第20話 subroutine 大佐_報告
私は上官への報告のため、
この惑星に不時着した艦だ。動かせるが、宇宙にあるブラッドノアへ帰る分のエネルギーを考えると無闇に動かせない。
「巡回途中だが戻った。少将に話がある」
「大佐殿、何かあったのですか?」
「気になるものを発見してな……報告しておこうと」
「…………」
面倒臭い佐官だと思っているのだろう。下士官たちは怪訝な表情をした。
露骨に態度に出すのは感心しないが、目くじらを立てて怒っては兵の士気にかかわるだろう。それに階級は上の私ほうが上だ。刃向かうことはない。
貴重な時間をすり減らしたくないので、AI同士でやり取りできればいいが、生憎とこの森周辺は磁場が悪い。通信どころか、外部野のデータのやり取りでさえ阻害される。まるでジャミングされているようだ。
まったく厄介な惑星だ。
惑星調査の専門家がいれば、少しはマシなのだろうが……。
コミュニケーションもそこそこに、なかに入る。
非常用電源で動いている艦内は薄暗い。
インジケーターや監視用のディスプレイのみが光源だ。
そんななか、ぼんやりと浮かびあがる上官の影があった。
スピーカー越しに上官の声が聞こえる。
「大佐がわざわざやって来るとは……何か収穫はあったのかね?」
声の主は私の敬愛する上官だ。ブラッドノア脱出の折、味方からの砲撃で身体の三分の一を失った。おかげで動くとこもままならず、培養液にその身を漂わせている。
身動きのとれない状態ではあるものの、優秀な頭脳は健在だ。ただ、脳にもダメージを負ったようで、以前に比べてレスポンスは遅い。
士気が落ちぬよう、部下には音声変換の際に生じる遅延だと伝えているが……。
「はっ、周囲に怪しい人影がありましたので、フェリポ少将の指示を仰ぎに戻りました」
「人影……和睦したサタニアの連中ではないのか? しかし妙だな。連中にはこの場所を教えてないはずだ。あとでも跡を付けられたか?」
「いえ、身なりからして話に聞いているベルーガの国民だと思われます」
「ふむ。それで、そのベルーガの国民がなぜここに?」
「会話を聞く限りですと、調査的に森の魔物を間引いていたようです。聴覚を強化して話の内容を聞いたのですが、大掛かりな間引きはしないようです」
「貴官はどう考える?」
「言葉通りの意味かと……」
「そうか……」
落胆したかのように言うと、フェリポ少将は黙り込んだ。
「何か問題でも?」
「そうだね、問題だ。君にも考えてもらいたい。一体何が問題なのかを」
フェリポ少将はときおり、このようなことを口にする。生徒を試すような問いかけ。士官学校の教官を勤めていただけあって、先生のようだ。
「これといって問題はないと思いますが」
「三〇点」
「……すみません」
「謝ることではない。一緒に考えていこう。まず間引きをしていた連中についてだ。規模は?」
「十名」
「この森は広い、加えて魔物と呼ばれる凶悪な獣も……。間引き作業をしていたとするなら、数が少なすぎる。近くにある都市――ガンダラクシャの人口は百万を超えると聞いている。話半分だとしても五〇万はいる計算だ。それを考えると、間引きに従事した人数は少なすぎる」
「……たしかに。ですが、手分けして間引き作業をしていたとい線も捨てきれません」
「そうだとしてもだ。我々が惑星に降り立った場所――小高い岩棚周辺には強い魔物が多いと聞く。そこへ、たった十名。おかしくはないだろうか?」
「
「質問を変えよう。仮に偵察部隊を送り込むなら、君ならどのような編制をする?」
「失っても、それほど惜しくない…………はっ!」
「わかってくれたようだね。そうだ、魔物が脅威ならばそこへ貴重な精鋭は送り込まない。失っても惜しくない連中を送り込んでもいいが、それだと正確な情報を持ち帰ってこないだろう。正確な情報は有用だ。軍隊を運用する者ならば、兵の
理路整然と軍隊運用論を語る口調は穏やかで、軍人らしくない。将官としては威厳に欠けるものの、その知性は本物だ。
ときおり、士官学校では習わない指揮官のイロハを教えてくれる。
理想の上官だ。帝国の名将、ウィラー提督の代理を任されるだけはある。
「……では、ベルーガの国民は本格的に間引き作業に移るのですか?」
「その可能性は低いだろう。この場合は、魔物の間引き以外の用事で来たと考えるべきだ」
「ですが、連中はたしかに間引きだと言っていました」
「それが不自然なのだよ。あの場所は君たちのゴミ捨て場だ。そこから何かを
「ゴミ捨て場と言っても、魔物の骨や皮ばかりですが……」
「ようく考えたまえ。獣の作法と人の作法の差を」
思考する。特におかしなことは思い当たらない。
「気にしすぎでは?」
「では問おう。獣が魔物を食い散らかしたあとと、君たちが解体したあと、同じに見えるかね?」
「あっ!」
そこでやっと理解した。
私たちは刃物を用いて魔物を解体した。森の獣なら食いちぎる。
そう、歯型というあるべき物が無いのだ。
そういえば、大声で間引き云々を口にしていた青年は、あれらの残骸を見ていた。この惑星の住人の思考能力から察するに、私たちの存在に気づいたとは思えない。
しかし、あの一行は小綺麗な身なりをしていた。それらの情報から類推するに、あの青年は知識ある貴族もしくは学者だったのかもしれない。
「連中を生かして帰したのは不味かったですね。いまからでも追って始末を……」
「それこそ
「では一体どうすればいいのですか?」
「いざというときのために準備だけはしておこう」
「準備? 迎撃用ドローンや自律型セントリーの修理が終わったのですか?」
「残念ながらまだだ。現状、可能な手段はスパイを送り込むくらいだろう」
「スパイ? で、誰を?」
「君だよ大佐」
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