第10話 月明かりの夜に 2

 

 あれ……。

 そもそも、この時間から泊まれる宿はあるの?


 急に出張になってビジネスホテルを探すくらいの感覚でいたけれど、ここは現代日本とはちがう。


 どうしよう、と困っていると、エプロン姿の女性に話しかけられた。


 「あんたら、宿を探してるの?」

 

 「はい。そうなんです」


 「こんな可愛い女の子が2人だけで、夜まで宿探しとは感心しないな〜」


 やはり、この時間で宿が決まってない女子は、女子力低めということらしい。

 

 女性は、いぶきとあかりを交互に見て、掌を拳で打つと、手招きをした。


 ……なんだろ?


 「しかたないなー。うちに泊まっていきな!」


 よかった。泊めてくれるみたいだ。


 宿に入ると、女性はカウンターに向かって叫んだ。


 「母さーん。お客さん」


 カウンターにいた恰幅のよい女性は、少し不機嫌そうに答えた。


 「あ? いまは部屋は空いてないよ。そう言っただろ?」


 「この人達。ナルさんが話してた人だよ。すごく世話になったって」


 「あぁ、例の。わたしらもずっとナルを心配してたんだよ。そういうことなら了解だ。遠慮せずにとまっていきな!!」


 あかりは、なにやら頷いている。

「人に親切にすると良いことあるよね!」らしい。


 『いや、ほんとほんと。そう思うよ』


 それにしても、宿は常連用に一部屋残していると聞いたことあるけれど、あれ本当なんだな。

 

 2人は3階の角部屋に通される。

 建物は、木造3階建てで、簡素な造りだったが、泊めてくれるだけで十分だ。


 料金は「特別サービスで4,500ルミア」とのことだったけれど、それが安いのか高いのかは分からない。


 でも、端数が出てるあたり、安いのかな。たぶん。


 そして、こうしてあかりと今夜も同室になってしまった。


 性別の件。早めに話すべきなんだろうけれど。既に手遅れな気もする。


『なんかバレた時に殺されそうだな……』


 いぶきはそう思いながら、部屋に入った。


 通された部屋は、ベッドが2つと小さなテーブル、水を張った桶があるだけの簡素な造りだった。


 あかりは荷物を床に放り投げると、自分自身のカラダもベットに放り投げた。


 お世辞にもフカフカとはいえない薄いマットレスだ。でも、疲れた身体には、横になって寝れるだけでも有難い。


 あかりは、枕を抱えてゴロゴロしながら。

 「この部屋、4,500ルミアだって。安いのかな? 私たちの世界の『円』と同じくらいの感じだね」


 いぶきは頷く。


 りんごが80ルミア、さっきの食堂では、2人で3,000ルミア。たぶん、あかりが言う通りなのだろう。


 ルミアは世界共通通貨なのだろうか。それとも国ごとなのか。そもそも、このアヴェルラーク大陸に国はいくつあるのか。


 謎が多すぎる。


 他のテスターとの情報交換もしたいし、都市部に行かなければならないなと、いぶきは思った。


 そんなことを考えていると。


 『このアバターどんな顔なの?』と、いぶきは、素朴な疑問が沸いた。


 ファッションに無頓着だった一之瀬は、今まで自分の顔にも関心がなかった。そのため、この世界に来ても鏡を見ようという発想がなかった。


 とはいえ、この世界では鏡は高級品らしく、こんな安宿にある代物ではない。そこで勇気を出して、いぶきは後々の黒歴史になりそうな質問をする。

 

 「わたしって、かわいい?」


 あかりは即答する。


 「すっごく可愛い! この世界のキャラクターって現実のまんまなんでしょ? 最初に見た時、こんな可愛い人、世の中にいるんだ、と思ったよ」


 『まぁ、自分は山﨑特製のチート仕様だからね』

 いぶきは心の中で舌打ちした。


 それに、あかりの方こそ相当可愛いと思う。


 しかし、そうは言っても気になるのが、男の性というものだ。水を張った桶があることを思い出し、いぶきは、おそるおそる水面を見てみる。


 ……!!


 正直、いぶきが思った以上だった。


 年頃は18才くらい。

 顔立ちは、少し丸顔の童顔、碧眼。肌は白磁のように白い。


 髪はプラチナブロンドで、ゆるい縦ロール。

 サブタイトルに『女神から美を奪いし者』とつけても許されそうな美形っぷりだ。


 「ハァ……」

 

 いぶきは思わず、ため息が出た。

 山﨑は盛りすぎなのだ。手加減して欲しかった。


 これじゃあ、行動しづらい。悪目立ちしてしまう……。


 村の男達が、やけにジロジロ見てくると思ったが、その理由がわかった気がした。

 

 そして真剣に思った。

 『男性メンバーの人選、慎重にしないとヤバいぞ。この世界で別の意味の初体験することになりかねない……。嫌すぎる』


 そんなこんなで、わあわあ騒いでいると、いつの間にか夜も更けてきた。


 「そろそろ寝よっか」


 そう声をかけて、いぶきは掛け布団を目の下まで被る。

 



 ………。



 しばらくして、あかりが眠ったことを確認すると、いぶきは静かに起き出した。いぶきには、しておかないといけないことがある。


 それは、ビルダーコマンドの検証だ。


 いぶきは、あかりに気づかれないように、宿の裏口からそっと外に出た。

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