23話
体育祭。私は今、校庭のトラックの真ん中に座ってる。
ワーワーと喧騒な空気。「がんばれー」「はしれー」「おいつけー」「まけんなー」と様々な声が飛び交う。
声が飛ぶ先に目を向けると、五人くらいがだだだだと走る。それぞれ違う色の筒状のなにかを持って走る。リレーか。そっか。リレー中だったのか。
「が、がんばれー」
声を絞り出すように、陰キャちゃんは声を出す。掠れて、周囲の声に飲み込まれるけど、それでも頑張って応援してる。
「りんちゃん。ファイト」
「アンカー頑張って」
「応援してっから」
雪乃を筆頭とする友達たちから、パシンと背中を叩かれる。
「そっか。私アンカーか」
「なに言ってんの? 大丈夫? 緊張? めっずらし」
雪乃は心配そうに私の顔を覗く。大丈夫、大丈夫とポンと胸を叩く。
「行ってくるね」
トラックに出る。係の人が「赤、青、緑、黄――白」とコーナーの順番を指定してく。私は白のタスキをかけてるから、白のバトンを受け取る。最後だ。結構距離離されてるなぁ。あまり勝てる気はしないけど、負けても私のせいじゃないし良いか。
最後にバトンを受け取って、私は走り出す。
ワーワー阿鼻叫喚に近い声援が内外から聞こえる。もっとも風の音もあってなにを喋ってるのかはわからない。はぁはぁと息が切れ始める。でも今日は調子が良いみたいだ。五馬身ならぬ五人身離れていた四位にぐんっと近付いて、華麗に抜かす。キャーとかやワーという声が上がる。
どんどんと抜かしていく。三位、二位。一位も見えてくる。ここからもう一歩踏ん張ればワンチャンありそうな距離。
「凜香っ! が、が、がんばれー」
私の耳に届く陰キャちゃんの声。鼓膜が震え、脳みそが脚を壊せと指令する。意識と反して足は動く。どうなってんだってくらい足は動く。もはや制御不能。
ゴールテープの直前。一歩踏み出す。ゴールテープは私の腹部にぶつかり、そのまま私に付き纏う。
パンッパンッという盛大なピストル音。一瞬静寂に包まれ、ぐわあああああああと大地が揺れそうな大歓声。
「一位はE組ですっ!」
放送委員のアナウンスが流れ、さっきの再放送かのような大歓声が沸き上がる。
たたたたと足音が聞こえる。こつんと身体に重たさを感じる。
「凜香っ! すごい、すごい、すごいよ」
陰キャちゃんに抱きつかれ、頬をスリスリされる。私は恥ずかしくて、離そうとするけど、セミのようにくっついて中々離れない。
「ありがとう。でも汗臭いから離れて欲しいかな〜、なんてあはは」
彼女の頭を撫でながら、私は満面の笑みを浮かべた。
目が覚める。外はまだ暗い。何時だろう。あれ、スマホがない。あぁ、流れるように寝ちゃったから机に置きっぱなしだ。取りに行こうかな。
すーすーと寝息を立てる陰キャちゃんが目に入る。そういえば今日は陰キャちゃんが私の家に泊まってるんだった。起こしちゃまずいね。まぁ、外が暗いってことは夜なわけだし、もう一回寝よう。
……あ、あれ。目が覚めてしまった。眠りたいけど眠れない。
私はさっきの夢を鮮明に思い出す。なんか凄く陰キャちゃんはキラキラしてて、思い出しただけで頬が緩んでしまう。意識してないのにニヤッとしてしまう。あんなに仲良くなる未来があるのかな。
彼女の過去はぜんぶ知らない。一部しか教えてもらってないからもっと壮絶ななにかがあったのかもしれない。私にはそこまで触れる権利も資格もないから、少し遠い場所から傍観するだけ。でもわかる。陰キャちゃんはこの一瞬一瞬でその過去という壁を乗り越えようとしてるんだ。ぶっ壊そうとしてるのかも。
そのうち一歩踏み出せる。一歩踏み出したら、きっと私の元から離れてくのかもしれない。彼女が持つ麗しさに男性陣が気付いて、男性陣ら一目置かれる。モテモテになって、そのうち彼氏なんか作っちゃって「彼氏できました。椿木さんのおかげです」とか言って微笑んでさ。私はその報告を聞いて「良かったじゃん。おめでとう」って笑って見せて、幸せになってねと願って。心から祝福を送るべきなのに……そうするべきなのに、なんでだろう。想像するだけで、ギュッと胸が締め付けられる。水飴みたいにドロっとしたなにかが心から零れて、空気に触れて、ガッチリと固くなる。つんつんと触れても壊れない。想像できる未来はこんな感じ。さっき見た夢とは程遠い想像しかできない。
なんでこんな感情を抱いちゃうんだろ。わかんないわかんないわかんないよ。
でも事実として苦しさはある。想像しただけなのに苦しい。まるで失恋したようなそんな苦しさ。遠くに行ってしまうことが悲しいの? でも、雪乃とかに彼氏ができたって想像してもこんなに悲しくならないし、苦しくならない。喜ばしいと思うだけ。なにが違うの。陰キャちゃんと雪乃はなにが違うの。
恋してるみたいで、失恋してるみたいで、嫉妬してるみたいで、これじゃあただ陰キャちゃんのことが好きみたいで……恋してるみたいじゃん。
なんだ。
あはは、そっか。そうなのか。
「出てんじゃん。答え」
暗闇の中、見知った天井を見つめて、私はぽつりと言葉を漏らす。
無意識に出してしまった言葉。陰キャちゃんを起こしちゃったかもと、心配になって彼女の顔を覗く。
穏やかな顔で寝てる。私の心情なんて全く知らない幸せそうな顔だ。
「あーあ。なんでこうなんのかな」
彼女の頬を撫でる。温かくて、でもちょっとだけ冷たくて。これが陰キャちゃん。藤花琴葉なんだなぁって、実感する。
つくづく思う。この世界に神様なんて存在しないんだろうなって。神様がいるならば、少しくらい私を幸せにしてみせて欲しい。仮初の幸せ、演技して作り上げる嘘の幸せじゃなくて、本当の幸せをくれても良いのに。なのに神様は私にまた試練を与える。卑怯で、残忍で、許されることのない試練。
私。陰キャちゃんのこと好きみたい。
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