第23話 今がその時!
応接室に戻ると、キョウカ先輩は優雅に紅茶を飲んでいた。
「話はすんだのか?」
「ええ、まあ、一応は……」
「スレイド後輩、歯切れの悪い返事だな。何か問題でもあったのか?」
「いえ、そういうことでは…………」
なぜか妻二人が二の腕を抓ってくる。
「とてもそうは見えないが……。ところでそちらの二人とはどういった関係なのだ?」
「二人は俺の……」
ティーレとマリンの紹介を始めようとしたら、それよりも先に二人が口を開く。
「正妻ですッ!」
「妻ですッ!」
同時に言って、そのあとティーレは、ふふんと胸を張った。一方のマリンは「裏切ったな」と言わんばかりの表情でティーレを見ている。
隣室では素晴らしいコンビネーションを見せてくれた二人だが、どうやら一枚岩ではないらしい。今後、この件でも一波乱ありそうだ。
……泣ける。
キョウカ先輩が無言で親指で来いと合図を送ってくる。
修羅場しか思い浮かばない……。
妻と士官学校の先輩。どちらに逃げても争いは避けられないだろう。
諦めて先輩の指示に従う。
側に行くと、険しい表情で小言を言われた。
「ブラッドノアの襲撃からまだ二年と経っていない……それなのに妻を
「これには深い事情がありまして……」
「誰にだって事情はある。私もそうだし、ほかの仲間たちにも事情があったはずだ。私のように生き残った仲間を探しているのならば非難はしない。軍属たる者、仲間や上官との合流に尽力するのが当然ではないのか? それが妻だと! 君は一体何を考えているんだッ!」
正論ど真ん中の直球ストレートだ。
本来の予定とはちがう、未知の惑星に降り立ったのだ。遭難状態である。当然のことながら、仲間と合流して拠点を構築するのが定石。
キョウカ先輩からすれば、仲間との合流も果たさず家庭を持っている俺は不良軍人以下なのだろう。だから、そのことを責めているのだ。
だって仕方ないじゃん。成り行きでこうなったんだから……。
先輩はかなり苛立っている。やたらティーカップの縁を指で撫でている。
ティーレたちの指示にあったアレを実行するのは命懸けだろう。かなり難易度の高い任務だ。だが、ここまで来て逃げるわけにはいかない。
夫として腹を
「俺だって仲間を探しています。ですが、この国――ベルーガが戦時中とあっては動けません」
「それこそ
ぐぅッ! 度重なる正論に言い返せない。
「……お、仰る通りです。ですから暫定的な拠点をここに設けたのです! この領地がそれです」
「…………」
疑いの眼差しを向けてくる。俺にはわかる。「おまえ、都合のいいこと言ってんじゃないよ」と目で訴えかけている。
どうすればいいんだ!
危機的状態に、相棒に泣きつく。
【フェムト! おまえならどうする?】
――…………――
【おい、聞こえているんだろう。返事をしろッ!】
――ラスティ、これは自身の問題です。AIに頼らず、自分の力で対処しましょう――
【相手のAIに屈したのかッ!】
――!!! ……これは迂闊でした。キョウカ・ヒイラギのAIは第九世代、それも最新モデルですね……。いいでしょう、AIとしてのサポート範囲を越えますがアドバイスしましょう――
頼りになる相棒の知恵を拝借し、反論に移る。
「まあ、聞いてください。たまたまなのですが、この国の王族を助けましてね。連合宇宙軍規約に掲げられている緊急時における人命救助です」
「それは連邦・帝国の国民に対しての規約ではなかったのでは?」
「第三項です。遺伝子情報が99.8%以上、人類と同じとする者に該当します」
「…………精密スキャンで確認したのか」
「確認しています。一人はちがいますが……」
あとで突かれないよう、マリンのことを申告しておく。
「ふむ、事情は理解した。しかし、王族の妻を娶り、領地を持っているということは、この国の要人になったと解釈していいのか?」
「一応、貴族ですが、正式な王族ではありません」
「では国に縛られることはないと?」
「そこまでの強制力はありませんが、不当な侵略には断固、実力行使するつもりです」
「内政干渉だな。中立惑星での政治的・軍事的行動は慎まねばならない。ああ、ここで言う中立惑星というのは……」
優等生らしい、長ったらし説明が始まる。まるで士官学校の講義だ。
中立惑星――敵対勢力ではなく、また連邦・帝国領でもない惑星。それに関しては干渉してはならない。いずれかの勢力に属するのならば問題はないが、現状、この惑星は未調査、未交渉で中立惑星と位置づけられる。
長々と注意を受けてから、最後に言われたのは、
「この国――ベルーガと命をともにするのか?」
「まあ、最悪の場合はそうなりますかね」
「つくづく軍人向きではないな君は」
「らしいですね」
「まあいい、一年以上も軍と連絡がつかないのだ。救援が来たとしても我々が死んでからだろう」
暗に、法律を無視してもかまわないと言う。
どう答えるべきだろうか?
「一応、可能な限り法律を遵守するつもりです」
「スレイド後輩ならばそう答えるだろうな。良くも悪くも野心のない人間だ。善良な君に賭けよう」
なんとか話は丸く収まった。問題は次だ。
離れた場所にいるティーレとマリンを見やる。
二人とも握った拳を胸元にまであげて、「やれ」と言わんばかりに前傾姿勢。
「先輩、失礼を許してください」
「ん? 一体何を…………ってッ!」
恐ろしい未来を想像しながら、俺は先輩の胸を揉んだ。
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