第4話 猫山 翼。
『アンタ、護の隣りだったよな、確か』
『アナタは、もしかして佐々木君、ですか』
『あぁ、聞いてたんだ、護から』
『えぇ、まぁ』
『この度は、ご愁傷様、亡くなったんだって、ご両親』
『はい、ご丁寧に、どうも』
『今日さ、護の家に行くんだけど、途中までどう』
『はい、お願いします』
どうして、彼が私に接触を。
護が言ってた限りだと、αらしいけど、護と同じクラスなら大した事は無い筈。
一体、目的は。
『俺、見てたんだよね、護の部屋から。何であんな事したの、翼ちゃん』
護に会えないのが寂しくて、静かになりたくて、無理を言って泊めて貰ったんだよね。
勿論、護の親父さんも居る時なんだけど。
そこから見ちゃったんだよね、この女が両親を殺してる所。
『何の事でしょう?』
『俺、目が良いんだ、だからカーテンの隙間から見えちゃったんだよね。ダメだよ、もっとちゃんと閉めておかないと』
『ですから、何の事だか』
この世の中、何が有るか分かんないからね。
この女にだけ見える様に、紙に書いた文字を見せた。
【母親の首を絞めて、父親を刺殺しただろ】
『ね、見えてたって言ったでしょ、誰も知らない事だよねコレ』
少しでも護の事が知りたくて、真琴さんの病院にも通ってたんだよね。
で、この女が護の幼馴染で、片思いしてた事を知った。
真琴さんは口が硬かったけど、お喋りなβって本当に害にしかならないよね。
気を付けないとね、周りは選ばないと。
『だったら、一体』
『何回か、君の部屋に遊びに行かせて欲しいんだ。あ、いかがわしい事はしないよ、少し知りたい事が有るだけなんだ』
『だとして、もし何か』
『何もしないよ、君が何もしなければ、ね』
俺に関わる回線から調べ物をするのは、万が一を考えるとリスクが有るなと思って。
その事も有って真琴さんの病院と護の家を下調べしてたんだけど、そこで見ちゃったんだよね、コイツが両親を殺すの。
淡々と手際良く殺してて、あ、コイツαだって思ったんだよね。
で情報規制で確信した、αに逆恨みしてるβは一定数居るからね、そうした集団の犯行に見せ掛けたんでしょう。
しかも国は女αの犯罪に甘い、だって適齢期を過ぎたβより、子を沢山産めるだろう若いα女の方が有用性が高いんだし。
理由も何となく分かるし、ね。
『なら、反撃の準備はさせて貰うわよ』
『一応、同志だから励ます気も有ったんだけど、拒否するならするで良いよ、先ずは護に相談するから』
『分かったわ、けれど身を守らせては貰うわよ』
『良いよ、今日友達になったばかりなんだしね』
カーテンはしっかり閉めた筈、なのに公開されていない情報を正確に言い当てた。
しかも既に書き記し、私の様子を探った気配は。
いや、もしかしたら何枚か用意し、私の様子次第で。
いえ、私の反応を気取ったとしても、あんなに詳しい方法までは。
なら、一体どうやって。
もしかして、道具の処分の時?
いえ、アレは室内で完璧に処分した、しかも処分方法までは言及していない。
本当に護の部屋から見ただけなら、知らない筈。
けれど、コチラから不用意な事を言えば、募穴を掘る可能性が高い。
コレは、狙いが判らない以上、様子見をするしか無い。
『どうぞ』
『お焼香を良いかな』
『どうぞ、コチラです』
経済的な理由から、ウチに仏壇は無い。
遺影と骨壺が2つだけ、そして墓も無いから海と山に散骨となる予定。
忌々しい、早くどうにかして護の傍に行きたいのに。
『さ、君の部屋を案内してくれるかな。あぁ、包丁でも何でも持って来たら良いよ』
『ちょっと、いきなり』
彼を追い掛けると、本当に私の部屋へ。
もしかして僅かな隙間から、本当に彼は。
『用事はコレ、俺は暫く護の部屋を眺めてるから、何か調べ物してて。あ、俺がココに来る事は言って有るから、下手な事はしないでね』
彼が指差したのは、パソコン。
全く意味が分からない。
けれど、今は私が弱い立場に有る、彼に証言されては護に会えない。
殺すか従うか、ココは様子見しか無い。
『分かったわ』
カーテンの向こうには、護の部屋。
寝起きの悪い護の為、日当たりが良い部屋が護の部屋になったらしい。
殆ど物は無かったけど、親が取っておいた物が置いてあって。
まだまだ護の匂いがした。
凄く落ち着く匂い、良い匂いなのに。
この女は、何が気に食わなかったんだろう。
いや、αの本能が強いのか、可哀想に。
『そろそろクッキーとかどうかな、気分転換に、カーテン開けてクッキー作り。好きだったんでしょ、ご両親』
両親に内緒で材料を買いに出て、帰って来たら両親が亡くなっていた。
って、言ってたらしいじゃん、周りにもさ。
『分かったわ、但し』
『君に迷惑を掛ける気は無いよ、何となく察しはついてるからね』
『何だって言うのよ』
『はい、コレ』
【護との仲を許されない、結婚を強制されそうになった】
まだまだだな、少しでも目を見開いた時点で、正解だって言う様なモノなのに。
『ち、違っ』
『ダメだよ、少し目を見開いた時点で合ってるってバレるから、もう少し制御した方が良いよ。そのままだと誰にでもバレる、それだとより上の者に食われるから、もう少し色々と抑えた方が良いよ』
『アナタ、本当に』
『うん、君と同じだよ。だから気持ちは分かる、優生思想や選民思想には反吐が出る』
優秀な推理小説家の母親と、優秀な刑事の父を持ってるんだからって、周囲から期待を押し付けられて息苦しくて堪らなかった。
同じαなら分かるだろうに、周りはαを誇りに思うばかり。
結局はカビのドーピングで伸びてるだけ、βでも凄いのは幾らでも居るのに、アレがαならもっと出来る筈だと上から目線。
最も枷の有るΣなのに、護は優しくて賢い。
結局は、素地の頭の良さ、それと素直さ。
それに加え、本能に左右されない理性と、穏やかさ。
俺がαなのは逆に運命、護の近くに居られるのは、俺。
『まさか、アンタも』
『さ、見守るかクッキーか任せるよ、翼ちゃん』
国から任されるΣの仕事って、要するに家政婦だった。
料理は無理だって言って有るから、それは任されないんだけど、お風呂掃除とか洗濯とか腰を摩る事だった。
『あー、本当に楽になる、マジで助かるわ』
「大変ですよね、腰が無理矢理反らされてるんですし」
『そうそう、マジで舐めてたわ、Ω化も妊娠も』
「骨格は変わらないそうですからね、負担も大きいかと」
『蹴るな蹴るな、お前に不満は無いの、ただ辛い事に不満を言ってるだけだって』
「意外と中も大変で、その同意なのかも知れませんね」
『あぁ、そっか、中では泣かないんだしな』
「それか、応援か、もうちょっとで出るから待っててって」
『それ考えると、ちょっと寂しい気もするんだよね、離れちゃうんだし。いつか巣立っちゃうんだし』
「でもウチの母は手元にずっと居られる方が心配になるって言ってましたよ、子育てに失敗したんじゃないかって不安になるって」
『あー、そんな余裕、出るのかなぁ』
「母はちょっと大雑把で、細かい事は気にしないのが特技だって言い張ってる位ですし」
『その方が、マリモ君みたいに良い子になるのかな』
「合う合わないかと、知り合いの家はどっちも良い人なのに、居心地が悪いって言ってましたし」
『あぁ、子供との相性は有るって聞いてたな、確かに』
「だから数で勝負だ、そのウチに合う兄弟姉妹が生まれるだろうって、その知り合いのお母さんもウチの母に似てる感じなんですけど。ダメみたいで」
『まぁ、外から見るのと家族が見るのは違うしね』
「ですね」
『あー、お腹減ったかも』
「僕は料理はダメなんですけど、温めるだけのとか有ります?」
『いや、野菜が食べたいんだ、ガリガリぽりぽり』
「美味しいですよね、そのまま食べるのって」
『いや、前は大っ嫌いだったんだけどね、つかそのままは無いでしょうよ』
「えー?セロリとか最高に美味しいじゃないですか」
『アレは今でも無理だわ、よし、準備するから起こして』
「はい、どうぞ」
男の妊婦は少ないから、もしかして僕と星野君だけが新人として入っただけなのかも知れない。
抑止の為の緊急の呼び出しは無いし、女性の方は次々に追加されてるし。
しかも、失礼かもだけど、動物の飼育みたいで少し楽しいし。
αは居ないみたいで、嫌がらせは勿論、舌打ちだとか睨まれたりとかも無いから居心地が良い。
少し監禁されてる気分だったけど、コレならΣ女性の繁殖率が高いのも、頷ける気がする。
寝放題だし、楽だもんココ。
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