第8話 ロコ村の親子 2

 

 星型のブローチ。

 木製でナルさんのネックレスと同じかたち。


 きっと、ノルンのものだ。


 2人は必死にノルンを探す。

 簡単に諦めるつもりはない。


 諦めた瞬間に、嫌な予感が現実になってしまう気がしていた。


 辺りをくまなく探す。

 それこそ、木の上から落ち葉の下まで。

 しかし、ノルンの姿はなく、既に獣の気配もない。


 しばらく探すと、2人は否応もなく気づかされる。


 肩が重くなって、瞼も重くなって。

 ズンッと地の底に叩き落とされたような気持ちになった。

 

 さっき見た絶望的な痕跡は、もう何日も前のものなのだろう。きっと、森に入ったその日のうちに、ノルンは襲われてしまったのだ。


 現実を突きつけられ、打ちひしがれる2人。


 覚悟はできていた。

 だけれど、やはり受け入れられない。


 ふと、あかりは何かを追うように視線を動かした。


 そして、いぶきに確認する。


 「いぶき、あそこに女の子が見えた気が……」



 (ザーッ)


 不意な風に木立が揺れ、落ち葉に影が落ちる。


 2人は駆け寄る。

 胸に感じるのは、期待感ではない。


 不出来な模試の答案を返却されるような感覚。


 あかりが駆け寄り足下を見ると、封筒が落ちていた。何かに噛みちぎられたようにズタズタな小さな鞄と、そこから放りだされ折れ曲がった封筒。


 宛名など見なくても誰のものか分かる。


 あかりは、恐る恐るその封筒をあける。

 中には、紙が一枚。


 あかりは、その手紙を読むと、動きを止めて俯いた。手紙を持つ手にクシャっと力が入り、小刻みに震えている。


 「いぶき、『お母さん、お誕生日おめでとう』って書いてあるよ……」


 ノルンは、母の誕生日に薬草を採りに行ったのだ。そして、そのまま居なくなった。


 「なんで……」


 あかりは呟いた。


 ノルンを襲った獣は、きっと、いつもそこにいる訳ではない。たまたま、運悪くそこに居合わせたのだ。


 「お母さんを喜ばせたくて、わざわざ誕生日に行ったんだよ? それなのに。その日、その時、その場所じゃなければ起きないような偶然で死んじゃうなんて……」


 本当に、なんでよりによってその日なの? 

 せめて、せめて。


 あと1日くらい後にしてくれたっていいのに。



 2人は帰路につく。

 背中を丸くして、その足取りは、鉄のおもりが繋がれているように重かった。


 ノルンの手紙と、傷だらけのブローチを持って。

 

 2人はナルのもとに帰った。


 ナルは、きっともうノルンは居ないと分かっていたのだろう。


 しずかにブローチと手紙を受け取ると、ギュッと抱きしめて。

 

 目にいっぱいの涙をためて言った。


 「お帰りなさい。私の娘を見つけてくれてありがとう」


 あかりは子供の頃、同じような経験があった。あかりの家は金沢市の外れにあり、少し山に入れば、いつ熊にあってもおかしくない場所だった。


 あかりはある日、1人で山に入った。


 運良く帰れたが、家は大騒ぎになっていた。


 家に帰ると、あかりの母は、あかりに思いっきりビンタをした。その時のあかりは、自分がなぜそこまで怒られたのかよく分からなかった。


 でも、今回の一件で分かった。


 『あの日、私が無事に帰れたのは、たまたま、この子より運が良かったにすぎない』

  

 あかりの口から、言葉がこぼれ落ちる。


 「お母さん、ごめんなさい」


 それは、現実世界の母には届かぬ十数年越しの謝罪だった。



 いまのあかりには、この母親の気持ちがわかる。本当は、あかりの母のようにビンタをして娘を抱きしめたかったはずだ。



 まるで自分の母親を悲しませているようで。


 あかりはナルに抱きつき、小さな子供のように。わんわん泣いた。


 2人は約束の謝礼をもらった。

 辞退しようとも思ったが、受け取らないのも失礼な気がしたからだ。


 その日は、ナルさんの好意で家に泊めてもらった。皆が寝静まった頃、隣の部屋から、枕に押し付けたようなくぐもった泣き声が聞こえた。



 いぶきは思う。

 これもプログラムなのだろうか。


 他のプレイヤーがきたら、ナルはまた同じ話をして同じように泣くのだろうか。


 『だとしたら、ここは地獄だな』


 ……願わくば、彼女の物語が進み、娘さんとの記憶が、いつか思い出に変わりますように。

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