ハイスピード・成り上がり

──初め見た時から、どこか運命めいたものを感じていた。


ノールは実に変わった男であった。

生まれついての跳ねっ返りであり、いつも怪我ばかりしていた。

屈強な大人が、腕力で子供から物を奪おうとすれば体格関係なく反抗。

陰湿な役人が口先で物を騙し取ろうとすれば、力でわからせた。

例えそれが自分に被害がなくとも、彼が理不尽だと思えば介入し、解決するまで押し進んだ。


もっとも、ここまでならただの偏屈なクソガキに過ぎないが、彼の反骨精神は村の制度そのものに対しても発揮された。

村では当たり前とされてきた差別

家無し子や農家の三男坊が差別され、切り捨てられることに異を唱え、また改善しようと言い出したのが、ノールと言う男であった。


幸い彼は腕力だけではなく、頭もよかった。

それゆえに彼はそんな差別民を集めて、山狩りやスライム狩りなどを行い、彼らの有用性を示した。

成果を持って、その差別は間違っていると訴えてくれたのだ。


そう、この訴えは、当事者にとってみれば、非常にありがたかった。

農家の三男坊であり、いつ切り捨てられてもおかしくない私にとって、彼は希望の光であった。

私は今までは家にいるだけで疎まれ、長男からは馬鹿にされ、親からもごく潰しと揶揄されてきた。

しかし、彼が現れ、導いてくれてからはその立場は一転した。

親は自分の狩りの成果をほめ、長男にスライム狩りの話をすれば悔しそうにした。


『流石俺様の見込んだ精鋭たちだ!

 よくやった!』


何よりも、自分たちのリーダーであり、村一番の益良雄であるノールが俺達を直接褒め誇ってくれた。

今までまともに親からも必要とされなかった我々にとって、その言葉は生きるための糧にもなった。

故に我らは頑張った、村の期待と何よりもノールの期待にこたえられるように。


そして、努力は実った。

時を経つごとに我々の成果は巨大なものとなり、若い頃は子供だからと後回しにされていったが、次第に村の会議にも我々が出席するのが普通のこととなった。

そしてついに、我々とノールが認められ、この村を守りそして治安を務めていく『自警団』として任されることになり、ノールはその自警団のリーダーに抜擢されることとなった。

うれしかった。

今まではどんなに努力しても認められることはなかったのに、ノールに従えば、みんなと協力すれば、どんな困難でも成し遂げられる。

自分に自分で誇れるような人物になれる!

自警団が認められた以上に、ノールという我らのリーダーが認められたことが我々にとってうれしかった。

正直に言うと、うかれていた。


――それが罠だということも知らずに、だ。


そう、気が付けば、全てが終わっていた。

我々のリーダーのはずのノールがその風車壊しの汚名をかぶせられ、村から追放されることになってしまったのだ。

もちろん、ノールが風車壊しの犯人なわけがない。

そもそも証拠もないし、根拠もない。


だが、証拠はなくとも、ノールの考えに異を唱える者や村の利権を守りたいものが、悪意を持って噂を広めることで、ノールが犯人だと村の多くの者たちにとっての共通認識にしてしまったのだ。

そしてそれは村のまとめの会議でも議題となり、本人不在のまま結果として証拠がないのにノールがその罪を負うことになってしまった。

最後にはノールの幼馴染や弟が、『本人には伝えない』ことを条件に、嘘の証言をしたことで、確定。

結果として、ノールに追放はされてしまったというわけだ。


……それからしばらくの事は、あまり思い出したくない。


ノールという後ろ盾を失ったことで、我々は烏合の衆に戻ってしまった。

今まで積み上げてきた尊厳は、風車壊しの汚名で消し去られてしまった。

山狩りで得ていた成果は、新しい警備団の団長であるレツヒに奪われてしまった。

なによりスライム狩りができるほどの戦力は、無謀な突撃やハチャメチャな指示により台無しにされてしまった。

警備団も、以前のような村を村を守り豊かにしていくような理念はない。

あるのはレツヒを中心としたどろどろの権力に対する執着のみで運営された


初めは自分も何とかしようと改善しようと頑張ったが、それは無理だった。

レツヒはノールの弟でありながら、ひどい差別主義者であった。

そのせいで警備団結成当時の生まれが卑しいメンバーは団の中心部から追い出され、代わりには村長の息子や豪農の長男といった彼を讃え、村でも安定した地位にいるメンバーに差し替えられた。


当然、自警団の任務は失敗した。

我らには彼らを戒めるほどの威厳はないし、彼らには自警団の任務を遂行できるほどの実力はない。

所詮我々も彼らも、ノールにはなれないのだ。



――数年後、気が付けば王都にいた。



そう、あの後私は結局村を出ることになった。

村を出ていく理由は山ほどあり、ここに来る理由も山ほどあった。

しかし、それでも私はここに来たくはなかった。

なぜならこの王都には、ノールがいる。


我々が救えず、我々のかつての希望ノールが変わってしまった姿を、私は見たくなかったからだ。


私は怖かったのだ。

もしも、ノールが未だに怒りに満ちていたらどうする?

街を出るときの怒りの形相を私は忘れてはいない。

もしも、それが原因でノールが大犯罪者になっていたらどうする?

あのバイタリティとやる気が、全て悪事のために濯がれたらと思うと私は震えが止まらない。

もしも、逆にノールが何物にもなれず落ちぶれていたらどうする?

私が知る限りノールは世界一の益良雄なのだ、そんな彼をしてもだめならば、おそらく私はこの王都で生きてはいけないだろう。


考えれば考えるほど、嫌な想像が脳裏によぎり、吐きそうになる。

頭がぐるぐると廻り、泣きそうになるほどの腹痛を感じた。

想像が現実をむしばみ、否定の感情のみが強く発露されたのを覚えている。


しかし、入らなければ始まらず、悩んでいて無先に進まない。

私は震える指先を何とか抑え、この街の冒険者ギルドに扉に手を伸ばし……。




「スライムスレイヤー!ドコサ村とヘキサ村でスライム討伐依頼だ。

 悪いけど頼めるか?」

「ノールさ~~ん!ドコサ村へスライム退治に行くなら、団の方でこれも配達してくれません?

 あ!料金ならきっちり出しますので!」

「師匠~!修行修業!私にもスライム狩りの稽古をしてよ~~!」

「ノール!こんなところにいたのか!街道にムラサ村にオークの群れが出たのは知ってるな?

 では、さっそく一緒に倒しに行くとしよう!」


「うるせ~~!!!一人ずつしゃべれ~~!!」



――そして、自分の悩みなど、杞憂であると知った。


そう、そこには怒号を上げながらも、どこか笑顔を浮かべるノールの姿があった。

そう、ノールは王都にいても、村から出たとしても、やはり話題の中心となる男であったのだ。

その剣を振れば、魔物は吹き飛び。

彼が先導すれば、皆が惹かれ。

悪を砕き、革命を引きを超す。

呼び起こすもの、時代の革命児。

かつて自分たちが夢見たノールの姿がそこにはあった。


「は、はは……!」

「ん?お前は……どこかで見たような……。

 まあいいや、お前酒は飲めるか?奢ってやるから、いっぱい付き合えよ」


もっとも、彼は私の事を忘れてしまっているようだが、それでもうれしさは変わらず。

むしろ、忘れていても優しくしてくれた彼の温かさが身に染みる。

彼の雄姿に安堵し、涙が出る。

胸のつかえがとれ、頭の中の靄が晴れた。


故に私は決心した。

今度こそは間違えないようにしよう。

今度こそはきっちり彼のために役に立ち、そして彼の英雄譚の一部になろう!

そう決意を固め、彼の差し出された手を握り返すのであったのであった。





「うん、栄養失調に疱瘡、疲労骨折に水虫その他さまざまな病、っと。

 だがまぁ幸い、俺のスキルとシュジの治療を受ければ後遺症なしで治るだろう。

 というわけで、お前の初仕事はその体を治すことだ。

 治療費や給料は前借しておいてやるから、いいな?」

「え」


もっとも、私がノールの所属する冒険者クラン『夜明けの光団』入団して初めの仕事は、働く以前に体を治すことであったことをここに示しておこう。

何とも閉まらない話である。




「ふぅ、今日の仕事は終わりっと」


さて、『夜明けの光団』入隊から数か月。

当初は失敗だらけで、支えるどころか助けられてばかりであったが、最近はようやく仕事には慣れ、いっぱしの冒険者を名乗れるようになった。

もっともまだまだ彼の助けになれるほど成長しているかと聞かれれば、はなはだ疑問ではあるが。


「……にしても夜明けの光団は……いや、ノール副団長はすごいな」


そして、仕事に余裕が出てくると今まで見えてこなかったものも見えるようになり、その上で思うことは、やはりノールはすごいという事であった。


【夜明けの光団】はこの王都でまだできて数年であるのに、王都有数の巨大冒険者クランだ。

もっとも、クランが巨大な理由は、リーダーであるシュジがかわいそうな孤児や人慣れしていない冒険者を片っ端から拾ってきて、クランに勧誘しているからだ。

まぁ、故にクランとしての戦力は数に対していまいちだと言われており、普通はそんなに役立たずな人材ばかり抱えると、その体裁を保てなくなるのが常であり、結局自滅してしまうのが普通だ。


『ノール!新しい子を拾ってきたぞ!

 わるいけど、この子たちを内で世話したいんだが……頼めるか?

 ああ、きちんと彼らの分の教育費とかは、ボクが働いて稼いでくるから!』

『……はぁ、またかよ、まぁいまさらか。

 そっちの子には、清掃系依頼に適性があるからそれを紹介する。

 そっちの子は、まぁまぁ体が仕上がってるから、スライム狩りのお供に。

 あとの子は……、とりあえず、教育して何らかの適性を作ってからだな』


しかし、それを何とかしてくれるのが夜明けの光団であり、我らが副団長のノールであった。

冒険者の基礎を知らぬものがいれば、荷運び依頼を持って遠征により体力をつけさせた。

街を離れられぬ事情を持つものは、道具を貸し出し、下水掃除をさせた。

体力があるが戦いの作法を知らぬものは、自ら先頭に立って、スライム狩りの方法を伝授し、さらにその上の討伐依頼も共に行った。

それ以前に学が足りないものには知識を与え、鍛錬するための施設も用意する。


『ふぅ、スキル系に【観察】やら【教導】があって助かった。

 というかアクションさせろよ、ストラテジーはお呼びじゃないんだ』


特に副団長のノールは、この団のまさに中核とも言えた。

迷える新前冒険者の適性を見抜き、教え、自らから冒険者の生きざまを手ほどきしていた。

数字を使えば商人を超え、武力派兵士も舌を巻き、学者を超えるほどの学を誇り、信頼は役人以上にある。

まさに文武両道、物語の英雄をこの目で見ているかのような感動を覚えた。


『いや、こんなことができるのは、大体はシュジのおかげだからね?

 カリスマがすごいからだからな?

 後はスキルのおかげ、それでもギリギリだけど』


そして、そんな彼が一番すごい所は、これほどの偉業を成し遂げながら、なお驕らないところであった。

かつて村に居る時は、その精神性と偉業、さらには成果のために、どこか高圧的に感じることも多かった。

しかし今は受け答えは柔らかく、万人に好かれ、ともすれば一見のものには舐められるかもしれないほどだ。


『あなたのおっしゃいたい事はわかりました。

 ……では、双方の意見を取り入れて、こうしてはいかがでしょうか?』


もっとも、だからと言って彼の持つ反骨精神は失われてはいなかった。

あちらが舐めた提案をすれば、それを逆手にとって更なる要求をする。

気に食わない規則があれば、それとなく改変する。

なによりも、ここまでの反骨しておきながら、その類まれなる交渉術と立案により、双方が得する形で交渉を納めるのだ。

物腰は柔らかく、しかし、その中身は前以上に無法。

村に居た時とは比較にすらならないノールの姿に、唯々感動した。


『いや、あのころはまだ知識はあっても、記憶が戻ってないからねぇ。

 ……正直、村に居るころはクソガキだったよほんと』


そう笑いながら、ノールは話す。

が、私達達は知っている。

今も昔もノールの基本は変わらないことを。

弱気を助け、悪しきをくじく。

今なお変わらず、私達にとっての希望の光だ。


『は~、早くマイホームが欲しい……。

 のんびり田舎でスローライフしたい』

『はいはい師匠、愚痴を言ってないで帰りますよ~』


かくして、団長の妹と連れ添って歩くノールを見つつ、私はこれからも彼の助けになるべく、精進するのであった。



――なお、この後、故郷が魔王の発生地になったり。

それをノールの隠したまま、解決するためにいらぬ苦労をしたり。

魔王討伐の功績で有名になり過ぎた夜明けの光団を、王族が危険視して解体に走ったり。

ノール共々辺境に映ったり、そこで開拓団を結成したり、温泉を掘ったり、ドラゴンの群れと戦争したり。

果てには、国家が誕生して、そこの幹部になったりするのだが……またそれは別のお話である。

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ごく普通の転生冒険者の一生 どくいも @dokuimo

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