第11話 面談②

 事務作業に適正のある子供たちだ。

 ソロバン片手に工房運営の手伝いをしている。ちなみに指導しているのはローラン。


 お金のことになると、凄まじい能力を叩き出すピンク髪のインチキ眼鏡はダントツの速さでソロバンを弾いている。

 チャチャチャチャチャチャッ、ジャララララッ。


 まるでコロニーにある工業用機械みたいだ。


 みんな仕事に夢中で、俺が入ってきたのに誰も気づいてくれない。

 壁をノックして存在をアピールする。


「んッ? ラスティ!」


「領主様!」

「領主様だッ!」


 呼び捨てのローランとちがって、孤児たちは純粋だ。頼んでもいないのに俺のことを領主様と呼んでくれる。


 ついでなので、ローランに出しておいた宿題について結果報告を求めた。


「とこれでローラン、アレはどうなっている?」


「スライムの素材ね。まあまあね」


「まあまあって?」


「〝可塑剤かそざい〟だったっけ、あの樹脂を柔らかくする薬」


「そうだ。スライムからとれる樹脂は塊にすると硬くなるからな。生きているときは、あれだけ柔軟性に富んだ動きを見せたんだ。きっと体液に身体を柔らかくさせる、可塑剤みたいな物質が入っているはずだ」


「その〝可塑剤〟。なんとか取り出しには成功したけど、すごく手間なの」


「生産量がすくないとか?」


「ちがうわよ。スライムの体液って酸が多いでしょう。だから服がねぇ…………」

 と、ローブの袖を広げて、ぼろぼろになった部分を見せつける。


「…………」


 どうやら服の代金を出せと主張しているらしい。


 ティーレから聞いた話では、貴族お抱えの錬金術師の給料の相場は年間小金貨一、二枚。侯爵のような大貴族ともなれば大金貨単位になるらしい。


 ちなみにローランの年俸は小金貨二枚。新人辺境伯としてはかなり色をつけたつもりだ。

 それなのに不服とは……。


 ちょくちょく賃上げ交渉をされては困るので、給金について話しあうことにした。


「ローランちょっと」


「何?」


 疑問符をつけたような返事だが、その顔色は悪徳商人みたいな汚い笑みが浮かんでいる。


 たぶん、いや、間違いなく俺のことを釣れたと思っているのだろう。

 今後はインチキの上に悪徳と付けるべきか本気で考えてしまうほど禍々しい笑みだ。


 でもまあ、魔法や錬金術が専門の学校を卒業しているし、錬金術師としての知識は本物。いいだろう、真面目に孤児たちの指導にあたっているし、ここはご褒美と割りきろう。


 一人だけ昇給は不公平なので、アドンやソドム、フェルールたちも呼ぶことにした。臨時の面談だ。


 まずは年長者である兄弟から。

「なんでぇ工房長、話って」

「俺らこう見えて忙しいんだぜ」


 相変わらず、飲んだくれ兄弟は不機嫌になるとチワワみたいに威嚇いかく面をする。


 せっかくいい話を持ってきたっていうのに……。


 吠え出す前に本題に入る。

「二人が工房に来てくれて、そろそろ一年だ。よく働いてくれているし賃金を見直したいと思ってね」


「下げるのかッ!」

「心を入れ替えて真面目に働くから、それだけは勘弁してくれッ!」


 どうやら、そう言われる心当たりがあるらしい。

 賃金を上げようと思っていたのに、がっかりである。ベースアップは少額にしよう。


「下げるんじゃなくて、上げるんだよ。


 サボらないよう釘を刺してから、賃上げ交渉の開始。

 労働条件と賃金には不満は無いらしい。安心するも、別の問題が浮上した。

「酒を支給してほしい」

「そうだ、酒くれ、酒ッ!」


「もしかしてだけど、酒場で借金とかしてないよな」


「ちげーよ」

「俺らは宅飲み派だよ」


 それを聞いて安心した。ほっと胸を撫で下ろす。

 宇宙軍でも、ギャンブルと酒と女は破産のトップスリー。兄弟揃って借金まみれといった最悪の展開じゃなくて良かった。


「だったら、酒を買えばいいじゃないか」


「ちがうんだなぁー」

「俺らがほしいのはエールやワインじゃねぇんだよ」


「どういうことだ?」


 詳しく尋ねると、俺の開発した蒸留酒を強請ってきた。

 なんでも蒸留酒は大人気で、すぐに売り切れるらしい。市場に流す都合上、商人や酒場に優先的にまわって、個人での入手は困難だという。

 蒸留酒の原価と手間賃は知れている。思っていたよりも安い賃上げだ。


「わかった。一人につき、年間一三樽支給する。大樽だ」


「工房長、もう一声」

「倍で頼む!」


 どんだけ飲むんだこいつら……。

 健康のこともあるので、一四樽で手を打った。

 てっきりケチだと言われるものだと思っていたのだが……。


「案外、言ってみるもんだな」

「だな。拒否られると思っていたけど、うまくいったぜ」


 俺としたことが、まんまと嵌められてしまった。


「それにしてもよく飲むな。体調とか大丈夫か?」


「問題ないぜ。なんせ弟がいるからな」

「弟も、俺らに負けず劣らずで飲むからな」


 そういう事情か、なるほど合点がいった。


 アドンとソドムの面談が終わったので次だ。

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