17話
「陰キャちゃん帰ろっか」
放課後になると、椿木は真っ先に私の元へとやってきた。いつものように一人で帰るつもりだったので今日も来るんだって少しだけびっくりしてしまう。
他の友達もいるだろうに、私と帰ってくれるんだという喜びと、知らないうちに気遣わせてしまっているのではないだろうかという不安が私の心をせめぎ合う。押して、押しのけ、を繰り返すのだ。
「わかりました」
あれこれ心の中で葛藤を繰り広げた結果、私はこくりと頷くことになる。
夕日に照らされながら通学路を歩く。
ふわふわと浮ついた気持ち。
帰宅するときに隣に人が居て、私の歩幅に合わせてくれて、私は私で歩幅を合わせようとする。一人にならばそういう気遣いは不要だけれど、一人じゃないのならば必要だから。
新鮮だし、二回目だとしても慣れない。
「陰キャちゃん」
歩いて、信号で止まったところで彼女にふと話しかけられる。
私は顔を彼女の方へと向ける。
「は、はい」
と勢い良く返事をした。
「ビックリした~。声でっか」
椿木はケラケラと笑う。
なんだか徐々に恥ずかしくなり、頬がもわもわと熱くなる。火照っていると自覚した。
「なんですか」
恥ずかしさを紛らわす為に催促する。
彼女は「ふぅ」と小さく息を吐く。笑い疲れたのだろうか。
わからないけれど、まぁ、そういうことにしておこう。
「今度の休みって暇?」
「私ですか」
自分自身を指差す。
「この状況で陰キャちゃん以外に言ってたら怖くない? お前なにが見えてるのって感じでしょ」
「それはそうですね」
「というか、前も似たようなやり取りしたような……まぁ良いか」
なんてぽつりと呟く。
こほんとわざとらしく咳払いをした。
「で、暇?」
「今度の休みって、土曜日のことですか」
「今週って祝日あったっけ」
「ないですね」
「そしたら土曜日で良いや」
ここはどう答えるべきなのだろうか。
いや、実際問題暇なのだが。ただ素直に暇と口にするのはなんだか負けたような気がしてしまう。あぁコイツ休みの日なのに予定ないんだ。相当な暇人なんだな、と思われるのは嫌だし、恥ずかしい。予定が沢山あった方がなんだかカッコいいよね。
でも素直に答えた方が良い気もするし。
「どうなの?」
青信号になり、椿木はまた問いを投げながら、こてこてと先に歩く。
「ひ、暇です」
変なプライドを守るために嘘を吐けるほど、私に勇気はない。
「そっか、なら良かった」
歩道でくるりと反転し、私の方に顔も体も向ける。
「土曜日、私の家に泊まりに来ない?」
「は、はい。え?」
頷いてから、彼女の言葉が脳みそに入って来た。
泊まる? 泊まるって言った?
止まるではなく、留まるでもなく、停まるでもない。泊まるである。宿泊、一泊の泊まる。
お、お、お、お、お泊まり。
友達とお泊まり。
私とはもっとも縁遠いものだと思っていたものの一つ。
「別に嫌なら大丈夫。無理にとは言わないから」
あまりにも黙り過ぎたからか、彼女はそんなことを口にする。
嫌なわけがない。あるわけがない。だって夢に見ていたことの一つだから。
「行きます。泊まります。泊まらせてください。お泊まりしたいです」
思いっきり叫ぶ。腹の底から声を出す。
私のことを見て、彼女はくしゃっと笑う。
「今日一の声のデカさだね。さっきよりも大きい」
「す、すみません」
流石に周りに迷惑だったかも。他方面に向かってぺこぺこ頭を下げる。
「切腹しておく?」
「しません、しません」
「あはははは、冗談だってば」
手首をくねくねさせる。
「じゃあ、約束ね」
「はい」
彼女は小指を差し出してくる。私はその小指を絡ませる。
「お泊まり楽しみです」
「ふふ、私も楽しみ」
mihimaruGTも顔負けな気分上々さで私は帰宅したのだった。
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