第4話 騒然 2

 

 モニタールームでは、アリスのワールド各地の状況が流れていた。部屋の中はいつになく静まり返っている。

 

 アビスのアナウンスの後、皆が一様にログアウトを試した。そして、それが出来ないと分かった後のテスター達の反応は様々だった。


 自分より格下の相手を見つけては、指をさしさげすむ者。投げやりで無気力になる者。


 激情のままに怒り、周囲に当たり散らす者。

 ここぞとばかりに盗みを働く者。


 女性テスターを攫って姦淫かんいんをはたらこうとする者。ただ本能のままに食べ不安を紛らわす者。


 そして、勇気を出して立ちあがろうとする者をねたみ、難癖なんくせをつけては糾弾しようとする者。


 その様子をみて、山﨑は絶望的な気持ちになる。


 アリスの不具合に対してではない。

 まざまざと見せつけられる人の愚かさに落胆してしまったのだ。


 無意識に口をく。


 「7つの大罪そのままだな」


 まさしく、アビスが『傲慢ごうまん』と表現した通りだと思った。

 

 そんな中、山崎はあることを思い出した。


 彼は、嫌がらせで『一之瀬のアバターを勝手に女性に変えて、僻地に吹っ飛ばした』のだった。


 いくら運営といえども、正当な理由なく一般アバターの性別を変えることはできない。しかし、運営側のアカウントに対してであれば、話は別だ。


 ヘッドGMの権限があれば、稟議等なしに変更することができる。


 そのため山﨑は、一之瀬のアカウントを一時的に業務用ビルダーアカウントと紐づけ、各種の嫌がらせをした。


 その副産物として、一之瀬の一般アカウントからはGM権限へのアクセスが可能となっている。


 そして、紐付けを解除する前にアビスが現れた。つまり、今の一之瀬のアバターはGMの権限を有していることになる。


 ちょうどヘッドGMの谷口も同じ事を考えていたのであろう。


 2人は顔を見合わせて言う。


 「外からの解決が無理なら内側から。一之瀬が動いてくれれば、いけるかも知れない」


 更に言えば、一之瀬は事前の社内トレーニングにも参加しており、その中にはサイバーアタックによりAliceサーバーが孤立した場合のケース•スタディも含まれていた。


 絶望的な状況に一縷いちるの望みを見出せた瞬間だった。


 2人の会話についていけていない安藤に、谷口が説明する。


 「あくまで当社での話しですが。ビルダーレベル、つまり、GMの権限にはレベルがありまして。

  レベル1は、座標移動等のワールドに影響の少ないコマンドのみ使用が可能です。

  レベル2は、それに加え、個々のアバターに変更を加えるコマンドが可能になります。

  既存アイテムの付与や姿の変更、ステータス変更等がこれにあたり、通常はユニットリーダーレベルのGMに付与されるものです」


 そこまで説明すると山﨑が割って入る。

 気分が高揚しているのか、安藤に対してもタメ口だ。


 「レベル3では、ワールドに影響を与えるコマンドまで可能だ。新規スキルやアイテムの創造、アバターやオブジェクトの消去、個人情報へのアクセス等がこれに当たる。通常はヘッドGMに付与される権限だが。

 当社では、緊急時のゲーム内部からの対応策として、ビルダーレベルを一時的に上げるアイテムを設定した」


 山﨑の高揚は冷静に変わり、ゆっくりとした口調で続ける。


 「このアイテムは、ハッキングへのリスクヘッジとして、システムAIからも隔離された領域に設置されています。そして、現在、当社GMの一之瀬いぶきが一般テスターとしてAliceをプレイしているんです」


 ここまで説明されて、安藤にも合点がいったようだ。右手の人差し指を口もとに近づけると、つぶやいた。


 「なんとかなるかも知れないわね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る