心世界~ネオ・ユニバースト~

中谷 獏天

Σの世界。

第1話 小泉 護。

 世界的な感染症の流行、その副反応により生殖率が低下し、このままでは本当に人類は滅びてしまうと結論付けられるにまで至った。

 そして世界中でありとあらゆる機関が生殖率を上げる研究へと資金を提供し、時に寄生虫にさえ手を出し、人々は氷河に眠る太古のカビへと辿り着いた。


 だが、そのカビは宇宙から齎された太古のカビ。

 蘇ったカビは瞬く間に世界中へと広がり、人々と共存を始めた。


 そう、繁殖率が劇的に上がったのだ。


 そうして最初は歓迎していた人々も、果ては様々な対抗手段を取る事に。

 寄生生物の猛威に気付いた科学者によって、トキソプラズマと同様に宿主への顕著な影響が発見され、排除が試みられた。


 だが、人々は受け入れるしか無かった。

 子を成したいと思う本能には、抗えなかった。




《はい、検査の結果ですが、βですね。強い免疫をお持ちでらっしゃる》


「はい、どうも、ありがとうございます」


 今の人類には、カビに影響される範囲によって第三の性とも言える分類がなされている。

 トキソプラズマにより行動を支配される狼に適応されていた分類が、その特性により人にも適応される事となった。


 α、Ω、β。

 そして更なる進化系とされる、Σ。


 βはカビから受ける範囲が最小限な為、安定した労働力を齎せる働き蟻の様な存在。

 それはある意味ではΣも同様、安定した労働力を齎せるが、αとΩの抑止力となってしまう為に隔離されている。


 そのαは、トキソプラズマに感染した狼同様、意欲的に行動する。

 カビは、人のテストステロンを増大させ、男女共に非常に積極的にさせる。


 それはΩも同様、αとの行為においてどちらが受け入れるかで、最終的にαかΩが決まる。


 今の男女には、生殖器が後から作り変えられる事は当たり前となっている。

 だが、カビの影響力に人は追い付けない、男は特に。


《アナタは男性ですから、相手次第では受け入れる側になっていた、それは最も体に負荷の掛かる変化。確かに運命の番なる都市伝説の事は私も知っています、遺伝的な相性の問題だと、ですが結局はお気持ち次第です。皆さん敢えて考えない様にしているのかも知れませんが、ウズラが最も惹かれるのは従姉妹、αやΩの従姉妹同士の婚姻が数多く出ていてもおかしくは無いんですが。ご覧下さい、コレが最新の割合です》


「意外と、少ないんですね」

《はい、そしてコレが男性が変化した場合のリスク評価です》


 女性は卵巣を精巣に変え、生殖器が変化するに留まる。

 片や男性は子宮に対応する内臓が無いと言っても過言では無い為、根本的に作り変えられる事で、様々な病気のリスクが増大してしまう。


 変化に伴い更年期症状の様な火照りや発汗、感情の激しい揺らぎに始まり。

 果ては、心筋梗塞まで。


 既に成人している人体を作り変えてしまう程、ホルモンが分泌される。

 つまりは、それだけ体に負担が掛かってしまう。


「こんなに、桁が違うんですね」

《はい、ですから多少健康を意識して頂くだけでアナタは長生きが出来る、けれども男性のΩの平均寿命はコチラです》


 何時の時代の平均寿命なのかと思わされる程、短命。


 病への抵抗力はαで有れば強いのですが、Ωとなれば他と同等の免疫力となる。

 そして出産は命懸け、未だに出産時の母体の死亡率は0では無い、しかも変化を迎えた体ともなれば。


 リスクは劇的に上がる。


 カビのお陰で出生率は確かに上がった。

 けれど母体の死亡率は他よりも格段に上がってしまう、けれど。


「知り合いは、とても仲が」

《狼も同様、相手が死ねば次の相手を求めるのがα、そして選んだ相手によってΩになる事も有る。生きる事に関してはリスクの高い人生なんですよ、αやΩは》


 潜在的なΩを探し出す研究もされてはいますが、追跡調査の結果により予測は容易く覆され、αらしい者がΩに転嫁した事例は数知れず。


 体格、外見に滅多に差異は出ない。

 それはβでもΣでもαでも同じく、ある程度個体が育つまでは、カビは人に影響を及ぼさない。


 コレに関しては、既に数多くの研究結果が出ている。


 仮にαらしいα、Ωと特徴付けられてしまっては、遺伝子の多様性が失われてしまうからこそ。

 そうなっては寄生生物も再び滅びる事になってしまい、宿主共に損でしか無い。


 生き物とは、如何に個体数を増やすか、本能的に選び行動している。


 但し、例外も存在している。

 あまりに種の特徴が付き詰まってしまうと、結局は滅びの道を歩む事になる。


 大きい程にモテる蜘蛛の種が、先日、野生の個体が確認されたのを最後に3年が過ぎた。

 事実上の絶滅宣言だ。


 研究の為にもと、相変わらず飼育はなされている。

 果ては蚕の様になるのだろうかと、繊維業界から期待が掛けられているが。


 人類学者は絶望していた。

 いずれαらしいαが誕生し続け、転嫁しなくなる者が増えれば、人は行き詰まる。


 その果ては、絶滅だ、と。


「すみません、ありがとうございました」

《是非、専門機関で再度情報を得て下さい、人の言う事が全て間違いだとは言いませんが、どうしてもバイアスは掛かってしまいますから》


「はい、ありがとうございました」

《いえ、では健康に甘んじず、何事も程々になさって下さいね》


「はい」


『どうしても、憧れてしまうんですね、特別だと言う事に』

《まだ若いですしね、情熱的な知り合いが居るとなれば余計に、でしょう。次の方のカルテは、あぁ》


『α、ですか』


《では、次をお願いします》

『はい。38番さん、3番診察室へ、診察券の提示をお願い致します』




 この世界の仕事選びは、カビの影響分類と性別がカギとなる。

 僕は、Σと認定された男。


《はい、では名前と住所、生年月日をご確認下さい》


「はい」

《では、コチラが認定証になります。肌身離さずお持ち下さい、もし無くした場合は直ぐに最寄りの警察機関へ、尚再発行には手数料とお時間を頂きますのでご了承下さい》


「はい」

《別途の資料を保管の際は鍵を、破棄する際はシュレッダーにかけ処分を、シュレッダーや鍵のかかる物が無い場合は、コチラの割引券をご使用下さい》


「はい」

《コチラで以上となりますが、何かご質問は》


 コレから僕はα、Ωの抑止力として国に強制雇用がなされる。


「こうした受付業務に就いている方は」

《母数が少ないですので、そういらっしゃらないかと、生憎と私は違う分類ですので詳しくはご説明が出来ないんです》


「あ、そうなんですね、てっきり」

《はい、他の分類との兼任ですので》


「ですよね、すみません」

《いえ、詳しくは別途の資料で知れるそうですから、ソチラに相談窓口も有る筈です》


「はい、ありがとうございます」

《では、他には何か有りますでしょうか》


「いえ、ありがとうございました」

《はい、では》


 もし叶うならαに、そう願っていた。

 動物に対しても好かれるのがα、対するΣは強制的に大人しくさせてしまう為、時に群れのリーダーからは酷く嫌われてしまう事が有る。


 なりたかったな、獣医か飼育員に。


 《なーん》


 あぁ、この子は妊娠しているんだ。

 洗濯ネットは、うん、持ってる。


「よし、いつでもゴハンが食べられる良い場所に行こうね、お母さん」


 ΣはαやΩの影響を全く受けないどころか、発情を抑止させる能力、所謂フェロモンの効能を持っている。

 だからこそ影響力を削ぐΣを、αは忌避する傾向が強い。


 けれど、対するΩや妊娠している者には、それこそ動物にすら好かれる。

 保護される為、お腹の子を守る為に、僕の庇護を受けたがる。


 分かっていた。

 検査の結果が出る前から、分かっていた、自分はΣかも知れないと。


 どうしてなのかαらしき者に目の敵にされ、番が居る筈のΩに親し気に近寄られ、それが更にαの気に障り。


 完全に悪循環の中に、身を置かなくてはならなかった。

 閾値を超えなければ結果としては何者なのかが定まらない、検査の結果の数値が一定数を超えない限り、分類は決まらない。


 どんなにαの様で有っても、βとの結果が出る場合が有る。

 行動や雰囲気より、血液検査の結果で分類される。


 それがカビの影響分類法。

 決して人格や人生を決められるワケでは無い、Σで無ければ。


 《なーん》


「もう着くよ、ほらあそこ、知り合いの動物病院なんだ。検査とかするけど大丈夫、暖かいし、美味しいゴハンが食べられるよ」


 親戚が営む動物病院。

 近所だからこそ、良く遊びに行っていたし、大変さも理解している。


 だからこそ、最適かなと思ったんだけれど。

 本気でΣについて学ばないとね、その権限も与えられたんだし。




《どうだった、まもるちゃん》

「お察しの通りです、って言うか分かってますよね、言えない時点で」


《ほら、私みたいなβも居るし、万が一も有るからさ》


 私はαだろうと言われていた、β。

 この護ちゃんの従姉妹。


 だからこそ、βだけは分類をオープンに出来る。

 個体数の多さは勿論、周囲への影響が全く無いからだ。


 例えば、αだと明示してしまうと、襲われただの発情を促されただのと因縁を付けられる原因となってしまう。

 そんな時にβだと開示すれば、ただの因縁付けだ、となる。


 それはΣも同様なのだけれど。


 長年に渡りΣが近所に住んでいたからこそ、ウチは不妊だったんだ、と。

 実際にそうした提訴問題が起きた、まぁ、良く調べれば単なる相手の浮気だったんだけれど。


 確かにΣは発情を抑制する。

 けれど、それは男のαにだけ。


 女性には別の効能が出るとの結果が、提訴により開示される事になった。


 妊娠継続率の上昇。

 そうした理由からも、Σの分類提示は厳禁とされている、コレも誘拐事件が起きたからこそ厳禁となされた。


 なら、αと混同された場合はどうするか。


 資格を持つ立ち合い人が確認し、嫌疑を晴らす。

 コレは弁護士資格とは分けられた存在で、βのみが資格を持つ事が出来る。


 私も資格を得ようとしたのだけれど、兼業が禁止されているし、席も限られ忙しい。


 だからこそ諦めた、護ちゃんと居る為にも私は獣医を継いだんだし。

 忙しくて会えないなら本末転倒だ、と。


 けれど本当にΣとなれば、どの道会えなくなってしまう。


 彼は隔離され、コレから妊婦と過ごす事になる。

 そして合間にはαや死別したΩの抑制に駆り出される事になる。


 何故、どうして私がこんなにも知っているのか。


 それはΣの知り合いが居るからだ。

 Σは獣医の兼業が可能だからね、だからこそ私も獣医となったんだし。


 あぁ、知っているのかな、護ちゃん。


「もう、ココにはあんまり来れないんだよね」

《私が会いに行けるから大丈夫な筈だよ、大丈夫、ちゃんとマニュアルを読んでからだ》


「うん、ありがとう真琴さん」


 私は、αで無くて良かったと思う。


 Σとαは相性が悪い、それこそ国から接触を避ける様にと言われる程。

 αの有用性さえも無効化し、長期間接すればβ化させるからかも知れないからでは、と。


 αは本能的にΣを忌避する。

 それが双方に起きれば良いモノを、Σにαを気取る事は不可能。


 彼はαから謂れの無い嫌がらせを受け続けていた。

 なのに、とても良い子に育った。


 だからこそ、βで有れば良いとすら思っていた。

 βにこそ最も自由が有る、そしてαやΩからの影響を僅かにでも受け、生殖率を上げる事が出来る。


 けれどΣは。


 いや、Σの女性の方が生殖率が最も低いんだ。

 彼は男、まだ希望は有る。


 何より、私が居るのだし。


《結婚しようか、護ちゃん》

「はいはい、ちゃんと連絡するから心配しないで、家に帰ってちゃんとマニュアル読むから」


《そうだな、護ちゃんにも選ぶ権利は有るんだしな》

「真琴さんにもね、じゃあ宜しくね」


 《うなんな》


「うん、またねお母さん」


 護ちゃんが拾って来た動物は、コレで35匹目。

 彼こそ平和の象徴だとすら私は思う。


 けれど、差別はいつの時代にも起こる事。

 しかも利益が絡むから質が悪い。


 見方によっては生殖率を下げる存在、悪しき存在だとする集団も居る。


 だからこそ、彼らΣが隔離され管理される事に同意せざるを得ない。

 国によってはΣと思われる存在が家族により早期隔離され、逃げ出した者が住民により虐殺され、検死によりαだったと証明された事例も有る。


 そして真の人類の正しい姿だからこそ、Σ同士を交配させΣを生み出そうとする団体も。


 他人が生き方を決める事こそ、最も愚かしい行為の筈が。

 愚か者には、その理屈は立場により変化するらしい。


 私は、どうであれ他人に生き方の全てを決められる事は、最低限で有るべきだと思う。

 単なる男と温泉には入りたく無いしな、最低限の分類は必要、医療にしても生きるにしても。


 自称大人、自称子供に好き勝手されては困るのと同じ様に、被害者の皮を被った加害者に好きにさせない為。


 《うなんな》


《はいはい、護ちゃんはまた来てくれるから大丈夫、お前はもう安全地帯に居るから大丈夫だよミコちゃん》


 最初は名前を色々と付けていたけれど、貰われた先で名は変わるし。

 8匹目辺りで名前の在庫が尽きてしまったから、ごめんよミコちゃん、語呂合わせで。

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