第5話 騒然 3

 

 安藤は、ある疑問が湧いた。


 「ところで、一之瀬さんは、このことを知っているのですか?」


 山﨑はバツが悪そうに首を左右に振る。

 すると代わりに谷口が答えた。 


 「知らないです。さすがに異変には気づいてる思いますが、性転換に僻地へきち送致で怒ってると思います……」


 安藤は、また不思議そうな顔をした。


 「じゃあ、一之瀬さんのクラスは?」


 今度は山﨑は答える。


 「ヒーラーですね……」


 「それって、一之瀬さんが自分で選んだの?」


 「いえ。『嫌がらせ的に、おもしろいかな〜』って、俺が決めました」


 安藤は不安そうな表情になる。


 「私はゲームをあまりしないので分からないのですが、ヒーラーって魔法使いでしょ? 一人でアビスまで辿たどりり着けるんですか?」


 「辿り着けないですね。下手したらそのへんの雑魚で普通に死ぬ可能性すらあります……。あ、でもアンデットには強いんですよ? たぶん。なんとかアンデットー!みたいな感じで」


 山﨑は続ける。


 「……だって、仕方ないじゃないですか!! こんなことになるなんて思ってなかったんですよ」

 

 安藤は額に手をやって頷く。


 「ですよね〜」


 ……前途は多難そうだ。


 



 場面は変わってゲーム内。

 

 いぶきは考える。

 これはどういう状況なのか。

 何かの演出なのか。


 『否』


 アリスのテストは10,000人規模だ。

 それに加えてNPCもいる。総数は数十万人以上だろう。


 ここは、もうひとつの世界といってもいい。

 そんな中、アビスのあのアナウンス。


 都市部での大混乱は想像に難くない。中には自暴自棄になっている者もいるだろう。


 運営がそんな炎上覚悟の演出をする訳がない。


 自分も運営の一員として、そんな状況を放置はできない。

 

 何をすべきか。何ができるのか。


 そんなことを考えていると、あかりは心配そうに、いぶきの顔を覗き込んできた。


 「何か辛い事があるの? 大丈夫?」


 あかりが心配するのには理由があった。


 例のアビスのアナウンスの後、いぶきは、急に激しい頭痛と嘔吐おうとを覚えて倒れてしまったのだ。原因はわからない。


 そんないぶきを気遣ってか、あかりは自分の話をし始めた。


 「わたし、金沢の古い寺院の生まれでね。お父さんは僧侶なの。小さい頃から厳しい家でさ。毎日、お経を唱えてた。だからかな。『仏士』なんてクラスになったのは」  


 いぶきはちょっとビックリした様子であかりを制した。


 「ダメだよ。個人情報は。どこで誰が聞いてるか分からないし」


 あかりは平然とした表情で続ける。


 「大丈夫だよ。いぶきと私しかいないし」


 「だから、わたしだってどんな人間かわからないじゃん」


 あかりは微笑む。


 「わたしね。ずっと1人だったの。みんなと居ても1人だった。家のこともあってね。でも、家でも1人だったかな」


 あかりは続ける。


 「他のテスターは、皆、街から始まるんでしょ?

  わたし、そんなのだから、ゲームでもこんな1人遠い場所から始まったと思うんだ。だけど、こんな人も居ないような遠い場所でも、いぶきに会えた。

  だから凄く嬉しかったんだ。1人じゃないんだって。よく分からないけれど」


 いぶきは、随分と重いことを笑顔で話すんだな、と思った。ちょっと話題を変えるつもりで、あかりのクラスについて聞いてみる。


 あかりはクラスシンボルの数珠を握ってクラスを確認する。


 「仏士って書いてあるよ。説明には、因果を切り裂く守刀まもりがたなをその手に、六道を巡り人々の行末を救済する使命を負う者、って書いてある」

 

 いぶきは、やたらカッコいいフレーバーテキストだな、と思いつつ、今度は自分のクラス説明を確認してみた。



 すると、クラス説明の下に、さっきまではなかったテキストが増えていた。


 ————————

 

 パラレルクラス:創世術士 レベル2

 クラス説明:

 創世の力を操る術士。

 その術は、この世の理をも書き換える。

 スキル:ロケーション、クリエイトウェポン

  リライトステイタス 他


 ————————


 ……いぶきは、リライトステイタスという言葉に覚えがあった。これはGMゲームマスターコマンドだ。


 いぶきは思った。


 『ビルダー権限が解放されてる。おそらく、山﨑が嫌がらせのためにビルダーを紐づけたのだろう。

  創世術はビルダーコマンドのことかな。だとすれば、レベルはそのままGMレベルか。

  アビスに干渉するには、ワールドクラスのコマンドが必要だよな。だとすればレベル2では足りない』


 さっきは恐らく、このステイタス変更の影響で気分がわるくなったのだ。

 

 うまくすれば、自分にも何かできるかも知れない。ならば、これからすべきことは……。

 

 まずは、GMレベルの不足を補うために、以前に社内で研修で読んだリスクマネジメント•マニュアルに沿って、隔離部屋を目指すことだ。


 そのためにも、アビスに到達するための仲間を集めないと。1人じゃウサギでも死ねるし。


 いぶきは、自分が何をすべきか分かった気がした。


 そして、立ち上がると、街を目指して歩き始めた。

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