第13話 面談④
ローランの件が片付いたので、お次はフェルールの番だ。かつて純粋だったフィギュア狂いの木工少年はどうなっているのだろう。
酒好き、金好きとつづいた。フェルールはどういった欲望をさらけ出してくれるのだろうか……。
不謹慎だが、フェルールの変化が気になる。
そんなことを考えている間に当事者がやってきたので、面談を始める。
「要望はあるかな……」
「工房長ッ! ケモ耳様をより近くに感じるための技術はないでしょうか?」
この子、いきなりフィギュアの話をぶっ込んできたよ。
そういえば、俺のつくったフィギュアが原因でオタクサイドに落ちかけたんだっけ。あれは悪いことをした。
しかし、かなりの重症だ。まさかケモ耳様にここまでのめり込むとは……。もはや趣味の範疇を越えている。盲信に近い。
フィギュアの世界を教えた張本人だけに、無関係とは言い切れない。
本音を言うと、あの世界からまっとうな現実に引き戻してやるのが大人だろう。
でもまあ、本人もこう言っているし……。
「た、たとえばどんな技術かな……」
「あのモフモフを再現したいのですッ!」
「ああ、そんなことか」
「そんなことッ! ということはほかにもあるんですねッ! 教えてください、ケモ耳様に魂を吹き込む方法を!」
俺としたことが口を滑らせてしまった。
フェルールは真面目がゆえに融通が利かない。いわゆる頑固なこだわり職人。酒や金でどうにかなる連中とちがって、一度食らいついたら放さないタイプだ。マズいぞ。
「それについてはおいおい教えるとしよう。まずはモフモフの再現だな」
「ほかは教えてくれないのですか?」
諦めが悪い。
長引かせてはこちらが不利だ。根気もある真面目な木工職人、ちまちまと俺から情報を引き出す方針か? 長期戦は不利だな。
人生の先輩としては負けられない。
ここはキツく言おう。腹に力を入れて、軍隊式の声を出した。
「フェルールッ!」
「は、はいッ!」
「知識を得ることは重要だ。しかし、肝心なことを忘れているぞ」
「肝心なことを忘れている? そんなことありません。ケモ耳様を再現するためには知識が必要! その知識をもとに、全能なるケモ耳様のお姿をより完璧に……」
このままでは押し切られそうなので、木工少年の言葉を手で制する。
「……な、何か間違っていましたか?」
「大間違いだ。貪欲に知識を求めるのはいい。しかし、目的と手段が間違っていないか?」
「というと?」
「ケモ耳様を再現するのは
「えっ!」
「小細工に頼りすぎだ。姿形は綺麗に彫れているが、躍動感が無い。それに色づけ。平坦な色遣いだ。もっと濃淡を多用して立体的に仕上げないとな」
「い、言いがかりだッ! 僕はありとあらゆる技術を駆使して、ケモ耳様を彫っています。色塗りだって、職人に頭を下げてモノにしました。それを小細工だなんて!」
「だったら見せてやろう。修練に修練を重ねた、小細工ではない真の実力をな」
暇なときにつくったある物を金庫からとりだす。
「こ、これはっ!」
この惑星にはない芸術――蝋でつくった食品サンプルだ。将来はレストラン経営にも乗り出すつもりなので、その時のために備えて試験的につくったサンプルを見せる。
かつての戦友トリムの外部野にあったデータをもとに再現したのだが、これがおもしろい。
作り方も簡単だし、材料も蝋と染料だけ。製作時間、コスパも優れている。なので、いろいろこだわって本物に近い作品にまで昇華させた。
微妙に色の異なる複数の蝋を重ねたそれは凄まじくリアルで、偽物だと知らないとうっかり口に入れてしまいそうだ。
フェルールはその食品サンプルを手に膝をつく。
「………………」
何やら呟いているようだが、声がちいさくて聞き取れない。
フェムトに頼んで聴覚を強化してもらう。
「……僕の負けです。未熟でした」
大人げないが、工房長としての威厳は守れた。そのうえで優しく接する。
「フェルール、まずは色づけだ。真の職人は色づけと言わず、〝塗り〟と言うらしい。この塗りを極めるんだ」
「わかりました。工房長! 必ずや塗りを極めてご覧に入れます」
「よく言った、それでこそフェルールだ!」
「塗りを極めた暁には……モフモフの技術を伝授してください」
「約束しよう」
フェルール少年はフィギュアに関する知識の伝授という形で落ち着いた。
まあ、賃上げしない分、フィギュアの材料は好きにさせている。それなりに高価な材料もバンバンつかってくれるが、元が真面目な職人だ。なんらかの成果を出してくれるだろう。
こうして工房の仲間と面談をして、賃上げ交渉は終わった。見習いの孤児たちにも賃金も約束したし、工房運営は問題ない。
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