30話
翌日、学校にて。
琴葉ちゃんは今日も目を合わせてくれない。
嫌われてしまった。せめて理由だけは知りたい。考えなきゃならない。
理由を突き止めて、改善したらもう一回仲良くしてくれるかもしれないという浅はかな期待をしてる。そう自覚して、少し虚しくなる。
まぁ、わからない状態で近寄っても逃げられるだけだし。今以上に嫌われるだけ。
執拗な人間は嫌われるから。私だってやけに執拗い人間は嫌いだ。
だから一旦距離を置いて、考える。いや、好きな人と離れるのは嫌だけど。こればかりは仕方のないことだから。
と、机でぐるぐる自己暗示してると、机の前に人影が見える。
「あー」
声の主の顔を確認する。まぁ、するまでもなくわかるんだけど。
「雪乃」
「ん、おはよ」
頬を指で撫でながら、くしゃっと笑う。
「昨日はなんか色々心配かけてごめんね」
「ううん、大丈夫」
手をパタパタ交差させながら首を横に振る。
「それよりも」
バンっと勢い良く机に手を置く。
叩く意思は微塵もなかった。言われなくてもそれくらいはわかるんだけど、でもわざと叩いたんじゃないかってくらいの音が響く。これじゃあまるで威嚇だ。
ザワザワとした空気の中で響き渡って、クラスは一瞬しんと静寂に包まれた。廊下から聞こえる会話。黒板の上部にある掛け時計の針音。そわそわと鼓膜を優しく包み込むかのように見みへとやってくる。
クラスの視線を集めた私たちだが、皆あっという間に興味を失い、視線はあちこちに離散してワイワイガヤガヤと喧騒に包まれた。
「それよりも?」
彼女は恥ずかしかったのか、机に手をついたまま俯く。
顔はしっかりと見えない。けど耳は赤くなってる。怒ってるのか、なにか我慢してるのか、それとも恥じらいか。
どれでもあっても、まぁ納得はできる。
「聞いて」
「聞くよ」
「昨日の最後のメッセージすっごく嬉しかった」
「そう」
「私のこと信頼してくれてるんだって伝わったから」
「友達だもん」
果たしてそこまで喜ぶことなのだろうか。
少し疑問を抱きつつも、まぁ本人が喜んでるのならば、私が一々そこまでして喜ぶことなの? と尋ねるのも無粋だ。だから気になるけど、それ以上深く突っつくのはやめておく。発狂するほど気になるってわけでもないし。
「友達……」
「一番の友達だよ。ずっと友達」
なにか納得しかねることでもあったのかなと、はっきりと口にする。
そうすると胸の中にあるコンロがカチッと点いて、ボボボボって燃えて、上半身をぼかぽかにする。まぁ、ストレートな物言いをするのなら恥ずかしいという言葉になるのだろう。
「かけがえのない?」
「まぁ、そういう感じ?」
友達に向かって、真正面からそういうことを口にするのはやはり気恥ずかしさというものがある。残る。
「なら、そうだね……うん」
雪乃はなにかを決意したのか、ぐっと胸元を掴む。リボンはくしゃっと潰れて、胸元がちらりと見える。私よりも小さいはずなのに谷間なんて作っちゃって。寄せたら私だって谷間くらい作れるんだから、とか思ってるとぎろりと睨みつけるような視線を感じた。睨むつもりはないんだろうけど、そう感じてしまうほどの鋭い視線。
私は無理矢理笑みを作って、誤魔化す。
ふぅと大きく息を吸って、途切れ途切れにそれを吐き出す。
「気持ち悪いとかそういうことりんちゃんは思わない……ううん、違う。思っても言わないだろうし、思っても今まで通り変わらずに接してくれるだろうから。だから言うね」
真っ直ぐな瞳。
思わず背けたくなるような熱視線。
視線のせいか、言葉にも重たさがあるように感じる。
一言一言に重圧があり、適当にはぐらかしたりおどけたりできないなって背筋がピンとなりこくこくと頷く。
「私はりんちゃんが好き」
「好き……」
「友達としても好き。人としても好き。キャラクターとしても好き。そしてなによりも一人の恋愛対象として好き」
明確に言葉を突き付けられる。
逃げ道は淡々と塞がれて、四方八方には壁が現れる。走り出そうとしても囲まれてるから逃げ出せない。
別に同性に告白されたということに対する気持ち悪い……というような感情はない。
だって私も琴葉ちゃんことが好きだったわけで。同性の恋愛に対する偏見なんてない。というか当事者だもん。あってたまるか。
私は琴葉ちゃんが好きで、つまり無意識のうちに女の子も恋愛対象に入ってて、友達として見てた雪乃から告白されて、琴葉ちゃんからは嫌われてて。ダメだ……ごちゃごちゃしてきた。
琴葉ちゃんから嫌われてて私の恋は叶わない。
じゃあ雪乃で妥協しても良いのかな。
「……」
うん、って言おうとしても言葉は出てこない。頷こうとしても動かない。
身体が拒否してる。拒絶してる。
雪乃のことは嫌いじゃない。むしろ好き。付き合ったって良いはずなのに。なんでか拒んでしまう。
なんでかって言いつつも、答えはわかってる。
はっきりとしてる。
私は私で恋をしてて、たとえその相手に嫌われてるんだとしても、はっきりと拒絶されるまで諦められない。だからこうなってるんだろう。
なにも言えずにただ私は彼女のことをじっと見つめた。
泣かせてしまうのかも。そう思うと少しだけ、胸がチクリと痛んだ。
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