35話
「そう……なんですね」
絶句。瞬きをすることすら忘れてる。
「ごめんね。重たい話をするつもりはなかったんだけど」
話したらこうなるよなってのは理解してた。だからしたくなかった。
彼女は私に抱きつく。抱擁。私のことを包み込むように抱きつく。
カタンと机はぶつかり、揺れて、周囲のお客さんから注目を浴びる。
本来彼女はこういうことって嫌いなはずなのに。気にする様子は一切見せない。
温かさが私を包み込む。体も心も。
「辛いのは私だけだと思っていました」
抱きついたまま私の肩に顔を埋める。
「椿木さんは天性の陽キャさんであって、私とは違うステージに立っている人だって思っていました」
「うん」
「横に並ぶことすら似つかわしくなくて、情けをかけられているんだと思っていました」
「うん」
「でも違うんですね」
抱擁が緩くなる。
ゆっくりと彼女は椅子に腰掛けて、ぼんやりと私のことを眺める。なにか考えてるような、なにも考えてないような。どっちとも捉えられる視線。
「似た者同士だったんですね」
「そうだね。似た者同士」
そうか。似た者同士……か。そうか。そうか。なるほど。彼女に惹かれたのはもしかしたらそういう部分もあるのかもしれない。
表面上は対極にいる私たちだけど、内面の扉を開けてみればそこにあるのは似たようなもの。
包み隠して、取り繕って、面白くもないのに笑って、その場で空気を読んでやりたくないことをして、時に人の悪口とか聞いたりして。
精神だけをただ疲弊する。ずっと周りの目を気にして、どう思われてるのかなって不安になって、嫌われたくないって怯えて。
でも、琴葉ちゃんは違う。
そりゃ嫌われたくないとか嫌われちゃったかもって不安になったりはするけど。なのにそれすらも快感だった。気持ち良かった。
「だからね」
想いが燃え盛る。
ガソリンでも注いだかのように昂るばかり。突如として。
ダメだってわかってるのに言ってしまえと脳みそは叫ぶ。
拒絶してもその拒絶を拒絶される。
「私は……」
胸元を掴む。苦しい。言いたい。言いたくない。けどやっぱり言いたい。伝えたい。
「恋しちゃったの。琴葉ちゃんに」
口という関所を簡単に突破してしまう。
ふわふわと言葉は漂い、時間経過と共に変な汗が出てくる。
いくら勢いがあったとはいえ、一線を超えてしまった。
好きとかならまだ「友達としてね……」とか誤魔化しが効くけど、今の私の言葉はどう頑張っても誤魔化せない。
気付けば私は立ち上がってた。
彼女の目線が怖くてそのまま逃げてしまう。人と人の間をするすると抜けて、そのまま店外へ。
土地勘の欠片もないこの場所で、行く当てもなく、ただ走る。なんの為に走ってるのかもわからないけど。とりあえず走る。
走って走って走り続けるとやがて疲弊する。疲れが足に来る。足を止めると周囲の目が異常に気になってしまう。
街中で突如走り出す一人の女性。回帰の目に晒されるのは至極真っ当だ。
私が周囲の人間であれば「なにこの人……」って白い目で見てる気がする。というか絶対に見てる。
「やになっちゃう」
ここがどこかもわからない。振り返れば遠くに仙台駅が見えるので、元の場所に戻ることはできるけど。
今戻るのはなんだか恥ずかしい。
まぁ、いざとなったら琴葉ちゃんに電話すれば良い……って、あれ。スマホ。そ、そうか。スマホ忘れたんだった。財布もないし。そもそも彼女の電話番号も知らないし。あれ、これもしかしなくても詰んでたりしない? 詰んでるよね、これ。
詰んでると理解しても、やっぱり踵を返そうとは思えない。
これはきっと私の中に眠る意味のないプライドのせいなんだろう、
ほんと意味のないプライドだよ。
彷徨いながら歩いてると、市場のような場所へと辿り着く。
左右にそれぞれお店が並んでて、だーっとその道が続く。人も結構多くて、そこそこ有名なんだろうなって見るだけでわかる。
行く当てもなくて、そこに足を踏み入れる。
八百屋があったり、果物だけを取り扱ってるお店があったり。魚や肉も売ってる。しばらく歩くとコロッケ屋が見えてくる。油で揚げる音。香り。私の胃をこれでもかと刺激してくる。値段もさほど高くない。百円を出せばお釣りが帰ってくるような値段設定だ。
食べたいなという気持ちを、お金ないからなぁというどうしようもない事実が押さえつける。
こればかりは仕方ない。
隣にはだんご屋がある。流石仙台だ。ずんだのだんごもある。
お店に出てるおばさんが笑顔で接客する。お客さんが受け取るずんだのだんごは妙に魅力的に見てて、私の胃をさらに刺激した。もうぎゅるぎゅるぐるぐるで苦しい。お腹が空いたのだ。
端っこで膝を抱えて座る。
逃げてきちゃったけど。これからどうしよう。
スマホもなければ財布もない。なんでもできると思ってたけど、私という人間はド派手に無力なんだって痛感する。
目の前を通り過ぎるカップルやら家族連れやらを見て、私はこの人たちと同じようにはなれないんだろうなぁも思った。死神という渾名をつけられるくらいに不幸を呼び寄せる人間であって、私は幸せになれない。なってはならないんだろう。
「前世でなにしたんだろうね、私」
乾いた笑いが出てくる。
人生で初めてできた好きな人にもきっと嫌われる。
お母さんは自分自身を犠牲に私を産んでくれた。お父さんも私のせいで死んだ。だから死にたいとか思うことすら許されない。両親の死を無駄にすることになるから。そう己に言い聞かせて今まで生きてきた。なにがあっても死にたいとは言わなかった。ふと湧いてきても蓋をして見なかったことにした。
でももう限界だ。
人に嫌われるのが怖くて取り繕うように生きて心を犠牲にしながら上手く生きてきた。なのに本当に嫌われたくない人には嫌われてしまう。
神様は私に幾度となく試練を与える。
辛くて、苦しくて、神を恨む。
こうでもしないと自分が壊れてしまいそうだから。誰かのせいにしたい。八つ当たりしたい。自分を守りたい。
もう悪循環だ。
こうやって悪循環に陥ってるのに気付いて、その循環はさらに加速する。
どうしようもない。
どうしようもないからぽつりと言葉を漏らす。
「あぁ……死にたいな」
と。
こんなぐずぐずになりながらも、一つだけ燦然と輝く想いがある。
「琴葉ちゃん……会いたい」
逃げてきて、なに言ってるんだって自分でも思うけど。
でも会いたいから。
「椿木さん」
あぁ。ついに幻聴すら聞こえるようになってしまった。私、壊れちゃった。
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