第7話 初めて



 住宅事情を調査して、そのまま領地に戻ると夕暮れだ。

 魔物の巣くう森に闇の帳がおり、静かな夜が訪れる。


 いつもより遅めの夕食をとって、自室で資料をまとめる。

「間取りはこれでいいけど、魔道具はどうしようか? 魔石は……森の魔物を退治すれば手に入るから問題はないとして、魔道具づくりの材料費だな」


 錬金術のプロでは無いので、そこら辺の予算を決めるのが難しい。明日、ローランにでも聞くか、錬金術の専門家だし。


 あちこち歩き回ったので今日は疲れた。もう寝よう。


 っと、その前に。

 寝る前にAIのヘルスチェッカーを走らせることにした。


 チェッカーを走らせている間は、AIはスリープモード。AIの制御する戦闘アプリは当然ながら、ナノマシンの恩恵も受けられない。

 ある意味、丸裸の危険な状態。

 しかし、いまいるのは俺の領地だし、誰かに襲われる心配もないだろう。いままで寝込みを襲われたことといえば、ティーレとの旅の時くらいだ。領主の館のある内地は防護壁で守られている。魔狼が襲ってくることはない。

 一晩くらいフェムトの警戒を解いても問題ないだろう。


 忘れないうちにチェッカーを走らせる。


 就寝前に風呂に入り、心身ともにリフレッシュして寝るのが日課だ。

 風呂に入るたびに屋敷を行ったり来たりするのが嫌なので、部屋に風呂をつけている。むろん俺だけではない。妻たちの部屋は当然のことながら、心許せる仲間の部屋にも完備している。福利厚生を充実させたホワイトな環境づくりのためだ。


 俺が開発した魔道具式の湯沸かし器で、ほんのちょっとの待ち時間で熱々の風呂に入れる。だから仲間たちも綺麗好き。


 まずは入浴の作法、かけ湯をしてから身体を洗う。

 全身にまとわりつく不快感を流し落として、スッキリしたところで浴槽に入る。

 湯気の立ちのぼる浴槽に、ザブンと肩まで浸かる。

 溢れるお湯は豪華の証。


 湯気で白みがかった浴室を眺めながら、リラックス。

 この時間が人生で一番安らいでいる。

 身体の芯まで温まってから、浴室を出る。


 身体を拭いて、寝間着に着替えてから、一日を締めくくるご褒美タイム。

 魔道具製の冷蔵庫から飲み物をとりだす。

 古来より入浴後の飲み物はコーヒー牛乳か、フルーツ牛乳かのどちらかだと決まっている。

 大人がコーヒー牛乳で、子供がフルーツ牛乳というイメージがあるが、あれは嘘だ。その証拠に、俺はフルーツ牛乳派。

 瓶に入ったそれを手にとり、古式由来の正統派の型――腰に手をあてがぶ飲みする。


 美味い!

 やはり風呂上がりはこれに限る!


 一日のシメも堪能したので、寝室へ。

 照明を落とした部屋は暗く、窓から射し込む月明かりを頼りにベッドへ向かう。

 風呂上がりのポカポカでほどよい睡魔がやってくる。快眠確定の感覚だ。


「ふわぁ~」

 大きく欠伸をしてベッドに潜る。


 すると、昨日まではなかった感触が、

「あれッ? 抱き枕なんてあったっけ?」


 手で触って確かめる。

 ムニュッとした。


「ん? こんな感触のクッションなんてあったっけ?」


 何度か指で掴んだり放したりを繰り返す。柔らかい。なんかグニュグニュするぞ。


 スライム? だとしたら、酸を飛ばしてくるはずだ。それが無い。


 さらに確かめる。今度はすこし力を強めにグニグニする。

 ほどよい弾力で、張りがある。しっとりしていて、指に吸い付くような感触だ。


 わからない、降参だ。


 枕元の魔道具照明をつける。

 感触の正体はティーレだった! それも生まれたままの姿だッ!!!


 驚きのあまり硬直していると、彼女は恥ずかしそうに囁いた。

「あなた様、私もう我慢できません。今夜こそ添い遂げますッ!」


「えっ、あっ、でも……」


 婚姻が認められていないのに、いいのだろうか? もしここで彼女に手を出してしまったら、既成事実をつくって婚姻を迫ったように受け取られかねない。

 ティーレには王族としての守るべき威厳と誇りがある。それをこの場で…………。


「アシェのことなら心配いりません。このことが露見しても処罰を受けないよう書面に記しました」


「でも……」


「私決めました。降嫁こうかします」


「こうか?」


 フェムトに尋ねると、頼もしい相棒は詳しく教えてくれた。


――降嫁とは王族が、王族以外に嫁ぐことです。似たような言葉に臣籍降下しんせきこうかというのもあります――


【って、ことは?】


――ティーレは王族としての地位よりも、ラスティをとったのです――


 相棒の説明につづいて、ティーレが言う。

「はい、王族という身分を捨てて、あなた様に嫁ぎます!」


 興奮しているのだろうか? 語気に力がこもっている。いつもの彼女らしくない。


「……本当にいいのか?」


「かまいませんッ! あの夜、マキナの追っ手から助けてもらったときから心は決まっています!」


「…………」


 王族の身分を捨ててまで、俺と夫婦になると宣言したくれた。これが出会って間もない頃ならば、何かの間違いや、その場の勢いと断れただろう。


 しかし、一緒に旅をして苦楽をともにした。

 婚姻についてはときおり洩らしていたが、いままで関係を迫られたことはない。


 我慢していたのだろう。それに北部へ行くのが延期なってしまった。

 ベルーガの将来も定かではないし、彼女なりに考えた結果だと思う。


「ティーレと出会って、一年以上か…………」


「はい、一年とひと月です」


 婚約期間としては十分だろう。

 男として覚悟を決めるとき! 彼女の愛に応えよう。


「いままで待たせちゃってごめんね」


「……あなた様…………」


 この夜、初めて彼女を愛した。

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