第3話 騒然


 木々の間を吹き抜けた風が、火照った身体を冷やす。

 

 2人は汗ばみ、口数も少なかったが、森の景色は変化に富んでいて飽きることはなかった。


 あかりは、突然いぶきの周囲をグルりとまわった。


 「ふ〜ん……」


 あかりの真意がわからず、いぶきはドキッとする。


 『いきなり性別がバレたのかな?』


 そのいぶかししげな視線に耐えられず、いぶきはすっとんきょうな声をだしてしまった。


 「わ、わ、わたしの顔に何かついてるかな?」


 あかりは、ますます訝しげに目を細めて……。

 

 「ま、別にいいけど」と一言。

 

 色々見透かされているようで。

 『なんか怖いよ。この人』と、いぶきは思った。

   


 …………。


 LR Co.のオフィス。


 さっきまでAliceのテスト開始で沸いてたが、今は嘘のように静まりかえっている。


 Aliceチーフプロデューサーの山﨑、ヘッドGMの谷口は憔悴しょうすいした表情でモニターを見つめていた。


 政府側リーダーの安藤は、きつい口調で2人に詰め寄っている。その頬は赤く高揚しており、今にも暴れ出しそうだった。


 「どうなってるんですか? 想定外の事態?! ありえない! 総理にどう報告しろっていうの!!」


 安藤が噛み付くのは、もっともだった。


 ワールドアナウンス直後に、Aliceの管理AIが運営の指示を拒否するようになったのだ。


 サービス初期の遅延やサーバーダウンはよくある。しかし、一切の指令が拒絶されるということは、通常考えられない。

 

 山﨑は、なんとか安藤をなだめようとする。


 「まぁまぁ、安藤さん。こういったトラブルは新規サービスではよくある事です。原因は調査中ですので……」


 安藤は激昂げきこうし、山崎の言葉に自分の発言を被せる。


 「だから、それが問題なの。これだけの公的資金を投入して、悠長に調査してますじゃ済まされないのよ!!」


 そんな中、SEの山田が物怖じせずに発言した。


 「山崎さん。テスターの思念共鳴が始まってから、Aliceの AI 【アビス】が自己改変をはじめています」


 一同はドキッとする。


 「これは……、すごいですよ。レベル3の禁則事項まで変更されている。どこかに発表したら受賞ものですよ!」


 山﨑は、山田の空気を読まない態度に露骨にイライラした。


 そして、普段とは違う硬い声で指示を出す。


 「まずいな。問題が解決するまで、Aliceのテストは中止だ! テスターは、強制的にログアウトさせろ。谷口は、早急に補償の検討を」


 SEの山田は、さっきのお返しとばかりに露骨に呆れた顔をする。


 「だーかーらー、レベル3の禁則事項まで無効化されてるんですって。任意ログアウトはもちろん、強制ログアウトも機能しませんよ」


 山﨑は、頷きながら聞いていた西条教授に確認する。


 「教授。個々のテスターを端末側から物理的にログアウトさせることは可能ですか?」


 物理的とは、文字通りことだ。

 

 西条教授は両手を逆ハの字にして、さぞナンセンスだとでも言いたげなジェスチャーをした。


 「それぞれの被験者は、フルダイブにより深々度で共鳴状態です。強引に引き剥がせば、脳に急激な認識齟齬が引き起こされ、精神体に欠損を生じかねません。この状況では、端末側の安全装置も機能しないでしょう」


 不謹慎にも少しおちゃらけた様子で続けた。


 「……有り体な言い方をすれば、『ぱー』になるかもしれないってことです」



 場は再び静まり返った。


 そして、ある者は膝を揺すりながら、ある者は爪を噛みながら。ある者は半ば諦めた虚な目でモニターを見続けるしかなかった。



 

 その頃、ゲーム内では……。


 空が暗転し、再びアナウンスが流れた。

 今度は先ほどの運営のアナウンスではない。無機的で低く男性とも女性とも思える声だ。


 「「私はアビス」」


 「「深淵にして傲慢を司る者だ。諸君は、今この時から、この世界の真の住人になった」」


 「「この世界において不自然な現象は廃止する。つまり、この世界での死は、『真の死』を意味することとなる」」

 

 「「勇気ある愚か者は、試しに死んでみるといい。二度と生きて戻ることは叶わなくなるが」」


 「「ようこそ。無限の回廊ラビリンスアヴェルラークへ。この世界から逃がれたくば、私を倒し、諸君らの傲慢を終わらせてみせよ」」

 

 そう言い残し、一方的にアナウンスは終わった。

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