旅をする意味
第9話 月明かりの夜に
(前回までのあらすじ)
管理AIアビスの暴走でゲーム内に閉じ込められたイブキとアカリ。元の世界に戻るためにアビスを倒す旅をはじめる。そんな中、立ち寄った村で娘の捜索依頼を受けた。しかし、娘は既に獣に襲われてしまっていて、2人は娘を見つけることが出来なかった。
★第9話 月明かりの夜に★
いぶきは、小鳥の
朝の
こういう朝は久しぶりだった。
トントントン。
……ナルさんが食事を用意してくれている。
ノルンも毎日聞いてきたであろう、包丁の心地よい音。
……すんすん。
野菜を煮込む良い匂いがする。
こういう感覚は、母が亡くなって以来かも知れない。
心地よい感傷に浸っていると……。
あかりが起き出した。
いぶきの目の前でゴソゴソと起き上がると、寝ぼけ眼を擦りながら「おはよう」と笑いかけてくる。
昨日は、年頃には合わない大人びた表情だったが。寝起きのあかりは、
誰かと一緒に起きるのも久しぶりで、心地良いものだった。
だけれど、リアルでの事情を知らないあかりと寝ていることに、少しだけ罪悪感を感じる。
『次からは別々の部屋にしよう』
いぶきは思った。
ナルさんに朝食をご馳走になり、ノルンの小さな家を後にする。ナルさんは、昨日は一睡もできなかったようで疲れた顔だった。
だけれど、微笑んで見送ってくれた。
ありがとう、と言われたが、私こそ。
——懐かしい気持ちにさせてくれてありがとう。そして、力になれなくてごめんなさい。
心の中でそう呟くと。
いぶきは、自分の両頬を軽くパシンと叩き、歩き出すのだった。
ナルさんがお礼を弾んでくれたので、差し当たりの生活費には困らなそうだ。
少し申し訳ない気もするが、このお礼はいつか別なカタチで返せたら、と思う。
2人は、もう少しこの村を散策することにした。
ロコは小さな村だったが、見聞きしてこの世界の事を知るには逆に都合が良かった。
露店でリンゴをもらい、教会では何故か追い返され、道具屋では服などを
夕食は、昨日の食堂でとることにした。
あかりがカウンター越しに注文している。
「あれとこれとー、あのシュワシュワ2つ!!」
デジャヴのような光景だ。
でも、今回はお金があるので前とは少し違う。
しばらく雑談していると料理が出てきた。
食材や調理法はどこかで見た事があるものばかりだった。
Aliceの世界は、テスターの記憶や思念の影響が強いので、そのせいであろう。
あかりは、野菜とお肉をトルティーヤのような皮に巻いて頬張った。わたしも食べてみる。口にいれるとコーンの芳ばしい香りがして、美味しい。
そして、シュワシュワをゴクゴク。
シュワシュワの味はイメージと少し違った。なんだか甘い。
まぁ、これはこれで悪くはなかった。
いぶきは『あかりは未成年ぽいけど大丈夫なのか? 』と思ったが、ここは異世界なので深く考えるのはやめた。
こうして誰かと食事をとるのも久しぶりだなと、いぶきは思った。
会社はあんなだったし、実家は……。
母が亡くなってからは、家族で食卓を囲むことは
前は皆で食べるのが当たり前だったのに。
だけれど、その『当たり前』は、いつの間にかどこかにいってしまった。
たまにの会社の飲み会では、何を食べても味気なく感じた。でも、今は、目の前であかりが美味しそうに食べ物を頬張っている。
それを見ていると。
自分も楽しい気分になる。
食事は1人でもできる。
しかし、365日掛ける3食。
その何十年か分。
その人生の限られた機会を、誰かと共有できることは、幸せなことだと思う。
いぶきがそんなことを思っていると、あかりが口をモゴモゴさせながら言った。
「ゲームに閉じ込められちゃった人は、みんな、現実世界の方はどうなっちゃってるの? わたしは病……、あっ、家族が一緒だから大丈夫だと思うけれど」
たしかに、といぶきは思った。
1日や2日ならさほど深刻な問題は起きないのかも知れない。しかし、それが長期間に及ぶとなると話は変わってくる。
自分のことは会社がどうにかしてくれると思うが、他はそうとは限らない。
いぶきは飲み物をテーブルに置くと、努めて平然を装って答えた。
「今回のテストでは、家に環境がない人も多いから、テスト用の施設があるって聞いたよ。その人達は心配ないんじゃないかな。それ以外の人も、住所とかは運営会社が把握してるだろし、警察等と協力して対応してると思う」
実際のところは分からないが、ゲームの中にいる自分達にはどうしようもないことだ。
ここは山﨑達に頼る他はない。
あかりも同じように思ったのか、それ以上聞いてくることはなかった。
その後も雑談をしつつ時を過ごした。
食事が終わり食堂を出る。
宿はどこにしようか。
そんなことを考えて歩いていると、
月明かりに照らされて、淡く青い村の景色が浮かび上がる。
夜空を見上げて、いぶきは思った。
『月ってこんな色だったのか』
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