第9話 subroutine 軍曹_連邦組



 俺たち連邦組は、調査予定していた惑星とは異なる、未知の惑星に降り立った。


 それもこれもジャック・ダルダントンとかいう帝国兵のおかげだ。ZOC迎撃のどさくさに紛れて、こともあろうにミュラー提督を殺害した。

 帝国貴族は嫌いだが、あの提督は嫌いじゃなかった。

 貴族、平民、帝国、連邦の垣根なく平等に接してくれる数少ない良い上級将校だった。それを手にかけるとは…………。

 おかげでZOCを殲滅したものの、その後のことがわからない。

 艦内に響き渡る待避アラートで、俺たちは宇宙を飛び出し、この惑星に来たわけだ。


 気楽な惑星調査任務だって聞いていたのに、なんでこうなっちまったんだろうな……。


 後悔しても過去は変わらない。俺のような権限を持たない下士官が頑張っても、ブラッドノアの悲劇を回避させることは不可能だ。どれだけ上手く立ち回ってもこの惑星に降りていただろう。

 くよくよ悩まず、これから先のことを考えよう。そのほうが建設的だ。


――…………ラッカー軍曹、聞こえているか。軍曹!――


「はっ、聞こえているでありますッ!」


――先ほどから何度も思念通信を送っているのだが……電波状況が悪いのかね?――


 俺としたことが考えに夢中になっていたらしい。いまの上官――連邦のフェリポ少将は部下に八つ当たりするような無能ではないが、不気味だ。いつも陰鬱な顔をしていて、考えがまったく読めない。

 おまけに頭の回転も速く、軍事顧問を勤めるエスペランザ・エメリッヒ准将とタメを張れるのだとか。

 どちらも変わり者だが、頭がキレるのは間違いない。ときおり、こちらの考えを見透かしているような発言をすることがある。やりづらい上官だ。


 変に疑いを持たれても困るので、嘘をつかず正直に答えることにした。

「いえっ、考えごとをしていましたッ!」


――未知の惑星に放り出されて不安になるのもわかる。しかし、気に病んでいても始まらんぞ。考えるのは少将である私の仕事だ。いまは一致団結する時だ。君は指示に従っていればいい。責任も責務もすべて私が引き受ける。くよくよ悩まず楽にやりたまえ――


「フェリポ少将、お気遣いありがとうございますッ!」


 動揺していたのだろう。新兵みたいな敬礼になってしまった。無様に尻と顎を突き出している姿が、目の前の培養液槽に映っている。


 しかし問題だ。

 頼みの綱の少将はご覧の通り、培養液に漂っている。


 ブラッドノアを飛び立つ際、将官用の小型艦――コルベット級艦に定員以上の人数を乗せた。脱出ポッドのほとんどは整備不良で、惑星に降り立つ前に死ぬ確率が高いことが、土壇場で発見されたからだ。

 それで逃げるのが遅れた。無能な設備管理の連中のせいだ!


 降りかかってきた不幸はそれだけじゃない。

 誰かは知らないが、惑星降下に移る前に撃ってきやがった! 運悪く、俺たちの乗っている艦に命中し、おかげで少将は身体の三分の一を失った。 

 一体どこのどいつだ! 仲間を撃ってくるなんて! ZOCは撃退したはずじゃなかったのか?

 これにより少将は胸部以下の下半身を、消化器官ないぞうごと失っている。生きているのが不思議なくらいだ。


 少将以外にも何人か死んだ。

 長年、一緒に戦場を渡り歩いてきた伍長は、胸から上をレーザー砲で持って行かれた。ほかにも着弾点付近にいた若い士官も、身体の右半分を吹き飛ばされた。

 直撃ではなかったものの、被害は甚大。たった一発のレーザー砲撃で、三〇名いた乗組員は半数近くにまで減った。


 かくいう俺も腕を持って行かれた。肉体構築用の材料リソース(栄養)のこともあり、機械義手で間に合わせている。


 これが医療設備のととのっていない緊急用の脱出ポッドや降下艇だったらと思うとゾッとする。


 一六名が生き残った。

 そこから着地の衝撃で二名減った。

 ブラッドノアにいる何者かによって、半数以上の仲間がやられちまった。


 惑星に降り立ってからも不幸はつづく。

 水を探しているとき、凶暴な獣に遭遇して三名が生きたまま食われた。大型の蜘蛛に二名がやられて、ゼリーみたいな生物で遊んでいた新兵が全身大火傷を負って、苦しみながら死んでいった。

 たかが原始生物とたかを括っていたのもある。俺のような古参兵以外、惑星戦を経験した者がいなかったのが災いした。安全な惑星調査だったので軍上層部も実戦経験の乏しい連中で十分だと判断したのだろう。

 その見通しの甘さの結果がこれだ。


 生き残ったのは八名。フェリポ少将以下、大佐一名、少尉一名、軍曹の俺、上等兵三名、運のいい新兵一名だ。


 一応、分隊という体を成しているが、戦力は望めない。

 少将と大佐はまともだが、それ以外はまったく駄目だ。

 少尉は士官学校を出たばかりの未経験――アテにならない。上等兵も怪しい。遺伝胃異常で目の見えない戦闘員に、一三〇代の退役ギリギリの老人、それとまともに発語できないウドの大木。新兵にいたっては言うまでもなくお荷物だ。


 まったくもって最低の任地だ。

 これなら最前線に送られるほうがマシだ。あそこは飯にありつけるからな。ココは飯から自分で調達しなければならない。


 せめてサバイバル技術のある奴がいれば……。少将に技師メカニックとしての経験があってよかったぜ。これで技師までいないとなると……ああ、考えるだけでゾッとする。


――ところで軍曹。食料と水の調達はどうなっている――


「これから何人か引き連れて、森のなかを探しにいくところですよ。ドローンが生きてりゃよかったんですがね」


――まったくだ。着地の衝撃で壊れるとは思いもしなかった。おそらく整備不良が原因だろう――


「民間の設備管理会社に委託したのがマズかったですね」

 思わず、愚痴が零れる。

 もし生きて軍に帰れたら、怠け者の民間企業を訴えよう。

 たっぷりと慰謝料をもらって、それから…………。

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