21話
夜ご飯を食べてポカポカタイム。だらだらとしていれば時間だけが経過し、なにも生まない。それは良いことでもあり、同時に悪いことでもある。多分。生産性がないと言ってしまえば悪く聞こえるし、頭も心も体も休めると言えば良く聞こえる。言葉の選び方次第で捉え方は大きく変わるのだ。
さて、そんなことどうでも良くて。
「お風呂入っちゃいな」
ピシッとお風呂場を指差す。ちょうど『お風呂が湧きました』って聞こえてきたから。
けど私の隣に座ってぐで〜っとしてる陰キャちゃんはあまり浮かない顔をしてる。なんでそんな顔をしてるのかなと少しだけ頭を悩ませてみたけど、パッと答えが浮かぶものではなくて、思考をすぐに放棄した。
「お風呂……」
「嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけれど」
歯切れが悪い。実際にどうかという話は一旦置いておいて、後ろめたさがありそうだなぁなんて思ってしまう。
「先に入るのはなんだか恥ずかしいな……って」
ポッと顔を赤らめる。恥ずかしい要素あったかな。いや、なかったでしょ。うん、なかった。そう言い聞かせるようにこくこくと頷く。でも、恥ずかしいと言われてしまうとなんとなくそんな気がしてきてしまい、恥ずかしくないと思っていたはずの私も恥ずかしいのかも……なんて考え始めてしまう。
悪循環だ、良くない。デフレスパイラルならぬ不幸スパイラル。
「それなら一緒に入っちゃう?」
恥ずかしさを誤魔化すためにおどけてみる。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、いくら友達とはいえそれはちょっと」
陰キャちゃんは口からブレーキ音を出す。もしかして貴方も口にタイヤを仕込んでいるタイプなの?
「友達と温泉行ったりするのは普通でしょ? 一緒にお風呂入るのだっておかしなことじゃないよ」
我ながら良くすらすらとそれらしいことを言えるなぁ、と一周回って感心してしまう。
「いや、それは、そうかもしれないです……でも、お風呂狭いし、二人で入るのってどうなんですか」
「むっ、急に陰キャちゃん毒吐くよね。それがらしいっちゃらしいけど」
「毒吐く……あ、今のは意識したわけじゃなくてですね」
あわあわと両手を乱雑に動かし、慌てる。どうやら彼女は無意識に毒を吐いたりもするらしい。やるね。
「ふふ、冗談。じゃあ私先に入ってくるから」
「は、はい」
「覗かないでね」
それっぽいことを言い残して、脱衣所に入り、服を脱いで、お風呂場に足を踏み入れる。
温かな空気が私を包み込む。さっきのやり取りでぽわぽわしてるのか、それともお風呂場だからぽわぽわしてるのか、どっちか判断できないけど。
もわっと曇った目の前の鏡にシャワーをかける。
ジャーっという音と共にクリアになる。目の前には私の裸体を映す。
お世辞にも大きいとは言えない胸を両手で触る。陰キャちゃんと一緒にお風呂入ってたら、終始おっぱいの大きさを気にしていたんだろうなと容易に想像できる。
私のはちっちゃいって劣等感とか抱いてたかもしれない。ちょっとだけ誘いに乗ってこなくて良かったと思った。
お風呂から出て、バトンタッチをし、陰キャちゃんがお風呂に入る。五分もせずに彼女は出てきた。バッサバサに濡れた髪の毛。見覚えのあるパジャマ。
いやいや、早くない? 早過ぎない? 私三十分くらいお風呂入ってたんだけど。六分の一じゃん。
「ちゃんと洗った?」
「ママみたいなこと言いますね。洗っていますよ」
ギュッと腕を組んで、ぐぐぐと失礼なと言いたげな目線を私に寄越す。
だってお風呂出るの早過ぎるし。ちゃんと洗ったの言いたくもなる。別に身体洗ってないでしょって疑ってるわけじゃない。
「匂い嗅ぎます?」
「嗅がないよ、嗅がない」
ぶんぶんと私は首を横に振る。
お風呂上がりだからか、彼女の顔は妖しさに溢れて、艶やかしさに包まれてる。大人っぽさという安っぽい単語しか浮かばないけど、本当にそれが似合う。
思わず、匂い嗅ぎたいかも……とか考えてしまった。いやいや、ダメでしょ。おかしいよ、こんなの。しかもちゃんと身体洗ってるのなら、私と同じような香りがするだけだろうし。
って、なんで嗅ぐ前提の思考になってるの。
「お湯入ってないから早く感じるんだと思いますよ」
そう言いながら、私の隣に座る。髪の毛も乾かしてないし、お湯に浸かってないならそんなものかぁと納得することにした。
テレビを見て、暇になって、映画でも観ようかという流れになって、去年の誕生日プレゼントでもらったレンタル落ちのホラー映画を再生する。ちなみに初めて観る。一年間丸々手を付けることはなかった。観なかった理由は色々ある。テーマが『死神』だからとか、一人でホラー映画を観るのは怖いからとか、そもそもホラー映画の面白さがあまりわからないからとか。一つあげたらポコポコと出てくる。黒光りするアイツも顔負けだ。
「ホラー映画ですか」
「うん、嫌い?」
「結構好きですよ」
テレビの画面を見つめながら、そう答える。
ピシッとテレビの画面を指差して、二ヒッと笑いながらこちらに目線を向ける。
「画面から出てくるかもしれませんよ。こんな感じで」
後ろ髪を無理矢理前に持ってきて、だらーんと垂らす。
「勘弁して」
「怖いんですか?」
垂らした前髪をかきあげて、こてんと首を傾げる。髪の毛はさらさらと流れる。
「怖いか怖くないか。その二択ならば怖いになる」
自分でも訳のわからないプライドがむくむくと湧き出て、遠回しなことを口にする。自分で口にしておいて苦笑してしまう。
「つまり怖いんですか」
「そうなるね」
「なら観なきゃ良くないですか」
「今観ないと一生観ない気がするから」
この機会見逃せば、一生DVDボックスの中に放置されたままとなる。そうなることは容易に想像できる。一人で観ようとは思わないし、誰かと観るような機会も今後訪れるとは思わないし。
「それならそれで良くないですか」
「まぁ、良いかもね」
「ですよね」
「でも観る」
「えぇ……なんでですか」
「なんでだろうね。ひぃっ」
一時間半くらい終始陰キャちゃんに抱きついたり、絡まったりしたのだった。
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