第22話 尻に敷かれる
士官学校時代の先輩を我が家に招待したら、妻二人から刺さるような視線をいただいた。
嫌な予感しかしない。
「あなた様、大切なお話しがあります」
「ラスティ様、ちょっとこちらに……」
キョウカ先輩を応接間に残して、隣室へ。
扉を閉めるなり、ティーレとマリンに太股を抓られた。
「痛ッ! 何をするん…………」
何をするんだと言い切るよりも先に、問い詰められる。
「あの女は何者ですか?」
「詳しく事情を説明してください」
二人の妻は引きつった笑みで、俺の言葉を待っている。
こういうときは逆らってはいけない。言い訳も逆効果らしく、悪くなくても謝るのが正しい答えだと、妻帯者の先人たちから聞いている。
ためになる体験談に
「すまない、突然のことだったから連絡する暇がなかった」
「そういうことを聞いているのではありません。あの女は、あなた様とどういう関係なのですかッ!」
「包み隠さず真実を教えてください」
妻たちの機嫌がさらに悪くなった気がする……なぜだ?
「えっと、彼女のことを説明すればいいんだな」
「……彼女ッ!」
「…………!!」
頭のてっぺんの髪を真上に摘まみ上げたように背筋を伸ばす二人。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
「私という者がいながら、あのような女と付き合っているのですかッ!」
「ラスティ様、あの女と、もう〝おせっせ〟なされたのですかッ!」
彼女という単語一つで素晴らしい食いつきである。
素直に説明すればいいのだが、血走った目を向けてくる二人が怖くて言葉を継げない。
二人して、ぐいぐい俺を揺さぶってくる。視界が激しく揺れる。なかなかのパワーだ。
「どういうことなのですか、なぜ何も仰らないのですかッ!」
「私たちという者がいながら、〝おせっせ〟を……〝おせっせ〟をなされたのですねッ!」
これ以上、あつかいが酷くならないうちに、キョウカ先輩との関係を説明した。
「士官学校の先輩?」
「一年上の先輩だ。合同訓練とか、模擬戦とかで何度かかち合った先輩でね。ある意味、好敵手だったよ」
本当のことを言った。
それ以外はぼかしてある。俺がキョウカ先輩と張り合えたのは実技だけだ。座学は比べることもなく負け確定。そりゃあ相手は学年トップのエリートだしね。
キョウカ先輩は士官学校を卒業して軍の大学に進んだと聞いている。そこを卒業していれば佐官からのスタートだ。実戦経験は俺のほうが豊富だけど、階級は向こうのほうが上だろう。最低でも中佐、もしかすると少将かも知れない。
尉官の俺とちがって、ブラッドノアの機密事項にも詳しいはず。
俺がコールドスリープ区画からパージされた後のことを知りたい。だから屋敷に招いたのだ。
その辺の宇宙軍事情は、いくらティーレたちでも打ち明けられない。
当然、あっさりとした説明になってしまう。
「……本当ですか?」
「
こうなるよな……。
「じゃあ何を話せば信じてくれるんだ? 先に言っておくけど、先輩後輩の間柄だからそれほど親しいわけじゃない。彼女のことも成績優秀な生徒だったくらいしか知らないんだ」
いままであまり深く突っ込んでこなかったティーレが動く。
「では家のことや、家族のことも知らないと?」
「当然だろう。そもそも士官学校の外だと、道場でしか会わないんだから」
「道場?」
「士官学校とは別に格闘技をやっていてね。その関係だ」
「では休日はどうしていたのですか?」
「そりゃあ、羽根を伸ばしてゆっくりしてたよ。あと、生活必需品の買い出しとか、仲間と気晴らしに遊びに行くとか」
「そのお仲間に、あの女もいたのでは?」
「無い無い。士官学校は、原則、不純異性交遊禁止だからな」
「ふじゅん……いせい……こう……?」
「男女のお付き合いは禁止って、お堅い規則があるんだよ。それを破ったら退学だからね」
「そ、そうなのですか……」
ティーレはいまだ疑いを拭い切れていない様子。形の良い
どうやらベルーガでは学生のイチャイチャは容認されているらしい。羨ましいことだ。
あまり必死になって弁明しても、かえって疑われるだけ。これくらいでいいだろう。
一段落したと思ったら、お次はマリンだ。
「ラスティ様、本当にその女とは先輩後輩の間柄なのでしょうか? それ以上の関係でないと断言できますか」
「できるよ」
「……即答ですか」
疑いも晴れたと思って安心した瞬間、マリンがとんでもないことを言い出した。
「ではそれを証明してください」
「ど、どうやって」
目に見えないものほど証明が困難なことはない。どうやってキョウカ先輩と男女の関係じゃないって証明するんだ?
ティーレも同感らしく、目を見開いたまま成り行きを見守っている。
「簡単なことです。その先輩という女性には悪いのですが…………」
耳を疑うような提案だった。
たしかにそれなら俺の無実は証明される。しかし、新たに別の問題が生まれるのでは?
「それはいくらなんでも……」
やりすぎだ、と抗議しようとしたら、ティーレが割り込んできた。
「名案です。さすがはマリンッ!」
こうして俺は、自分の意志に関係なく、あることを実行させられる羽目になった。
あの先輩の気性を考えると完全に悪手だ。
座学だけでなく、実技もそこそこできる先輩だから、きっと一波乱あるだろう。
しかし、そんな事情を知らぬ妻たちは「やれ」と目で訴えてくる。
……胃が痛い。
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