第7話 ロコ村の親子


 2人は食堂を後にした。

 あかりはお腹を押さえている。


 「わたし餓死しちゃうかもぉ」


 女店主にも聞いたが、お小遣いが欲しい人は、やはり村人のお願いを聞いて報酬をもらうのが一般的らしい。


 いぶきはあかりに呟く。


 「そう都合よく困ってるNPCなんているもんなのかな?」


 「NPCって何?」


 いぶきは思った。


 『そっかぁ。この子、あまりゲームしたことないんだっけ』


 歩きながら、簡単に説明をする。


 「NPCっていうのは、ノンプレイヤーキャラクターの略でね、プレイヤー以外の人のことだよ。さっきの女店主とか、そこのおじさんとか。このゲームの中には、プレイヤーよりもNPCの方が人数が多いんじゃないかな」

 

 あかりは何かに落ちない様子だ。


 「ふーん。NPCって、プログラムされてるんだよね? だったら、決まってること話してるだけで、気持ちとかないの?」 


 『なんか面倒なことを言い出したな』

 いぶきはそう思いながらも答える。


 「どうだろうね。私たちが『気持ち』と言っているものも、単なる反射と捉えることもできるだろうし、区別は難しいんじゃないかな」


 腑に落ちた様子のあかり。

 「そっかあ。区別がつかないなら、NPCさんも大切にしないとね!!」


 そんな話しをしながら村の中を歩く。


 色々な人の話を聞くうちに、なんとなくこの村のことが分かってきた。


 どうやら、この村はルンデン王国という国の北東にあるらしい。国王は、『ルーク・デル・ルンデン』であり、1人の王女と3人の王子がいる。


 ここの村人たちは主に狩猟や農業を生業としているようだ。収穫物を満載した荷車が行き交っている。


 いかにも田舎の村といった雰囲気だ。


 そこかしこから、鶏の鳴き声や子供達が遊ぶ声が聞こえてくる。天気が良いことも相まって、こののどかさは心地よかった。


 村は中央の池を起点として四方に広がっており、大きな村ではないので簡単に回ることができる。


 すると、村の端の小さな家の前で、ウロウロしている女性がいた。目は虚ろで靴は泥だらけだ。随分と簡素な服を着ている。


 なんだか気の毒に思って、いぶきは声をかけた。

 「何かお困りですか?」


 女性はこちらを向いた。

 髪の毛は乱れ、目の下にはくまができている。女性は乾燥してかさかさになった唇を震わせて、何か話している。


 「娘が数日前から居ないんです。ほんとうにどこに行ってしまったの……」


 女性は言葉に詰まり、両手で顔を押さえると、堰を切ったように泣き出してしまった。


 きっと、ずっと堪えていたのであろう。


 いぶきとあかりは、女性の両肩を抱きしめるように支えると、落ち着いてもらえるように背中をさすった。


 「……わたし達もお手伝いします」


 謝礼もくれるというが、理由はそれだけではない。いぶきとあかりは、この女性の手伝いをすることになった。


 母親の名前は「ナル」、居なくなってしまった娘さんは「ノルン」と言うらしい。


 ノルンは数日前に、母親が仕事に行ってる間に居なくなってしまったということだった。

 ナルさんは、話しをしている間も、木でできた星型のネックレスをずっと触っていた。


 近所の人に聞いたところ、数日前にノルンが森の方に入っていく姿を見たとのことだった。

 森では傷直しの薬草が採れる。だが、魔物が出るので村人は滅多に近づかないらしい。


 いぶきとあかりは、森に行ってみる。


 森は背の高い木立が生い茂り、陽の光が十分に届いていない。時々、どこからか獣が唸る声が聞こえてくる。小さな子が1人で歩くには、さぞ心細かったであろう。

 


 いぶきは、疑問だった。

 『なぜ、ノルンは1人で森に入ったのか』


 そんないぶきの様子に気づいたのか、あかりは足を止めて、いぶきの方を振り返った。


 「いぶき、さっきのナルおばさんの手見た? カサカサで傷だらけだったよ。きっと畑とか力仕事してるんだよ。お母さん1人で娘さんを育てるのは大変だよね」


 いぶきは気づく。


 『そうか。きっと、ノルンはお母さんに傷薬を渡したかったんだ。お母さんの手が傷だらけなことを、娘のノルンが気づいていないはずがない』


 だけれど、それは自分のため。お母さんは、生活のために頑張っているのだ。ノルンは母親に仕事を辞めてと言うことができなかった。


 ノルンは、お母さんにも他の子のお母さんのようにお洒落をさせてあげたかったんだと思う。

 だけれど、小さなノルンにできること。それは、薬草を採ってプレゼントすることだったのではないか。


 『プレゼントだから、誰にも相談せずに1人で薬草を採りに行ったのだろう』


 ノルンの事を考えながら、いぶきは自分のことと重ねていた。


 いぶきはの母は、いぶきが高校生になる前に亡くなった。母子家庭ではなかったが、父は家庭を顧みなかったので、母は苦労していたと思う。


 そんな母の手。


 小さなころ、母と手を繋いだ時にガサガサだと思ったことがある。それなのに、自分は、労わることもなく、中学生になっても、口だけの感謝しかしなかった。


 ノルンよりずっと年上だったのに。どこかで、それが当然に与えられているものだと思っていた。

 

 感謝を伝える時間は沢山あったのに、何もしようとしなかった。


 


 ノルン。


 自分よりずっと小さいのに、お母さんを支えようと頑張った子。母と子2人きりで、支え合いながら、力を合わせて生きてきた子。


 そんな子が居なくなって、自分はのうのうと生きている。


 ——どうか、無事でいて欲しい。


 いぶきは、心の底から願った。



 2人は、枝木をかき分け森の中を進んでいく。

 教えてもらった場所まで後少しだ。


 いぶきとあかりは口数が少なくなる。それぞれ、ノルン親子の過ごしてきた時間に思いを巡らせていた。


   

 薬草の群生地に着いた。


 嫌な予感がする。


 いぶきの心臓は破裂しそうだった。

 手には大量の汗をかき、持っていた錫杖を握り直さなければならない程だった。



 ノルン…?



 そこにあったのは、獣に踏み荒らされた薬草の跡。


 そして、何かに踏みつけられた木製の星型のブローチだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る