性が有る者、他にはフェロモンを出せないαなど。
私達が保護される際に出した条件が、こうした施設の整備、そして維持。
私はもう、長く無い、何度も転嫁した事で寿命は中世の男並み。
穏やかに過ごせる地をと、彼と共に考えたのがこの施設、この計画。
国はコチラの目論見通り、直ぐに食い付き、実行した。
穏やかで静かで、優しい場所。
都会の喧騒、争いこそが生殖率を下げている、それは既知の事実。
けれど愚か者には、未だにカビとの共存は難しいらしく、どうしてもΣの生殖率が下がってしまう。
その事は国も問題視しているからこそ、この最高位の隔離施設が設けられた。
Σは、本当にαをβ化させられてしまう、ともすれば悪しきαを御せるのはΣだけ。
αの中でも最高クラスが知能犯となってしまったら、一夜にして国どころか世界が、滅んでしまう。
国の、世界の防衛の要はΣ。
そしてΣを滅ぼそうとする集団の後ろには、物分かりの悪いβ達が、けれど一部のαはβすらΩ化させられる。
カビは、見事に三すくみと支え合いを形成させている。
Σを守るΩとβ、Ωを守るα、βもΩも守るΣ。
コレがもし、Σが欠ける事になれば、中世より更に忌まわしい時代へと戻ってしまうだろう。
侵略と圧政、破壊と上書きの負の歴史、歴史すら消し去ろうとする愚か者の発生を許してしまう事になるだろう。
力こそが正義、破壊し殺す事が正義となるなど、もう有ってはならない事なのだから。
『行こうか、少し休ませて貰おう』
「はい、行きましょう、美味しいお茶を淹れましょう」
願わくば、もう彼に転嫁が起こらない事を願う。
男の転嫁は、あまりにも寿命を削り過ぎてしまうのだから。
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