12話
まだ十一時にすらなっていない。
スマホの時間を見てビックリした。
まぁ、一限にすら出ずにサボって陰キャちゃんの家にやってきたからしょうがないっちゃしょうがないよね。
表札には『藤花』と書かれてる。
藤花さんなんて苗字はそう多くないだろうから、陰キャちゃんの家でほぼ確定だろう。
先生の言ってた住所はここなはずだし。
口頭だから聞き間違えがなければという前提条件付きだけど。
もしも違ったらごめんなさい。
インターホンを押したいんだけど、寸のところで私の指は止まってしまう。
陰キャちゃんの両親が出てきたらどうしようとか、陰キャちゃん本人が出てきたとしてなんて声をかけようとか考えてしまう。
先生に使った言い訳は当然ながら使えないし。
普通に「遊びに来たよー」って言えば良いのかな。
平日の真昼間からなにしてんだって思われて嫌われても困る。
ヤンキーとか不良だって思われたら距離取って来そうだもんね。
屋上でサボってたお前が言うなよって感じだけど。
きっと数秒後の私がどうにかしてくれるはず。
うん、頑張れ私、
ファイトだ私。
なんとかしろ、未来の私。
完全に考えることを放棄し、未来に託して、私はインターホンを押した。
ピンポーンと響く。
ドタガタドタと藤花家からは音が聞こえる。
ジジジジという機械音に混じって『はーい』という声が私の耳に届く。
陰キャちゃんの声だ。
間違いない。
「やっほー、私でーす」
『どなたですか』
「私だよ、私」
『私私詐欺ですね。お引き取りください』
ツンっと切れる。
そんなことある? 酷くない? 酷いよね。
私はもう一回インターホンのボタンを押す。
「椿木です。なんで切っちゃうの」
『知らない人が来たら応対するなっていう親からの教えです。最近は世の中が物騒ですから。ちゃちな一軒家に強盗が来たっておかしくないですもんね』
「同級生を強盗扱いしないでよ」
『冗談ですよ』
くすくすと笑う声を拾ってる。
『ちょっと待っててください』
プツンとまた切れる。
そして玄関の扉は開いた。
扉と壁の隙間からひょこっと靴と華奢な手が出てくる。
そのまましっかりと扉を開けて、陰キャちゃんが出てきてくれるんだろうと期待してたけど、出てくることはない。
ずっと手と靴だけ。
うーん、と。
え、なにこれ。
本当になにこれ。
もしかして私ったら試されてるのかな。
お前はどういう反応をするんだ、ぐへへへへ、的な。
いや、陰キャちゃんが訳のわからないことするとは思えないし。
でも現に訳のわからないことが目の前で起こってるわけであって、これを説明するのはかなり難しいなという感じで。
なんだこれ。
「おーい」
私は呼びかけてみる。
へんじがないただのしかばねのようだ。
「生きてる?」
「辛うじて生きてます。死んでるかもしれません」
「そういう冗談言わないで」
ずっと顔を出さない彼女に私は少しだけ怒る。
「わ、す、すみません」
扉の向こうから裏返った声で謝罪された。
あれ、元はと言えば私の問いがいけなかったのでは?
ちょこっとだけ申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「で、なにしてるの。顔見せてくれないの」
「事情が色々ありまして。顔は見せられないですね」
顔出しNGな漫画家みたいなことを言ってる。
「じゃあなんで出てきたのよ」
「インターホンだと勝手に切れちゃうので」
非常に合理的な理由であった。
「椿木さんことなにしに来たんですか。というかそもそもなんで私の家知ってるんですか。教えてないですよね」
「そ、それはねー」
先生に無理して聞き出したとも言えないし、かと言って適当な嘘を言ってもバレるだろうし。
誰だよ、この案件を後回しにしたの。
私か。
私じゃん。
うわー。
ちょっとやそっと考えたくらいじゃ妙案は浮かばない。
すっと浮かんでるのならもうとっくに答え導き出してるし当然か。
「秘密っ」
語らぬ良さってのもあると思うの。
うん、そう。
そうだよね。
私はそのままつかつかと藤花家の敷地内に足を踏み入れ、扉に手をかける。
閉めようとする力に反発して、ぐいっと扉を無理矢理開けた。
目の前に現れる陰キャちゃん。
部屋着かパジャマか。
ピンク色の少しだけぶかっとしたシャツにもこもこパンツ。
ボアパンツってやつだ。
つーっとそのまま目線を彼女の顔へと持っていく。
火照る頬。
据わってる目。
額にぺたりと貼り付く長方形の布。
彼女は口をあうあうさせてからずりずりと後退りする。
慌てるように両手で顔を覆って隠すけど時すでに遅し。
ぜんぶ見えてるんだよなぁ。
「風邪引いたの?」
扉が私の肩にこつんとぶつかる。
「いや、その、えっと」
彼女は目を泳がせる。
右往左往忙しなく。
行き着いた先は玄関の床。
「はい」
俯きながら、大人しめに首肯した。
風邪引いてたんだ。
サボりじゃなかったんだ。
もしかしたら今の今まで寝てたのかな。
起こしたのなら邪魔してしまったな。
「迷惑だったよね。ごめん」
病人に辛い思いをさせるほど、私だって酷な人間じゃない。
彼女が安静にしてられるようにさっさと立ち去るのが私の今できることってなんだろう。
本来ならコンビニとかでスポーツドリンクとかゼリーを買ってきてあげるべきなのかもしれないけど。
一度立ち去ってまた来て起こすのも申し訳ないし。
「迷惑ではないですっ」
病人とは思えないほどはっきりとした物言い。
あまりの勢いに元気もりもりなこっちが気圧されてしまうほど。
ただ今ので力を使い果たしたのか、彼女はよろよろっとよろける。
相手が病人でなければ魔力切れですかと、おどけるところだが病人なのでやめておく。私だってTPOくらい弁えるわけですよ。
「大丈夫?」
「大丈夫です。クラっとしただけなので」
「それは全く大丈夫じゃないでしょ。安静にしないと」
私は手を伸ばす。
逃げるように彼女は私から距離をとる。
そしてぐぐぐと睨みつけてくる。
まるで野道で獣とであったかのように。
「なんで……」
病人の家に押しかけてきたわけだから嫌われても当然だけど。
こうやって露骨に態度として出されるのはかなり心にくる。
「移っちゃいます。風邪」
彼女の言葉に私は安堵した。嫌われたわけじゃなかったんだと。
「それなら問題ないよ。馬鹿は風邪引かないって言うでしょ」
「馬鹿なんですか……」
「肯定も否定もしないよ」
私はそっと目を逸らす。
「それよりも親御さんは?」
露骨に話を逸らした。
まぁ半分は本当に触れられたくないから、半分は一人なのが気になったから。
「いないです。両親はともに仕事なので。高校生の娘が風邪引いたくらいじゃ仕事休めないですよ」
「そういうものなのかな」
「そういうものですね。椿木さんの家は違うんですか?」
ふぅと息を吐きながら彼女はちょこんと座る。
いけない。
病人にずっと立ち話をさせてしまってた。
私は本当に気遣いのできない女であると痛感させられる。
悲しい。
「とりあえず寝よう寝よう。病人は安静にしてないと」
「え、ちょっ、私の質問は無視ですか」
「病人は黙って看病されてれば良いの」
靴を乱雑に脱いで、彼女を無理矢理立ち上がらせて、背中に両手を置いてぐいぐいと押す。
「部屋はどっち」
「こ、こっちです」
彼女が指差す方向へと進んでいく。
「あ、あの、私の部屋汚いので」
「病人が一々心配しないの」
「いや、心配というか純粋に恥ずかしいんですけれど」
「恥じらいはさっさと捨てちゃえ」
「えぇ……無茶苦茶ですね」
陰キャちゃんの部屋に辿り着く。
部屋の扉を開けた瞬間に私の鼻腔を擽る藤花琴音の香り。
テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜。
玄関から微かにあったのだが、ここは全体に広がってる。
陰キャちゃんに抱きしめられて、包み込まれるような気分にさえなってしまう。
陰キャちゃん尽くしだ。
ごほん、彼氏の家に来て興奮する女子みたいになってしまった。
「ほら早く寝なよ」
「そう言われると寝にくいんですけど」
「文句言ってたら治るものも治らないよ」
「ただの風邪なので大丈夫です。解熱剤飲みましたし、すぐに治りますよ」
毛布に入った彼女はそう口にする。
「眠くなるまで少し私とお話しする?」
「わかりました」
「付き合ってあげる私ったら偉いね」
「椿木さんが居なかったら今頃私はぐっすりなんですけどね」
ど正論をぶつけられた私は返す言葉もなく、苦笑するだけ。
その通り過ぎてぐうの音もでないのだから仕方ない。
「で、お話ってなにするんですか」
「そうだねぇ」
改めて陰キャちゃんは人と話すことが苦手なんだなぁと思う。
話をする時にお話ってなにするんですかとか普通は聞かない。
それとなく他愛のない言葉を口にしてそこから互いに話を広げていく。
自分のことを話してみたり、相手のことを深堀してみたり、相槌を打ったり、笑ったり。そうやって盛り上げていくものだ。
「せっかくなら陰キャちゃんの過去のお話でも聞こうかな」
「あれ、そういう話は聞かないんじゃないでしたっけ」
「そんなこと言ったっけ」
ベッドに肘を置いて、むむむと考える。
あぁ屋上でそのニュアンスに近しいことを言ったなぁとすぐに思い出した。
「あの時はそう思っただけ」
「今は違うんですか」
「ちょっと気になったし、他に話すような話題もなさそうだし」
昨日ファミレスで散々どうでも良いことを話してしまったので、ここでできるような会話のタネはない。
できたとしても、味の薄いジュースみたいになる。
「まぁ、別に良いですけど。面白いものじゃないですよ」
「人の過去なんて面白いものでもないでしょ」
「気遣うのか、気遣わないのかどっちなんですかね」
布団をギュッと握った彼女はにへへと笑った。
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