第19話 目的地到達



 ヤキニクパーティーの翌日。

 恐れていた事態が発生した。口臭だ。


 ふんだんにニンニキをつかったせいで、みんなの息が臭い。

 みんなの体臭と呼気だけで、魔物に位置がバレるのではと思うくらいだ。

 持参の小樽の酒を飲んでいた鍛冶士兄弟なんかは特にだ。


 あっ、でもニンニキって魔物除けアイテムだったな。


 魔物が近づいてこないのは嬉しいが、この臭いはたまらない。

 こんなことなら、口臭予防のハーブ飴も持ってくるべきだったと後悔する。


 そうこうしているうちに、隆起して地層の見える小高い丘――お目当ての岩棚にたどり着いた。ここが鉱物資源が眠っている場所だ。


 岩を削ってサンプリング、今回の調査は終了。詳しい分析は後日、ポンコツ降下艇から調査機材を運んできてからだ。


 あとは領地に帰るだけなのだが、マリンが妙な物を発見した。

「ラスティ様、魔熊の死体です」


 魔熊といえば大呪界でも最上位に位置する強敵だ。

 その死体が転がっているので、しらべることにした。


「白骨化していますが、ずいぶんと綺麗ですね」


「綺麗?」


「ええ、普通はほかの魔物に食い荒らされて骨が散らばったり、砕けたりするものです。それに不敗が進むうちに骨が黒ずんだり……。ですが、これにはそういった痕跡が見当たりません。」


「そういえば、やけに白い白骨死体だな」


「はい、形がしっかり残っていたので魔熊と判断できました」


 骨をしらべる。


【フェムト、白骨死体から死因を割り出せるか?】


――難しいですね――


【可能な限りでいい、しらべてくれ】


――やってみましょう――


 しばらくして返ってきた相棒の答えは、

――人の手によるものだと推測されます――


【根拠は?】


――骨にちいさなきずが複数あります。刃物によるものだと断定されます。おそらく魔熊を解体した際にできたきずでしょう――


【熊って食えるのか?】


――熊の手や胆嚢たんのうが、食用や医療薬として利用された歴史があります。可食もあったのではないかと……――


 微妙な答えだ。


 部分的には可食可能なのだろう。だとすると、ほかも食べた可能性がある。

 武器を持つ魔物はゴブリンくらいしか知らない。あいつらならやりそうだが、比較的弱い魔物だ。強敵の多い、大呪界の奥深くで生息しているとは思えない。

 となるとゴブリンの上位種か?


 ひさびさに光学式スキャナーを取り出して、精密スキャンを試みる。


――判明しました。人によく似た魔物の可能性が濃厚です――


 周辺の茂みをしらべる。

 足跡が見つかった。


 冒険者や騎士は、滑りにくいブーツを履いている。靴底に凹凸のついたブーツだ。大抵は木でできていて、上等な代物でも中途半端な天然ゴムだ。そのせいで歩き心地が悪い。長時間の行軍には向かない粗悪品。そういったブーツを履いているのなら、足跡はしっかりと残っているはず。それが無い。


 素足の足跡ならば魔物の線が濃厚だが、どうやら滑り止めのない履き物を履いているようだ。

 未開の部族を連想したが、そうした連中ならば骨は貴重な資源のはず。肉だけ持っていかず、骨も一緒に持ち帰るだろう。


 もしかして足跡を消したのか? となるとかなり知恵の働く奴だな。


 確証は無いが、人が住んでいるように思えた。それも知恵のある……。


 魔山デビルマウンテンに魔族が住んでいたのだ。ここにも、なんらかの種族が住んでいてもおかしくはない。

 いまもどこからか俺たちを見ているかもしれない。


「長居は無用だな」


「そうですね。ラスティ様の予想通り岩棚がありましたし、おそらくここが鉱脈なのでしょう」


 マリンは屈託無く笑う。怪しい謎の存在に気づいていないのだろう。


 目的も達成したことだし、早々に帰ることにした。

 敵対者と思われては危険だ。今回は少人数で来ているし、戦力が未知数の敵と戦うのはよろしくない。


 近くに潜んでいるかもしれない謎の存在に聞こえるように大声を出す。

「森の魔物もだいぶ間引いたな。討伐隊を送り込む必要はない。調査も終わったし報告に戻るとしよう」


「そうですね。これといって魔物と遭遇しませんでしたから」


 明るくマリンが返すと、護衛のガモウは厳めしい顔で窘めた。


「姫、魔物を侮ってはいけません。今回はたまたまでしょう。それに魔牛の群れもいましたし、手放しに安全とは言い切れません」


「ガモウ、私に意見するのですか」


「はい、護衛を任されておりますので」


「ラッシュバーンに言いつけますよ」


「かまいません。将軍も私と同じ意見でしょうからお叱りはないかと」


「…………」


 ベルーガの大甘な守護騎士とはちがって、魔族の護衛はお硬い。

 険悪ムードに発展しつつあるので、仲裁に入ることにした。


「二人とも落ち着いて。そのことについては領地に戻ってから話しあおう」


「ラスティ様が仰るのなら、私はそれでいいです」


「婿殿、あまり姫を甘やかさぬよう願います」


「ガモウッ!」


「まあまあ、落ち着いて」


 相性の悪そうな二人を宥めて、早々にその場を去ることにした。


 荷物をまとめ、スレイド領へ引き返す。

 森に入ってすぐさま、フェムトから通信が入った。


――岩棚の上に人影を確認しました――


【ドローンからの情報か?】


――いえ、大気が不穏な動きをみせたので……――


 ドローンの目をあざむくとは…………。軍事用では無いものの、ドローンの索敵能力は高い。故意に存在を隠していないのなら発見できる。それに引っかからないとなると…………。


――宇宙軍の生き残りの可能性があります――


【どのくらいの確率だ?】


――三%未満ですが――


【根拠は?】


――軍事用ドローンの目を欺いたとなれば軍属でしょう。しかし今回もちいたのは惑星調査用のドローン。そこまでの確証はありません。たまたま姿を隠す特殊能力をもった魔族のような存在がいた可能性があります。軍属というのは、あくまで可能性の話です。そもそも宇宙軍の兵士と遭遇する確率自体が低いですからね――


 正直でよろしい。


 となると、魔族のような特異な力をもった種族か。なんせ魔法が存在する世界だ。宇宙軍の兵士並みの集団がいてもおかしくない。


 しかし不気味な存在だ。

 俺たちは十人しかいないのに仕掛けてこない。このことから推測するに、謎の存在は俺たちよりも数が少ない可能性がある。ならば数さえ揃えればどうにかなりそうだな。


 事を荒立てる気は無いが、次はもっと大人数でこよう。


 この岩棚までそれなりに距離がある。領地から道を造っている間、ドローンに監視させるのも手だ。森の外限定になるが、岩棚の端周辺は隆起した地層のせいか岩肌が剥き出しで樹木は無い。上空からの監視を妨げる障害物も無いので、監視できそうだ。

 時間に余裕もある、焦る必要はない。じっくり腰を据えてとりかかろう。

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