第8話 もう一人の勘の良すぎる妻
ティーレとの初めてを致した翌日。
まだ暗い早朝にもかかわらず、愛する妻はこそこそと自室に戻っていった。
一線を越えたのが突然のことで混乱してしまい、夜をともにした実感がいまだに湧かない。
頬を抓ったり、フェムトに聞いたりして夢でないのは確定している。
しかし、問題だ。俺より年下だとは思っていたけど、まさか二十歳にもなっていなかったとは……。
女性に対して歳を尋ねるのはタブーだと、かつての鬼教官が魂の奥底に刻みこんでいる。トラウマ級の記憶だ。
そんなわけで、ティーレにセクハラ案件に発展しそうなことは聞いていなかった。
この真実を知ったのは昨夜だ。事後に、本人が洩らしたのだ。出会ったときは十八歳で、いまは十九歳だと。
「これからどんな顔をしてティーレに接すればいいんだろう」
ベルーガでは一夫多妻が認められるのは伯爵以上からである。俺はそれよりも下の辺境伯。だから妻は一人しか娶れない。
第二夫人――マリンはどうすればいいんだ?
ティーレとの関係を隠し通すというのも手だが、それは紳士的ではない。
俺のことを慕ってくれる妻だ。サンプルあつかいになっていることは告げていないが、それ以外で嘘はつきたくない。
いましばらく考える時間が必要だ。
それ以外の問題となると、法律か……。
宇宙の法に照らし合わせれば、人類ではないサンプルあつかい、すなわち物だ。マリンに関しては問題ない。しかしベルーガ的にはどうなのだろう?
まあ、式を挙げていないので、どうとでも言い訳はできるが……。プルガートのクレイドル王にどう報告しようか悩むな。
いろいろ考えるも、名案は閃かない。
相棒に尋ねるも、ベルーガや魔族の法をサンプリングしていないので正確な答えは出せないとのこと。
ベルーガは戦時中だし、ここは式を先延ばしということで対応しよう。
あれこれ考えているうちに夜が明け、鳥の
「悩んでいたら、変に疑われる。いったん忘れよう。朝食をとって仕事をしていれば、そのうち打開策も思いつくだろう」
安易な気持ちで内風呂に入り、熱々のシャワーを浴びてさっぱりする。
心身ともにリフレッシュしたところで厨房へ。
領主お抱えの料理人はいないが、身の回りの世話をしてくれる人は雇っている。男性の使用人だ。
本音を言うとメイドさんを雇いたいのだが、ティーレとマリンのお眼鏡に適う人材はまだあらわれていない。
気のせいか、若いメイドを避けているようなのだが……。
きっと礼儀作法が未熟なので、それを危惧して採用しないのだろう。二人とも王族だし、そこら辺は厳しそうだ。
朝食の準備にとりかかる。
使用人につくってもらってもいいが、今日は俺がつくりたい気分だ。
いろいろ頭を悩ませることがあるだけに、調理に専念して心を無にしたいのだ。
「朝食だから重いものはつくれないな。つくるとしてもサラダとスープ、それに付け合わせくらいだろう」
魔道具式の冷蔵庫の中身を確認。
昨夜のローストビーフとスープの残り、それと野菜に魔鶏の玉子。レモンもある。
ビネガーとオリーブオイルのドレッシングも飽きてきたし、今日はマヨを加えるか。ビネガーの代わりにレモン汁で爽やかな香りを演出して……。
ローストビーフは薄くスライスしたパンに挟んでサンドイッチに。味が一種類だと
スープも昨日の残りだと味気ない。炒めてしんなりしたオニオンにクルトンを入れて、オニオンスープ。
一口サイズにカットしたフルーツも用意しよう。
完璧な献立で朝食の場に臨む。
気合の入った朝食だったからか、マリンが怪訝な表情をしていた。
ティーレの側付きであるアシェさんは、いつもと変わらぬ様子。昨夜のことがバレることはないだろう。
そう考えて、朝食をすませたのだが……。
食後のコーヒーを堪能していると、マリンが疑いの眼差しで尋ねてきた。
「ラスティ様、ティーレと何かあったのですか?」
思わず、口に含んだコーヒーを噴きそうになったが、気合と根性で耐えた。
「……な、なんだいきなり」
「いえ、なんとなく……ラスティ様とティーレの距離が近くなっているような気がして……」
す、鋭いッ!
気にしすぎだと言いたいところだが、
それがマリンにとって妙に映ったらしく、
「もしやと思いますが、一線を越えたのですか?」
魔族の少女は金眼を輝かせてながら問うてくる。
このまま隠し通すのも気が
その結果、マリンとも致すことになり…………。
遺憾だ。紳士的にと心がけてきたのにこのような結末になるとは。せめて男として責任は取ろう。
彼女たちを幸せにすると心に誓った。
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