第2話 大泉 真琴。

 役所で渡されたマニュアルには、本当に知らない事が多かった。


 先ずは獣医なら兼業でなれる事。

 αやΩの抑制に駆り出される事は義務、そして隔離後も呼び出しに応じられる状態なら、隔離地区外にも出て良い事になっている。


 ただ、GPSで位置を常に把握出来る様にしなければならないのは勿論の事、必ず事前に行き先を知らせる事。


 何も言わずいきなり隔離外から出ると、多額の罰則金を支払う事になり、しかも暫くは外出禁止が言い渡される。

 けれど、行く5分前でも良いから通達し、承諾を受ければ問題は無いらしい。


 そして、生殖率はΣ女性が1番、ついで2番目にΣの男の生殖率が低いとも。


 正直、覚悟していたし、誰かを好きになった事が無いのでコレはどうでも良い。

 家族はβ同士で、ある意味で淡泊だし、フェロモンに左右されて苦しむ人も見ているし。


 姉も居るし、甥が生まれたばかりだし。


 問題は獣医の事、副業で出来るなんて思って無かったから、凄く嬉しい。

 きっと国の仕事で殆ど関われないだろうけれど、諦めてたからもう、本当に嬉しくて。


【おう、どうした護ちゃん】

「あ、真琴さん、獣医出来るって。嬉しくて、ミコお母さんはどう?落ち着いてる?」


【君が居なくなって暫く不安そうだったけど、大丈夫、食事は取れてるし排泄にも問題は無いんだけれど】


「あぁ、病気が有るんだね」

【未だに完治させる薬が無いからね】


 移ってしまう以上、病気の無い猫との多頭飼いは事実上は不可能。

 ただ、隔離された場所で生きる方が安全だし、庭を作ってくれる人も居るし。


「引き取れるかも確認してみるね」

【あぁ、ただ病気持ちは難しいと思う。隔離されているからこそ、場を保つには個体に問題が無い者を集めた方が良い筈だから。連れて行くならミーシャの4号が最適だと思う】


 34匹目に拾った猫の子供、個体が小さくてオッドアイだから片耳が弱くて。

 遺伝はしない筈なんだけど、未だに引き取り手が決まって無い子。


 可愛いんだけどな、大人しくて静かな子。


「そうだね、もう半年は過ぎてるんだし」

【ただ君の生活が第1だ、まだ調べてる最中なんだろうに】


「あ、うん、診察時間なのにごめんね」

【いや、そう忙しい時期でも無いから大丈夫】


「ありがとう、また後でね真琴さん、一緒にゴハンに行こう」

【あぁ、お母さんは出張か、じゃあ仕事が終わったら連絡する】


「うん」

【じゃ、また】


 両親は共働き、父は海外赴任、母は急に入った出張へ。

 姉は地方、だから猫は飼えそうなんだけど、父が酷い動物アレルギーで。


 父は年に2回は帰って来るし、その時に居心地が悪いのは可哀想だって。

 淡泊だし離れてるけど、愛は有るらしい。


 まぁ、一人暮らしをするまでの我慢だし、そもそも養われてる身分だったし。


 あ、電話だ。


「もしもし、どうしたの佐々木君」

【いやどうしたって、今日は学校休んでたじゃんよ、何か有ったのかなと思って】


「あ、ごめん、連絡しようと思ってたんだけど、送信し忘れてた」

【ダッサ、もうマジで心配して損した】


「ごめんごめん、大丈夫、元気元気」


【アレか、検査】

「かもかも」


【あー、βじゃないんだ、やっぱり】

「言えない時点でお察しだよねぇ」


【まさか、お前αか】

「はいはい、ウチ来る?母さん出張に行っちゃってさ、夕飯は真琴さんと行くんだけど、来る?」


【いや今日はカレーだから夕飯前に帰るわ】


 同級生がそう言い終えるかどうかで、家のインターホンが鳴った。


 何だろう、品物とか特に頼んで無いんだけど。

 宗教の勧誘かな。


「あ、何だ、家の前じゃん」

【いやほら、出掛けてるかもだし、寝込んでるかもだし】


「切るよ、上がったら手洗いうがいね」

【はいはい】


 大昔、人はとても多かったらしい。

 特に都心部には多く人が住んでて、一戸建ては夢のまた夢、庭付きなんて富豪の家だって。


 けど、今は人口が半分になった。

 だから無駄に家が広い。


 感染症の後にカビのコンボで、老人は殆ど居ない。

 大人も、子供も減った。


 陰謀論者は、カビが感染症を引き起こしたんじゃないかって。

 けど誤差が有り過ぎる、感染症が流行ってから何年も後に、カビが発見されたんだし。


「はい、どうぞ」

『お邪魔しまーす』


 彼の家はαとΩの夫婦、だから子沢山で6人兄弟姉妹の末っ子で、α。

 僕は知る気は無かったんだけど、αだっていきなり暴露してきた、僕を毛嫌いしない希少なα。


 αになら男女に関係無く、僕は毛嫌いされる。

 カビ分類について知らない頃は、どうしてなのか凄い悩んだけど、今はもう仕方が無いと思ってる。


 本能に支配されたがらない人も居る、佐々木君みたいに。


「麦茶か、それ以外」

『煎茶』


「好きだねカフェイン」

『麦茶は夏の飲み物、今は冬だし』


「分かんないなぁ」

『カフェインに過敏だもんなぁ、護ちゃん』


「ドキドキしちゃうからね」


 コレもΣの特徴らしい。

 カフェイン過敏で、痛覚も鈍め。


 だけなら良いんだけど、低血圧。

 凄く寝起きが悪いから、超早寝してるんだけど、少し前までは特に眠くて仕方が無かった。


 数値が安定する前の体調不良未満な不具合。

 ココでαかΣ、それこそαからΩに転嫁する時も、こうらしい。


 今夜も多分、真琴さんとゴハンを食べたら直ぐに寝ると思う。


 って言うか、お昼、食べて無かったんだ。


『凄い音がしたんだけど』

「ちょっと忙しくて食べて無かったんだよね、忘れてた」


『ピザピザピザピザ、蕎麦』

「じゃあピザで、1枚選んでて」


 隔離区域に有るかな、このチェーン。


『コレ、カニのクワトロ、はいクーポン』

「おぉ、この前の福袋のヤツ?」


『家族の半分が当たった、アイツら其々に登録してたんだよね』

「良いなぁ、ウチ数が少ないし、当たらなかったんだ」


『クリアファイル、要る?』

「要る要る、ピザがプリントされてるの珍しいし、食べれないかもだし」


『あぁ、やっぱΣなんだ』

「信じて無いワケじゃないけど言えないよ、罰金は嫌だし、お互いに面倒は嫌でしょ」


『俺は言ったのに』

「無理矢理見せられたって言うんだよアレは、って言うかアレ、セクハラだからね?」


『大人になったら気を付けるわ』

「もうそろそろ、残り数ヶ月なんだし、本当に気を付けた方が良いよ。顔は良いんだから」


 αは優秀、だから顔が整って無いと真のαじゃない。

 プライベートで、そう暴言を吐いたって晒されたアイドルがグループをクビになって、丸刈り謝罪動画を上げたり。


 顔でαだって信じて貰えなくて、結婚相談所を詐欺で訴えた人が逆提訴されて負けてたり。


 何で、優秀さが顔に出ると思えるんだろ、明らかに選民思想の残滓だし。

 殺人鬼だって、凄い無害そうな顔をしてたりするのに。


 扇動してる集団が居るって言うけど、本当なのかな。


『でも、実は護ちゃんもαだったりして』

「男がΩに転嫁すると、凄い寿命が縮みそうだよね」


 βの特性は開示されているけれど、αやΣの詳細な情報は開示されて無い。

 偏見や詐欺に使われない為に、その分類で無い限り、保護者や責任者以外は家族でも知る事は叶わない。


 Ωに転嫁した子を書類を偽装し他人に売り払う親が居たから、保護者とは別に責任者を任命させる事が出来る、要するに国による後見制度が確立されてる。

 コレは授業で教えられた事、本当に有るんだって驚いた、子を売る親がこの国に居るんだって。


『でも、凄い良いらしいよ』


 興味が有れば良い事に思えるけど。


「猫は辛そうだけどね、棘付いてるんだよ」

『ドМな猫なら喜びそうじゃん』


「居るのかね、ドМな猫。よし、20分で来るって、ピーク過ぎてるから早いね」

『早っ、ちゃんと焼けてんのかね?』


「見る?作ってる所」

『見る見る、アレ楽しいんだよね』


 大昔に食材で遊ぶ従業員が居たりして、悪戯とセクハラ防止の為に、この仕組みが出来たらしい。

 マスクと帽子で殆ど顔は見えないけれど、愛称が書かれた名札付きで、頼んだ品物の製造過程が見られる。


 気前が良い人はコッチが見てるサインが出ると、サービスしたりアピールしてくれる。

 けど、僕としては猫動画を見てる方が良いから、見ないで他の事をしてたんだよね。


 姉と2人だけの日が多かったから、家事が完全分担だったし。


「ねぇ、幾らするの?家政婦さん」

『あー、ウチは凄い使ってるからなぁ、料理だけなら日払いのバイトで収まるんじゃない?』


「あ、意外と安いんだ」

『それより合う合わないだよね、ウチも決まるまで5回は変えたもん。味もだけど、こう、態度とかさ』


「あー、そっか、ロボットじゃないんだもんね」

『そうそう、ウチはお稲荷さんが決め手だったらしい、レシピの抜けを発見してくれたんだって』


「おばあちゃんの秘伝のレシピだっけ」

『そうそう、お揚げを煮るのに砂糖じゃなくて黒糖で、けど酢飯の方は白砂糖でさ。やっとコレが本物だって爺さんが、お前、一緒に居たなら気付けよって感じだったわ』


「忙しかっただろうからね、カビが蔓延した後の研究員なんでしょ?」

『それなー、家に居られなかったって大袈裟じゃんとか思ってたけど、兄ちゃんが研究職に行ってマジで帰れないって泣き言言ってたからなぁ』


「あ、βの?」

『そうそう、爺さんの言う事無視して、マジで後悔してやんの』


「あぁ、また出たんだ、感染症」

『そうそう、国内に入っちゃって、内緒な?』


「もー」

『良いじゃんか、気を付けろよ護ちゃんも、今回のは移るからさ』


「あぁ、変異したんだ」

『みたいよ、渡り鳥は規制出来ないから、仕方無いんだけどさ』


 こうした変異も全部、カビのせいにする人も居る。

 それこそ自分の不幸全て、カビのせいだって人も。


 αにαの恋人を奪われたβが、生放送中に奪われたって主張して、焼身自殺を図った。


 けど、続報は誤解だって。

 それで収まるかと思ったけど、親族が暴露して、主張が本当だと世間に知られた。


 ちゃんと別れ話を納得出来るまでして欲しかったって、最後のメールがαを責める結果になって、その2人は国を出た。

 それで終わらなくて、強盗に襲われて2人は亡くなった。


 コレについても陰謀論が囁かれてたけど、僕は天罰だと思う。

 惹かれたのは本能、本能に抗えないのは仕方が無いけど、だからこそ理性で誠意を見せるべきだった。


 だって、子供にも不名誉は継がれてしまうんだから。


「凄いサービスしてくれるね、向こうにはどう見えてるんだろ」

『注文回数と閲覧回数だけ、出るらしいよ』


「へー、じゃあ初めてだからサービスしてくれてるのかな」

『マジで見ないんだ、勿体無い、タダなのに』


「家事と勉強が有ったし、猫動画の方が面白いと思ってたし」

『どう?面白いでしょ?』


「だね、嫌々作られて無いんだって分かると、楽しいね」


 嫌々世話をする人に、動物は懐かない。

 まぁ、嫌だと思って無くても向こうが嫌がる場合が有るんだけど。


 毎回、こうして作ってくれてたのかな。

 誰かの為に、喜んで貰う為に。


『ウチさ、αが多いからさ、こうやって出前する事が多いんだよね』

「家族には効かないんだよね?」


『そうそう、つか効いたら不味いしね』


 従姉妹よりも遠くないと、フェロモンは効かない。

 そこも、狼のグループ分類が適応された所以だと思う。


「あ、配送の人も映るんだ」

『後方カメラで事故も録画出来るしね』


「あぁ、成程」


『本当、疎いなぁ』

「だって時間が足りないんだもの、最近は殆ど姉と2人だけだったし、勉強有るし」


『獣医、出来んの?』


「それ、言って特定に繋がるかな?」

『いや、αも成れるからね、一応』


「へー」

『馬の発情を促すのに、個人雇用されるとかも有るけど、あくまで副業だよね。長居すると活発になり過ぎるから、常駐は無理だし、往診も状態を悪化させる可能性が高いし』


「あぁ、詳しいね」

『αだしね』


「はいはい」


『渋滞って、有ったんだってね』

「トイレどうするんだろうね」


『我慢、らしい』

「地獄じゃん、どうして車で移動するんだろ」


『現地でのレンタカーが高かったんじゃね?』

「あぁ」


『後で見るか、昔の動画』

「うん」


 大昔のニュースが見れる動画サイトでは、年代や日付を指定して観れるんだけ

ど。

 未成年だと、殆どがボカされてたりするんだよね。


 けど風物詩とか、風景だったりが見れるから、佐々木君は良く流してるらしい。

 何十年も前の同じ日付の映像を流しながら、勉強してるんだとか。


 無理、出来ないんだよねそれ。


『お、コレ近所じゃね?』

「うん、だね」


『置き配にしとけ、無症状でも保菌者だったりするから』

「うん、そうしとく」


 大昔は無かったらしい、置き配ボックス。

 便利なのにな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る