18話
食卓を囲う。パパは仕事で帰ってくるのが遅くなるそうなので、私とママの二人しかいないのだけれど。だから囲うという表現が適切なのかわからないけれど、まぁ良いか。
「なんか楽しそうね。学校でなにか良いことでもあったのかしら」
ママはニヤニヤしながら尋ねる。
本当は秘密とかって言って誤魔化したかったのだけれど、遅かれ早かれ言わなきゃいけないことだから、諦めて説明することにした。
「友達の家に泊まることになった」
そう説明すればママは感動したような顔をする。
大げさなリアクションをするから言いたくなかったのだけれど、今まで心配かけさせてしまったのは紛れもない事実なわけで、私が文句を言う筋合いは一切ない。
「椿木さんね」
見透かされているらしい。お前に友達なんか何人もできないだろう……ということか。ご名答です。流石私の親である。
「それなら色々準備しなきゃね」
「そういうものなの?」
友達の家にお泊まりとかしたことないからわからないけれど、移動教室とか、修学旅行みたいに色々と事前準備が必要なものなのだろうか。
まぁ、ママが言うってことはそうなのだろう。もっともなにを準備するべきなのかとかはわからないけれど。
「そういうものよ」
ふふん、とママは楽しそうに口にする。
ならば間違いないだろう。
土曜日がやってきた。ただの土曜日ではない。
緊張と不安に襲われる土曜日だ。休日だというのに……。
昨日、学校で椿木からもらったメモ用紙を片手にとあるアパートへとやってきた。あとは着替えとか、ママから押し付けられたお菓子とか。色々ある。ママに「つまらないものですが」って言って渡しなさいって言われた。それくらいわかっているのに。私のこと馬鹿だと思っているのだろう。友達作りが苦手な陰キャなだけであって、決して馬鹿ではないのだ。社交性はないけれど常識はある。本当に皆勘違いし過ぎだ。
それはそれとして、とある場所とは暫定椿木家である。メモ用紙には簡易地図を描いてもらったのだが、如何せん簡易地図なので確実性はそこまでない。
まぁ、表札には椿木と書いてあるのだけれど。でも、私の想い浮かべる椿木さんが住んでいるかもしれないし。インターホンを押したら全く知らないおじさんが出てくるかもしれない。そして「誰だお前」と威圧されてぶん殴られるのだ。
ありもしない妄想をして、インターホンを押せなくなってしまう。
部屋の前でうじうじしていると、扉はぎぎぎと開かれる。
「なにしてんの」
顔を覗かせたのは椿木だった。大丈夫。しっかりと知っている椿木だ。安堵した。
「そこずっと居ると邪魔だからさっさと入っちゃって」
そう言いながら、私の手首を掴んで、グイっと無理矢理家の中に連れ込まれる。
椿木家に足を踏み入れた。
敢えて包み隠さない感想を選ぶのならば、こじんまりとしているな、となる。
もちろんそんなこと口が裂けても言えないので、私は黙っているのだけれど。
一人暮らしならこんなもんかぁってなるけれど、両親と椿木の三人暮らしならば明らかに狭い。何畳間かわからないけれど、八畳すらなさそうな広さのリビング。ここと玄関を繋ぐ廊下にキッチンが併設されていて、その裏には扉がある。ジーっとそこを眺めていると「そこはトイレとお風呂場だよ。あ、トイレとお風呂場は別々になっているから安心してね」と言われる。
私は苦笑しながら数回頷く。なにを言えば良いのかわからなくて、迷いに迷った結果なにも口にしないという結論に至った。
「狭いけど、ゆっくりしてね」
私の心を読み取ったのか、なんなのか、椿木はそう口にする。
夜になればきっと椿木の両親も帰宅してくるだろう。
この狭い空間で夜もずっと一緒に居るとか、ちょっと考えられない。冗談抜きで抜け殻になってしまう。適当な理由を付けて夕方に帰ってしまおうかなとか考える。
「あ、え、え、っと。これ、つまらないものですが……」
あまりの光景にすっかり忘れていたママから預かったお菓子を手渡す。
椿木は「ありがと~」と受け取る。
狭い部屋の中にずどんと設置されているベッドに彼女は腰掛ける。小さなテレビをオンにして、昼のニュース番組を流す。
「両親は?」
「あー、いないから大丈夫だよ」
「え、きょ、今日は二人っきりってことですか」
「う、うん? まぁ、そうだね。二人っきりだよ。ずっと二人っきり」
どうやら私の心配は杞憂だったらしい。
椿木の両親が居たら空気に耐えられなくて爆散しかねなかったので良かった。
居なくて良かったとか言ったらいけないのかもしれないけれど、事実そうなので仕方ない。
「座らないの?」
ぽんぽんと彼女はベッドを叩く。隣に座れということらしい。
「じゃあ、お邪魔します」
そういえば無理矢理連れ込まれたような形だったから挨拶し忘れていたなぁとか思いつつ、ベッドに座る。一見硬そうなベッドだったけれど、座ってみると案外柔らかい。ふかふかで、ここで寝たらぐっすり眠れそうだ。
「家、狭いとか思ったでしょ」
ふかふかだなぁと手で押したり反発されたりと感触を楽しんでいると、突然そんなことを隣から言われてしまう。
実際思っていたことなので、ぶるっと肩を震わせてしまった。
やっぱり椿木は人の心を読める超能力ないしエスパーが使えるのかもしれない。なんて超常現象的なことを考える。
「思ってないですよ」
こればかりは本当のことを言えないので違うよ、と嘘を吐く。これは人を不幸にしないための嘘なので許される嘘だ、と心に向けて言い訳をしながら。
「別に気遣わなくて良いよ」
グーっと背を伸ばし、欠伸交じりの声でそう口にする。
「実際に狭いと思うし」
人差し指の先っぽをくるっと回す。
「走れないし、暴れられないし。正直、陰キャちゃんの部屋の方が広いんじゃないかなってくらいだもんね」
「それは……」
ないですよ、と否定しようとしたけれど、躊躇してしまう。
椿木の主張は一理あるのではと思ってしまった。
「あるよね」
私が口を止めると、代わりに彼女が言葉にする。
「一人暮らしの大学生みたいな部屋だけど、まぁ、これはこれで良さがあるから」
「そういうものですか」
「若干寂しさはあるけどね。でも嫌になるかって言われると、そこまでではないかなぁ」
あははは~、と笑う。
自分の部屋、というか家か。家が狭いと寂しさがあるんだね。まぁ、他人の家に行った時に私の家は狭いからなぁと劣等感を抱いたりするのだろう。それなりの一軒家を建てて住まわせてくれる両親には感謝しないといけないね。ローン沢山あるらしいけれど、頑張って返済してください。
「こんな狭い家だけど、大丈夫? 嫌なら帰っても良いけど」
「いやいや、帰りませんよ。楽しみにしていたお泊まりですから」
私はぐっとガッツポーズをする。
家が小さかったのはたしかに拍子抜けしたけれど、招いてもらっている立場である以上、文句は言えない。
「そっか、なら良かった」
彼女はホッとしたように頬を綻ばせる。
「帰るって言われたらどうしようとか思っちゃった」
「なら言わなきゃ良いじゃないですか」
「陰キャちゃん。どうせ帰りたくても帰りたいって言い出せないでしょ。嫌々ってのは私も嫌だったから。楽しむならしっかりと二人とも楽しみたいでしょ」
素直に優しいなと思う。私のことを慮ってくれた、ということだろう。自分に都合良く解釈しているだけかも。
「にしても、なにしよっか。まだ夕方にもなってないんだよね」
「お泊まりって夜に集まってするものだと思ってました」
「普通はそうだよ。まぁ、どっか遊びに行ってそのままお泊まり〜みたいなパターンもあるけど」
「じゃあなんで今回はこんなに早く?」
集合時間は十四時だった。お昼は家で食べてきてね、と言われたので食べてきた。
「あの地図じゃここ見つけるの苦労するかなーと思ってね」
「苦労しましたよ」
「でも時間通りに来れてるから偉いよ」
偉い……偉いのか? 偉いっていうから偉いのか。自問自答して自己解決してしまう。
「連絡先交換していれば良かったんですかね。そうすれば住所をそのまま送れますし」
私はポツリと呟く。
実際、これが一番効率的で手っ取り早いはずだ。スマホって本当に便利だ。
「良いの?」
椿木はわけのわからないことを口に出す。いや、言葉の意味はわかるけれど、意図がわからない。
「良いってなにがですか」
ちょっと考えてみたけれど、答えは浮かばなくて問い直してしまう。
「連絡先交換しても良いの?」
私の問いに彼女は隙を作ることなく即答した。間髪入れずにってこういうことを言うんだろうなぁなんて呑気なことを考える。
「良いもなにもむしろこっちからお願いしたいですよ」
特に隠す理由もないので素直に言葉にする。というか、友達と連絡先は交換するものだと勝手に思っていたし、友達と連絡先を交換してみたい。それで家に帰ってから生産性のないやり取りをしたり、既読だけつけて返信してみなかったり、逆に既読がついてるのに返信がなくてモヤモヤきてみたり、そういう友達が居ないとできないようなことをしてみたい。
「じゃ、しちゃおっか」
パンっと手を叩く彼女はそそくさとスマホを取り出す。
流石陽キャと褒めるべきなのか、それとも流石陽キャと引くべきなのか、行動力だけは一人前だ。スマホを操作するスピードも段違い。私は友達申請のQRコードを出す画面に辿り着くことさえ苦労してしまうのに、彼女は当然のように出している。ほ、ほら、私はさ、こんな画面使う機会すらまともになかったし、仕方ないよね。と、それらしい言い訳を並べてみるけれど虚しくなるだけだった。
「これはね、こうやって、そっちそっち」
椿木は私のスマホを覗き込んで、あれこれ教えてくれる。
途中から我慢できなくなったのか、私の人差し指を掴んで椿木が操作をし始めた。
「あとは読み取って……」
QRコードを出して、読み取って、友達申請を受諾する。
ぴかんと『友達になりました』という表示がされる。その響きに私は感動してしまう。
友達になったんだという実感。
「これでいつでも連絡取れるね」
「そうですね」
帰ったらどんなメッセージを送ろうかな。と、早速考え始めていた。
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