ハイスピード・ざまぁ

――ただひたすらに、後悔だけが残っていた。



私の幼馴染のノールは、実に偏屈な男であった。


子供ながらに突拍子もない考えを次々と思いつき、彼が考え出した物事は半分は益になるも半分は無益なものだった。

かといって不真面目ではなく、よく言えば努力家、悪く言えば無駄な努力をし続ける人だった。


それが一人で完結するならいいが、彼の場合は周囲を巻き込むという悪癖があった。

集団を率いての森での山菜狩りや戦闘訓練と称したスライム狩りは、子供大人共に賛否が分かれた。


賛成派の子供は、彼のガキ大将気質に惹かれ、日々新しい刺激を提供してくれるノールに惹かれていった。

賛成派の大人は、食卓を豊かにし、村に益をもたらし、なによりもなんだかんだ言って自分の子供を守ってくれるノールには感謝をしていた。


否定派の子供は、彼の強引なガキ大将気質に嫌気がさし、日々生傷や問題を発生させる彼に嫌気がさしていた。

否定派の大人は、大人に対しても無礼を働く彼の気質に嫌い、なによりも自分たちの子供を無駄に危険に近づけることに危機感を抱いていた。


そして、私は彼に最も近い女というだけで、賛成派からはやっかみを受け、否定派からもいい目で見られなかった。

私がそんな苦労をしているのに、とうの彼はそんな悪評どこ吹く風。

『俺が守る』なんて口先だけではいいことは言うが、だからと言って彼自身の行動を改めることはなかった。



――だからこそ、彼の弟に惹かれたてしまった。



彼の名は【レツヒ】、兄のせいでいろいろと影が薄いノールの弟であった。


兄と違いレツヒは、普通で物静かな男であった。

気遣いができ親切で、やや怠け者だが、それでも兄とは違い問題を起こさない男であった。


村でも話題になるほどの人物ではなく、しいて言うならノール否定派が、ノールを下げるために話題に出す、そんな人物であった。


でも、私は彼がそこそこ好きであった。

ノールが皆を引率し、私が放置されているときに、よく私のところに来て慰めてくれた。

悩みに共感してくれ、プレゼントをくれることもあった。

もっとも、少々卑屈すぎるきらいがあるが、それもノールのような兄を持つからだろう。

それゆえに、私は周りの評判とはよそに、ガキ大将なノールではなく、彼の弟のレツヒに重きを置くようになった。

ノールの強引ながら正しい意見よりも、レツヒの消極的ながら間違った意見に賛成するように変わっていった。



――だからこそ、あのような話に乗ってしまったのだろう。



そう、それはレツヒによるノールの陥れ作戦。

当時ノールは、彼自身の提案により、近い未来自警団が結成されることになっており、彼はその自警団のリーダーとして内定していた。

もしそうなってしまえば、ノールはこの村における強権を手に入れ、この村において彼の提案する強引な意見に逆らうことができなくなってしまうことが予想された。


だからこそ、レツヒはこっそり街の共有財産である【聖印付きの風車】を破壊し、その罪をノールにかぶせることを提案した。

聖印付きの風車は、村の小麦粉を引くための重要な労働力かつ聖印の力による村の防衛力を高める作用を持っていた。

もしもノールが真にこの風車を壊せば、賛成派の大人といえどノールを許すことはできないだろう。

ノールが壊したかどうかについては、彼には風車を壊せば自警団の発言力が増すという動機が存在する。

そのため、うまくやればノールに違和感なく濡れ衣を着せることができるだろう。


『君だから、この作戦を打ち明けたんだ。

 この作戦が成功したら、君を迎えに行くから……協力してくれるね?』


そして、私は頷いてしまった。

決め手はレツヒの告白であった。

私はその言葉に夢を見てしまった。


そして、その日から風車を壊すために入念に準備をした。

深夜のある日に、否定派どうして徒党を組み、成し遂げた。

秘密の話と称して、風車壊しの犯人を彼にかぶせ、村に広めた。

長い説得の末、ようやく彼の両親も納得してくれた。


そこまでしてようやく、ノールを村から追い出すことに成功した。

おまけとして、レツヒも自警団の団長の地位を獲得した。

私もレツヒと無事婚約することができた。


もっとも、自分を大切に思ってくれたノールに嘘をついた上で追い出すことに後ろめたさは感じないわけではなかった。

が、去り際の彼の憎しみに満ちた目と、レツヒの甘いささやきにより、私は正しいことをしたんだと自分を納得させることにしたのであった。



――それが破滅の始まりだとも知らずに。



はじめは、自警団の不調であった。

そもそもがノールの意見で始まったそれは、レツヒではうまく運用できなかった。

行うのはせいぜいノールに味方した住民を否定し、レツヒの考えに賛同しない物を虐待することのみ。

肝心の村の防衛については二の次であった。

これにより、強引ながらも公平感のあった村は、レツヒを讃えなければ排斥される、不平等な村となった。


次に訪れたのはスライム被害。

スライムは、危険な魔物だ。

犬以上の体格で、猪のような怪力を発し、クマ以上の体力で力畑や家畜を襲う。

もっとも、今までスライムは、村の外れに住む老兵が一刀のもとで切り捨てたり、ノールを中心とした自警団の面子によって討伐されていた。

しかし、ノールがいなくなるとまともにスライム討伐できるものはおらず、老兵に関してはスライム討伐料を引き上げてきたのであった。

本来はスライムを効率的に討伐するための自警団であったが、レツヒはノールと違い、スライム狩りに関しては腕も知恵も足りない。

まともに一対一でスライムと対面できるわけもなく、ギリギリ複数人で戦えた者はノールを慕っていたため、今の自警団に従うわけもない。

結果村の治安は低下、以前はスライムが出ても少し困る程度で済んでいたが、今では村人が逃げ惑い、老兵への救援を震えながら待ようになってしまった。


……もっとも、この時はどうにかなるだろうと思っていた。


困難だが、時がたてば解決するだろうと。

治安に関しては、レツヒの驕りも一時的な物であり、数か月もすれば自警団は本来の役割を取り戻すだろうと。

そうすれば、自警団もスライムを駆除できるようになり、村も以前状態の戻ってくれるだろうと期待していた。



――しかし、そんな未来などなかった。



時がたつにつれ、スライムの被害は拡大していった。

スライムの討伐どころか追い払うこともできず、畑の味を覚えたスライムはこの村を積極的に襲うようになった。

初めは値上げしつつもスライムを倒してくれた老兵は、『割に合わない』とどこかへと言ってしまった。

スライムの数も減るどころか、むしろ増えてしまった。


村と自警団のモラルはますます悪くなった。

自警団は相変わらずスライムを討伐できず、むしろ、最近ではむしろ自警団の強権でいの一番に逃げる始末だ。

それに異を唱える者は、自警団により袋にされた。


この時になると、流石に私も自身の過ちに気が付き始め、何とか改善しようとした。


……しかし、それは徒労に終わった。


村の外の冒険者にスライム討伐の依頼を出しても、無駄だった。

私の貯金程度ではほとんど受けてくれず、数少ない受けてくれた冒険者も、わりが合わないと数匹のみ討伐するだけ。

それすらも行儀がいい方で、肉体による接待やそれ以上のことを要求することも珍しくなかった。


自警団の意識改革も当然無駄骨に終わった。

自警団は自分たちのためにその強権を使うことを第一に考え、村のみんなを顧みることはなかった。

レツヒに泣きついても、話を受け入れてはくれず、むしろ躾と称し、彼とその仲間によりひどい暴行を受けた。

親に泣きつこうにも、すでに手をうたれており、なぜか私が悪いことになっていた。村人から後ろ指をさされ、あるいは売女と揶揄され、実の両親からも冷たい目で見られた。


すべては手遅れであった。

ここがどん底であり、人生の最下層。

これ以上の不幸はないと思っていた。



――だが、まだ【底】があった。



かつては、騒々しくも平和であった村は見る影もなく、そこは廃村同然になっていた。


畑にはスライムが巣を作り、植え付けた先から作物を喰らっていった。

家はほとんどが、廃屋同然で、死体が野ざらしになっていた。

住人の半分は逃げ出し、今残るのは自警団という名の荒くれ者と彼らにより監視され、縛り付けられた奴隷たちだけだ。

本来なら、自警団長の嫁であり、それなりの地位にいるはずの私も、例外ではなく、手足は骨と皮だけであり、あばらが見えていた。

ささやかな自慢であった髪の毛も、乾燥と砂により、今や見る影もない。


『てめぇみてぇな醜女が、名目だけとはいえ自警団長の妻なんて立場に入れるのは、全部俺様のおかげだ!

 わかったら、おとなしく俺様に従え!!』


甘い言葉を囁きさわやかな魅力のあったレツヒは、今は暴言を吐き泥のような悪意を振りまいている。

その眼に愛情はなく、むしろ侮蔑の視線が向けられる。

それは私が彼の意見に口出しをしたからか、あるいは数え切れない男に抱かれたからか定かではない。

彼自身が命令したのにも、関わらず、だ。


……おそらく、この村は終わりだろう。


旅人の話を聞くに、この村はどうやら、周りの村からは触れてはいけないもの扱いされているらしい。

スライム退治のプロでもこの村の依頼は避け、おかげで周囲の村からもこの村にスライムが集まっている。

聖印付きの風車も再建できず、今はスライムやそれ以上の存在が占拠している。

更には村を守るはずの自警団は、横暴で残虐。

さらに、その長である夫は、まさに卑劣漢と呼ぶにふさわしいだろう。


「げはははは!俺は間違えてねぇ!

 全部全部!!俺が正しいんだ!

 俺に従わねぇ奴は、滅ぼしてやる!!」


ぎょろぎょろと眼を動かし、部下に当たり散らす彼を見ながら、私は静かに思い至った。

すべては、あの時が悪かったのだろうと。

聖印付きの風車を壊し、彼の兄であり、自分の婚約者であったノールを貶めた。

それが、私を、レツヒを、村を、あるいはすべてを歪めてしまったのだろう。

壊れてしまった元夫を見つつ、静かに涙する。


「ひひひひ!よろこべぇ!お前ら!

 ここにとっておきの魔導書を手にいれた!

 これに従えば、村の役立たず共を生贄にすれば、俺様達に大いなる力が手に入るらしい!

 これは今夜やるっきゃないだろう!」


とうとう、怪しげな書物を信じ、村人の仲間を虐殺する事すら厭わない。

もうここには、何の未練もないため、彼の両親に連絡を入れて、今夜村から出ることにした。


「……兄貴だって、倒せたんだ!俺に不可能はねぇ!」


赤い月が昇る深夜。

元風車小屋から黒い竜巻が昇る様子を見ながら、私は義親と共に村を後にするのであった。

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