第6話 ロコ村にて

 

 いぶきは、上の空だった。


 色々と検証したいのに、社内研修の内容をあまり覚えていないのだ。


 『講師のお姉さんの足ばかり見ていたからかも……』


 今までもそうだった。

 

 小学校の帰りの会での連絡事項。

 彼女が何気なく教えてくれた誕生日。


 ちゃんと聞いていなくて、いつも後から後悔するのだ。確認のしようがなくて、時間が巻き戻らないかな〜と思うのだけれど、戻るわけがない。


 でも、一難去るとすぐに忘れてしまう。そして、同じ失敗を繰り返す。


 なんでこの世界に閉じ込められたのかは分からない。けれど、きっと意味がある。

 

 さっき出会った、あかり。

 身の上の話しをしてくれたのに、途中で話しをそらしてしまった。


 彼女がまた話したら、今度こそはちゃんと聞かせてもらおうと思う。


 そろそろ、成長したい。

 などと考えつつも。


 まず、胸を揉んで(ちょっと久しぶり?)、己の傷ついた心が癒されるのを感じる。


 いぶきは、研修のマニュアルや山﨑が口にしたことを反芻し、頭の中で慎重に検証した。


 まず、隔離部屋の場所についてだ。


 山﨑はアリスには、AIの支配が及ばない領域、即ち、隔離部屋が存在すると言っていた。


 この隔離部屋とは、いわゆる説教部屋のことだ。説教部屋は通常プレイヤーが入れない座標にあり、不具合がおきたNPCや問題を起こしたプレイヤーを隔離するための施設である。


 問題を起こしたプレイヤーをここに移動させて事情聴取をしたり、必要に応じてアイテムの没収やログイン禁止の措置を行うのだ。


 他社はどうか分からないが、LR Co.のゲームでは、大体この種の施設が用意されていた。そして、経験上、説教部屋は、街中の入れない建物の中や、フィールドの端にあることが多い。


 では、アリスの説教部屋はどこにあるのか。


 これについては、当たり前だがNPCからヒントを得ることはできないだろう。山﨑の発言から辿たどるしかない。


 ……!!

 いぶきはハッとする。


 たしか、山﨑は座標を言っていた!

 うる覚えだが、X座標、Y座標ともに二桁台だったはずだ。


 X、Yとは、縦軸、横軸のことであり、現実の緯度•経度に近い。

 つまりアリスの説教部屋は南西にあることになる。


 では、そこには何があるのか。


 いぶきのGMレベルでは、ワールド全体に影響を与えるコマンドは使えない。しかし、ヘッドGMが使えるコマンドの中には、ワールドやシステム、NPCに直接干渉できるものがある。


 ワールドコマンドと呼ばれる、それを使うためのアイテムがあるのではないか。


 では、禁則事項についてはどうであろう。


 アリスの管理AIには、開発者に課せられた禁止事項。すなわち、禁則事項がある。

 禁則事項はレベルごとに分類されており、レベルが高いものほどセキュリティーが堅牢になっている。


 レベル4が一番高く、

 【ゲーム終了によるプレイヤー解放】

 【ビルダー変更の禁止】

 【プレイヤー精神への直接変更禁止】

 が定められている。


 レベル3では、

 【プレイヤーログアウトへの制限禁止】

 他いくつかの事項がある。


 先ほどアビスは、『この私を倒してこの世界から逃げてみせよ』というようなことを言っていた。


 そして現状、テスターはログアウトできない。


 ということは、既に禁則レベル3はアビスに突破され、レベル4はまだ残っているということだ。


 しかし、レベル4とて、いつ突破されてもおかしくない。


 アビス自身の存在意義にかかわる【ゲーム終了によるプレイヤー解放】がなくなるとは考えにくいが、【ビルダー変更の禁止】はアビスにとっても邪魔なはずだ。


 アビスがビルダー権限にまで干渉できるようになったら、アビスにとってはビルダーコマンドですら脅威でなくなる。


 今の状況を打破する望みがなくなってしまうのだ。


 幸い現在は、いぶきの存在はアビスに認識されていない。しかし、バレたら直接殺されかねない。


 『時間がないな』


 いぶきは思った。


 まずは南西を目指すべきだろう。

 進むべき方向が決まった。



 ………。


 

 ひたすら南西に歩いた。

 すると、日が真上にくる頃、小さな集落が見えてきた。

 村の入り口には見張りの男が立っており、ここがロコ村だと教えてくれた。


 なんだか、こちらことをジロジロ見ている。

 旅人がそんなに珍しい乗るだろうか。


 とりあえず、言葉は通じるらしい。

 良かった。


 村に入ると食堂があり、肉をいぶしたような匂いがしている。匂いに釣られて胃が活発に動き出す。


 いぶきは、自分がしばらく何も食べていないことに気づいた。


 いぶきとあかりは顔を見合わせて言った。

 「お腹すいたぁ」


 食堂の中に入ると、数名の客がビールのような酒と食事をとっている。

 凝った料理ではなかったが、腹ぺこの2人には、十分なご馳走だった。


 あかりはカウンターに走り、注文する。


 「えーと、あそこのお客さんが食べてる串刺しのお肉と、あっちの人が飲んでるビールっぽいシュワシュワしたやつください!!」


 女店主は怪訝そうな顔をする。


 「全部で30ルミア。前払いだよ!!」


 その段になってあかりは気づく。


 『お金持ってない……』


 いぶきに助けを求めるが、いぶきは残念そうな表情で顔を横に振る。


 残念なことに、オールフリーではないらしい。



 ………。



 2人が無一文で困っていると、1人の男性客が近づいてきた。


 下品な笑みを浮かべている。


 「お嬢ちゃんたち、困ってるんでしょ。今夜どう? 2人なら100,000ルミアは出すよ。食事も奢るし」


 いぶきは、思わず心が揺れ動く。

 十万ルミアがどれくらいか分からないが、大金な気がする。

 一揉み10,000ルミアくらいで分割とかできないだろうか。


 すると、あかりは半眼で男を見ると、口角を下げて睨みつけた。


 こわい……。


 そして、小刀の切先を、ゆっくりと男の喉仏に当てる。あかりが少しでも刃を持ち上げれば、男は大怪我では済まないだろう。


 「今夜って、何させるつもりなんですか? そんなことより、わたし達にもできる、まっとうな稼ぎ方教えてくれませんか? それが、大人の役割っていうものですよね。ね?」


 男は両手を上げる。


 「ごめん、冗談だよ……。この村にはギルドはないから、そのへんの人のお願い事を聞いて稼ぐといいぜ? 頼むから、その刀下げてくれよ。奢るからさ」


 あかりは、そのままの形相で小刀を下げる。


 「あなたの施しなど、いりません」


 そして、あかりはこっちを向くと。

 何事もなかったようにニッコリする。


 「いぶき、そういうことだから、外いこっか」


 「は、はい……」


 いぶきは、『奢ってくれるもんなら、もらっとけば?』と思ったが、そんなこと口が裂けても言い出せる雰囲気じゃない。


 怒りのベクトルがこっちに向きかねない。


 こわいよ。この人……。


 いぶきの旅は前途多難だ。

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