22話

 人間、時折常人には考えられないようなことをしだしたりする。たとえば駅のホームで走り出しながら電車の名前を叫んだり、コンビニの冷凍庫に入ってSNSに載せてみたり。まぁ、世の中には色んな人がいて、自分では考えられないようなことでも、平気でやってしまう人がいる。個性として片付けるべきなのか、しっかりと咎めるべきなのか。今ここでディベートする気はさらさらないので放っておくけど。

 なぜ急にこんなことを考え始めたか。理由は単純明快。陰キャちゃんがホラー映画のエンドロールで眠っていたのだ。終始怖くて、あまり意識していなかった。気付いたのがエンドロールだっただけで、もっと前から寝ていたのかもしれない。

 ムギュっと彼女の胸の感覚が私の肘に伝わってくる。それと同時にすーすーと寝息も聞こえてくる。いやいや、正気か? すごいな。あんなに怖かったのに、寝ちゃうのとんでもないメンタルの持ち主だ。なんで陰キャしてんだろうね。

 「おーい」

 ちょっと声をかけてみる。

 起きる気配はない。しっかりと寝ているらしい。

 すごいなぁ、と思いつつ眠いのなら仕方ない。無理矢理起こす必要もない。せっかくのお泊まりだからここからもっとボドゲとかゲームとか、あとはアニメとか観て夜を満喫しようと思ってたんだけど。眠るのならそれはそれでって感じだ。遊ぶのはいつでもできるし。人の睡眠を阻害してまでしたくはないから。

 彼女を横にする。

 元々ベッドで座ってたので、労力はかなり少ない。肩と背中を抑えて、よいしょよいしょとおじさんみたいな声を出しながら、仰向けにするだけ。初心者でも安全安心。アットホームな職場です。

 昼間は暖かったり、冬は寒かったりと、なんなんだこの春……って感じだ。だから毛布をかけてあげる。ふふんと気持ち良さそうな表情を浮べる。お世話をして喜びの感情がむくむくと芽生える。コレガオヤゴコロ、と初めて感情が芽生えたロボットみたいなことをする。

 人の寝顔を見てると、こちらも眠くなってくる。

 安心感からなのか、それとも欠伸みたいに釣られてるだけなのか。

 まぁ、どっちだって良いか。眠いという感情そのものに偽りがあるわけじゃないし。

 眠いものは眠い。

 「ふぁぁぁぁ……」

 小さな欠伸をして、私もベッドで横になる。

 毛布なしでも良いかなと思ったけど、やっぱりそれだと肌寒い。

 隣で気持ち良さそうに眠る陰キャちゃん。布団あったか〜いんだろうな、と羨望の眼差しを向ける。

 いっそのこと一緒に入っちゃえば良いか。

 温々した毛布。これは陰キャちゃんの温かさなのかな。

 さっきまでも十分距離は近かったけど、より一層近くなる。鼻の頭と頭がこっつんとぶつかりそうになるくらい近い。すーすーと無意識に立てる寝息が、私の肌にすらすら〜と当たる。心地良くて、少しだけ擽ったい。

 白い肌。もちもちしてて、突っついたらそのまま指が吸い込まれてしまいそう。

 まつ毛は本当に長くて、唇の血色もかなり良い。そしてなによりも顔が整ってる。鼻筋も骨格も、なにもかもが。この寝顔を写真に撮ってコンクールにでも送ったら問答無用で金賞を受賞できそうってくらいには顔が整ってる。お人形さんというか、アニメの中のヒロインをそのまま三次元に引っ張り出してきたような。それほどの美しさ。本当に天使みたいだ。

 「良いなぁ」

 頬を突っつく。起きちゃうかな、起きないで欲しいな。

 それにしても本当に可愛い。面白味もないし、趣深さもない言葉だけど本当に可愛い。私が女の子じゃなかったら絶対に惚れてた。こんな可愛い子の寝顔を、こんな間近で、しかも無警戒で。惚れないわけがない。友達になって喜んでくれて、家に泊まるってこんなにも喜んでくれて。

 「寝よっか」

 彼女の手をギュッと握る。け、決して怖いとかじゃないんだからね。と、ツンデレ顔負けな反応をしながら。私はぽわっと意識を手放し、微睡みの中へと消えていく。

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