第21話 先輩後輩



 領地近辺の魔物も減ってきたので、冒険者ギルドに出している魔物討伐の依頼を取り消すことにした。


 俺の領地に新しくできた冒険者ギルドへ行くと、既視感のある人物を発見した。

 冒険者ギルドに併設されている食堂で果実酒を飲んでいる、キツい目をしたスレンダー美人だ。

 ぼろぼろのフード付きマントを羽織り、腰に吊している得物の柄を覗かせている。ベルーガでは見たことのない細い柄だ。


 俺はそれを知っている。〝カタナ〟という反り身の細身剣。惑星地球に古代実在していたという〝モノノフ〟の武器だ。


 フードをおろした黒髪黒眼の美人女性は、身なりこそ惑星風だが用心深くカタナの柄に手をかけている。引っ詰め髪を揺らすことなく、黒眼を動かして周囲を警戒している。隙の無いたたずまいから訓練を受けた兵士だとわかる。


 間違いない、宇宙軍の仲間だ。それも見知った……。


 カウンターでエールを受け取り、女性の陣取っているテーブルに腰かける。

 女性は一度、ギロリと睨みつけてくると、それっきり興味がなさそうに果実酒の入ったグラスを傾けた。


 ん? 人違い? 顔見知りに似ているだけの高ランク冒険者だったのだろうか?


 そんなことを考えていると、美人はあらぬ方を向いた。そのまま言葉を紡ぐ。

「キョロキョロするな。目立つぞ、スレイド後輩」


「よかった、俺の見間違いじゃなかったんですね。キョウカ先輩」


「むっ、馴れ馴れしいぞ。私のことはヒイラギと呼べ」


「ああ、すみませんヒイラギ先輩」


 このやり取りからもわかるように、彼女――キョウカ・ヒイラギは士官学校時代の先輩だ。

 それにしても意外だ。キョウカ先輩は成績優秀な訓練生で、士官学校卒業後エリートのみが進める士官大学へ入ったはずだ。

 士官大学といえば出世組。それなのに、なんで惑星調査艦に配属されたのだろう?


「先輩もブラッドノアに乗っていたんですよね」


「当たり前のことを聞くな」

 冷たく言い放ってから、横目で睨んできた。学生時代と変わることのない冷淡な態度。


 ZOCの襲撃によって、この惑星に降りてきたのだろう。それなら、もっと事情を聞いてきたり、ほかの仲間のことに触れるはずだ。それが無いというのはおかしい。

 鉱脈調査の折り、フェムトが発見した謎の存在も気になる。

 宇宙軍の仲間との再会だけど、手放しで喜べないな。


 念のためさぐりを入れることにした。

「どうしてここへ?」


「言うまでもない。。調査に来て然るべきだろう」


「あー、それを再現したのは俺ですが」


「だろうな。君は軍人に向かない家庭的な男だった。出会ってから思い出した。ヘルムートとか、グッドマンとか、もっとマシな同僚と会えると思っていたのにがっかりだ」


「あのう、そのヘルムートなんですが……」


「死んだのだろう」


「…………」


「つづきを聞くまでもない。口調でわかる」


「先輩の仲間は?」


「一人だ。緊急脱出用のポッドで降りてきた。ブラッドノアからの脱出に必死だったので、ほかの仲間については知らない」


「あのう、もし泊まるところが決まっていなければ、俺の家に泊まっていっていきませんか?」


「家だと? 貴様、この惑星で何をしていた?」

 殺意のこもった視線を投げかけてきた。


「仲間捜しのために生活基盤を……」


「それで、いまは何をしているッ!」


「……領主なんかを」


「呆れた男だ。いくらブラッドノアの襲撃から一年以上経っているからいって、この惑星に生活基盤を築くとはな。君には軍人としての誇りはないのか?」


「誇りでどうこうなる状況なら、あの世までだって持っていきますよ。軍人としての誇りでどうにもならないから、生計を立てることを優先させたんです」


「…………」

 図星をつかれたようで、キョウカ先輩は黙り込んでいる。言い過ぎたか?


「すみません。俺もそれなりに苦労してきたんで、つい頭に血がのぼってしまって……」


「いや、かまわない。私も強くあたってしまった。すまない」


「さっきのつづきになりますが、一度、お互いの情報を交換しませんか?」


「こちらが話せることは少ないぞ。スレイド後輩は惑星調査課に属していたのだろう。ならば私よりも知りえた情報は多いはずだ」


 鬼教官といい、この先輩といい。宇宙軍の女性は面倒臭い。

 真面目、不真面目のブレ幅が大きく、真面目な人は石のように堅い頭をしている。先輩もそんなお堅い女性の一人だ。


 ともあれ、話の場を設けることには成功した。敵対しそうな感じでもないし、さりとて協力的とも言い難いが。

 まあ、いきなり殺し合うという最悪の展開ではないので、マシなほうか。


 まだ完全には信頼できないな。


 鉱脈のある岩棚を見張っているドローンの報告次第だな。もし、あれっきり謎の人物があらわれなければ、キョウカ先輩が怪しいということになる。

 大切なことだ。時間をかけてじっくりしらべよう。

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